第3話 夢の夜

「……なあ、壱馬」


「なんだい」


 夜。あの後二人はそれぞれが拠点にしている場所に帰る予定だったが、春馬が今日は一緒に寝ないかと提案してきたので、彼の精神状態も考えて壱馬がそれを許諾。同じ場所で夜空を見上げていた。


 今までこんなことは何度もあったが、ここまで弱っているのは初めてのことだ。今度こそは、とでも思っていたのか……呆れるほどに前しか見ていない。


「悲しかったな」


「…………春馬。君は優しすぎる。慣れるべきだ」


「慣れねえよ。慣れる訳ねえだろ……」


「……君はそうだろうね。はぁ……あー、あまり好きじゃないが、前向きな話をしよう。少しは気が紛れる……夢だ。夢の話でもしよう。君の夢はなんだい?」


 渋々といった表情で壱馬が春馬に話を振る。唯一の友人として、彼を思いやれるのは自分だけであることに壱馬はほんの少しだけの優越感を抱いている。


 んー……と迷い、夜空に浮かぶ星を掴むように手を広げながら春馬が口を開いた。


「俺は……さ。親とかそういうのの記憶がねーんだけど……一度だけ、誰かに優しくしてもらって、遊んでもらった気がするんだよ……その人がどこに行ったのかもわかんねーけど、まあこんな世界じゃ会えねえよな……」


 悲しみを含んだような声色でそう紡ぐ。壱馬は黙って聞いていた。


「だから俺は、この世界のどこまでも行ける力がほしい……それこそ神器使いみたいな。あ、でも規則とかは嫌だな……まあいいや。そして、その人に出会う。それが俺の夢だ」


 春馬は子供の頃に一度だけ神器使いの戦闘を見たことがある。摩訶不思議な力を使い、暴徒を制圧していた。


 かっこよくて美しくて、いつか自分もなりたいと子供ながらに思ったことを鮮烈に覚えている。


「……そうかい。僕の夢は魔神獣を殺すことだ」


「マジで?」


「大マジだ。機会がくればエスティオンに自分から出向くつもりだ。そして人類の救世主として、贅沢に生きるんだ」


 かつての世界を知る者のほとんどはもう死に絶えるか死人のような生者のようになってしまっているが、稀に話を聞かせてくれる者がいる。


 その者が言うには、かつての世界には貨幣という概念があり、それと交換することで食料でも娯楽でもなんでも買えた……もらえたという。そして生きる希望に溢れた人々が繋がりあい、笑い合う。なんて贅沢な生き方だろうか。


 かつてのように生きる。それが彼の夢だ。


 壱馬は内心、苦笑する。いいや、己に向けた嘲笑か。そんなこと出来るわけないとわかっている。自分よりも何もかも勝っている者たちが掲げてきた目標。達成の兆しさえ見えないそれを自分が……?傲慢にも程がある。


 笑われると思っていた。本心からの夢を笑われるのはいい気分はしないが、今は春馬のメンタルの回復の方が優先だろう。それに、本当の本当に大事にしている夢は言っていない。そう思ってこの話をしたのだが……


 春馬は、優しい。そして真っ直ぐだ。他人の夢があるならばなんであろうと真っ向から応援する。笑うどころか、心からの感嘆と憧憬を込めてその夢を称えた。


「……でけえな。お前らしいよ……もう寝るか」


「そうだね。…………ゆっくり、休みな」


 壱馬が頬を僅かに赤く染めながらそう言う。らしくないことを言ったと、自覚しているのだろう。


 顔は見えないがなんとなくそれを察し、春馬は微笑を浮かべながら目を閉じた。


 ――――――


「おお……アンタレスに反応あり。ふふ、しかも一気に二つだ……!くくくく……」


 白い軍服のような服を着た男性が夜道を歩いている。周囲には藍色の同じような衣服を着た人間が護衛のように付き従っている。部下のようだ。だが彼らは雰囲気から分かるぐらい、白服の男への嫌悪感を露わにしている。


 中心の白い衣服を着た男性はエスティオンの人間だ。懐の赤い欠片を握り締めながら下卑た笑い声をあげて二人の青年の寝床に向かっている。


「しかも剛腕ごうわん戦蓄せんちく……!あのお方の言う通りだ。私は運がいい……」


 なんの遠慮もなく二人の青年……春馬と壱馬の寝床に入り、何やら二つの器具を取り出してベルトとネジで固定する。壱馬が目を覚ますがすぐに口を塞がれた。闇夜の中で微かに見える下卑たその笑みはさぞ恐ろしいだろう。


「よしよし、戦蓄は適合開始。おい、剛腕もちゃんとしておけよ。どちらもだーーーいじに扱わねばならんからな!」


「はっ!」


 壱馬に固定された器具が接着面から彼とくっついていき、やがて壱馬は気を失った。


 一度手を組んで謝罪するように祈ってから、藍色の軍服を着た男性が壱馬を外に連れ出す。その数秒後、外で悲鳴のような何かが聞こえた気がしたが、白い軍服の男性は気にせず春馬に固定した器具を見続けている。


「くくく……よしよしいい調子だ」


 (ん、あ……なんだ……体が熱い?)


 目を開けることなく、朧気なまま春馬の意識が覚醒しかける。壱馬では無い誰かの気配がするが、気にならない。それ以上に、体の中で渦巻く熱が凄まじく不快だ。


 だが、どこか心地いい。この感覚を、どこかで知っている気がする。だが、思い出せない。


 (なんだ、何が起こって……う、あ、熱い……!)


 体の奥底で、何かが繋がって変質していくような感覚に襲われる。ずっとそうだったような気がするが、ずっとそうならないはずだった気がする。


 熱い何かと繋がり結ばれ、意識が遠ざかり、落ちる。彼の世界が暗闇に包まれ、自分ではない何かに変わりゆく……


「よし!完了だ。エスティオンに連れて行け!」


「し、少佐。本人への確認は……」


「必要ない!あのお方のお墨付きだ。強制加入だ」


「はっ!」


 体を厳重に拘束され、藍色の軍服を着た人間に担ぎ上げられてどこかに連れて行かれる。


 寝床から運び出され、揺れを感じる。そして……

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