第2話 起源

「君ずっと寝てただろう……」


「だってつまんねーんだもん」


 彼らにとっての学校とは、つまらないものだ。かつてのように設備のある訳ではない、ただ知識を持つ者が持たぬ者に語るだけのものだ。友人ができる訳でもない、この世界で友人なんて存在を作れるのはほんのひと握りだけだ。


 学校で語られることは少ない。人が生きていくのに必要なこと、現在判明している、世界がこんなことになってしまった原因、その元凶についてなどだ。


 今、この世界に西暦という概念が存在するのならば、今は2050年。世界は崩壊し、人類もその多くが死に絶えた。生き残った人々はある国の一都市に集結している。瓦礫と砂塵に塗れたその場所が、かつて人類の最先端の一角を担っていたと言って誰が信じるだろうか。また、かつての人々にこの惨状を語っても誰も信じることはないだろう。かつてを見たことのない者でさえそう確信出来るほどにこの光景は絶望的だ。


 東京、という。


 かつて人類が他の何もかもを犠牲にしてまで築き上げ、長きに渡って栄華を誇った文明の灯火はとうの昔に燃え尽きた。今はその成れ果てが所構わず散乱しているだけだ。もはや面影がどうなどという次元ではない。


 事の始まりは2020年、旧北アメリカ大陸。


 正に天を衝くという言葉が相応しい巨大な化け物が地中から突如出現し、たった半日にも満たない時間でアメリカの大地を焼き尽くし世界中の重要機関を潰しした。恐るべきことにその化け物には、人類の重要拠点を見抜ける知性があったのだ。その後その化け物は急遽設立された人類防衛用組織によって「魔神獣」と名付けられ、世界中から陸海空問わず戦力が集められた。


 誰もが苛烈な戦いを予想し、国家の垣根を越えて人類として団結しようとしていた。だが、意味は無い。全くもって意味がなかった。より絶望を深めるだけであった。


 空から、海から、大陸に上陸した軍人たちが、兵器が。一斉に魔神獣に対して攻撃を行った。だが、数多の爆発も衝撃もその強固な外皮に傷一つつけることはできず、何も為せずに世界がアメリカの大地と同じ炎に包まれたのだ。


 口から、手から、様々な場所から破壊的なエネルギーとも炎とも取れるような攻撃が展開され続け、その攻撃は三日続いた。人類の文明は、二度と築くことができなくなるほどに崩壊し、多くの人が死んだ。残された僅かな人々は、命からがらまだ崩壊がマシだった東京に集結した。


 魔神獣の外見を見た事のある者は少ない。だが、その僅かな人々の証言は全て一致している。


 全身は紅蓮の色に染まり、六本の腕が常に動いていた。あまりにも高すぎる場所に頭部が存在するため詳しく見ることはできなかったが、この世のものとは思えないような禍々しい様相だったという。全身に生えた角のような突起は鋭く、装甲のような外殻に覆われていたそうだ。生物として歪。それが誰もが抱いた思いだった。


 ……と言うのが現在判明していること。確たる証拠は存在しないが、信憑性は高いとのこと。因みに現在魔神獣は手だけを大陸の中心に突き出し、完全に行動を停止しているそうだ。理由も何もかも、一切が不明だ。


 築き上げてきたものも、大事な人も失い、人類が滅びるのも時間の問題かと思われた。が、一つだけ人類を滅ぼすことなく、それどころか魔神獣を殺せるかもしれない可能性が生まれた。


 それが神器しんきだ。魔神獣によって焼かれた世界に残った、反逆の一手。


 それは選ばれた者だけが使うことが出来る超常の兵器。通常では有り得ない「能力」を内包する物体だ。


 糸、翼、はたまた骨までその種類は多岐に渡るが、共通点が一つだけある。魔神獣を傷付けられるということ。


 あの攻撃の際世界中に飛び散った魔神獣の欠片とも言うべき皮膚のような物体は、今まで何を用いても傷一つ付けることはできなかったというのに、神器を用いればあら不思議。いとも簡単に傷を付けることができたのだ。


 日本に来る際に全ての船や飛行機は壊れてしまった。アメリカ大陸までどうやって行くのか、その間の食料は、等々考えるべきことは山積みだが、多くの人がこの事実に希望を抱いた。また人類は栄華を取り戻せるのだと。


 だが、そう簡単に物事は進まない。疑似魔神獣ぎじまじんじゅうとも呼ぶべき、新たな人類の脅威が出現したのだ。


 それらは無差別に人を襲い、魔神獣を打倒せんとする人類にとってこれ以上ない害悪となった。


 そして最終的に結成されたのが、研究、戦闘、あらゆる部門に特化した人間のみを集めた、人類を救う為の最初で最後の対魔神獣用組織「総合組織エスティオン」だ。


 彼らは様々な神器の力を用いて武力増強、疑似魔神獣討伐、食料生産などを行い、人類の希望の光となった。


 また、自暴自棄になって暴れる者を神器の力で取り押さえたりといった警察のようなこと、学生に歴史や最低限生きるための知識を叩き込むこと、組織に所属していない者たちへの食料の配給等も行っており、深い信頼と感謝の対象となっている。彼らがいなければ、神器が発見されなければ。人類はとうの昔に滅んでいたと、誰もが思っている。


 ……のだが、結成から今までほとんど進展はなく、人類のほとんどはもう何もかも諦めてしまっているのが現状だ。


 更にエスティオン以外にも組織が結成され、しかしそれらはお互いを潰すことを目的としている。疑似魔神獣や倒すべき魔神獣のことなどまるで考えていないように。


 かつて人類が希望を託した光はとうに闇に染(そ)まった……


「まず話がなげーんだよな。短くできないもんか」


「それはしょうがないよ。教師といっても所詮はエスティオンからの派遣。人員補充に必死なのさ。ああやって必死に長ったらしく語ると、人類のために!なんて馬鹿が釣れるかもしれないだろ?」


「ふーん。大変なんだな……っと!そろそろあのおっさんのいたとこじゃねえか!おーいおっさ……」


 学校での授業が終わり、下校中。二人は朝出会った痩せこけた男性がいたところまで歩いてきていた。ちょっと前まで疲れた顔の春馬だったが、途端に笑顔になる。行動だけではなくその笑顔も、彼の善性を表す要素の一つだ。


 記憶通りの場所に満面の笑みを浮かべて手を振る春馬の視線の先に、果たして彼はいなかった。代わりにいたのは、食卓から落ちた食材に群がる気味の悪い虫のような人の集団。子供から大人まで一切の例外無く群がり、何かを貪っていた。いや、考えるまでもない。あの男性は死に、喰われているのだろう。


 ぐっちゃぐっちゃと音が響く。まるで悪魔の奏でる合唱のようだ。見慣れた光景、聞き慣れた音。死んだ人間の遺体に、飢えた人間が集まる。本来子供はエスティオンによって保護され、飢えることなどないはずだが、無数の子供が群がっているこの光景を見るに、彼らの管理は完全ではないのだろう。それを責めることは出来ない。寧ろ一部でも保護してくれることに感謝するべきなのだ。


 振った手を黙って下ろし、再び歩き始める。見慣れたからと言って心が慣れる訳でも無く、黙って歩いた。壱馬も何か言うことはなく、寄り添うように黙って歩く。


 誰にでもわかるほどに濃い悲しみの気配が、彼の背中からは漂っていた。

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