Last reverse
@Luaden
第一章〜Actors are arranged〜
第1話 神は堕ちた
祈りは届かなかった。彼らが信じたモノは尽く偽りであり、結果として救われる者など誰一人としていなかった。
「
残酷なまでに美しい崩壊は、彼らの戦いによって訪れた。抑止の壊れた人は留まる所を知らず、ただ己の欲望のために世界すら巻き込み燃やし尽くす。
「だめです!
愛と、欲と、恋と、夢と、例えそれが夢幻に過ぎず、全て
「本国より通達!某国との同盟を破棄すると同時に遠距離破壊兵器の使用を決定、全艦隊はただちに撤退せよ!」
第一の少女はわかっていたのだろう。だが、全てが遅い。手遅れで、間に合わない。仮に神が意思を持つ慈悲深き存在だったとするならば、その慈悲を持って彼が動く前に人という存在を消滅させていただろう。悲劇は始まらぬが最善だ。
「おお……これが我が国の最終兵器。なんという爆裂だ、はは、さすがの
だが、神に意思はない。楽園をもたらすと信じた神は、果たして彼らにただ終わりなき絶望を与えた。
「ほ……報告……魔神獣、損傷ゼロ。傷一つ、ついていません!こ、こんな馬鹿なことが、あるはずが!」
故に、それを知らぬ第一の少女は願った。どうか、どうか叶うのならば。神の力を持って幸福を。誰も滅びを知らぬ、誰も不幸になることのない安寧の地を、ここに再び。神のなき世界を、その力をもって。
「ッ!魔神獣、攻撃体勢!全身に高エネルギー反応、熱収縮開始!超遠距離エネルギー波、来ます!」
静寂と幸福に包まれた少女の、決して叶うはずのない哀れで愚かな願いであった。
「全艦隊撤退!全艦隊撤退!主力艦の防御を最優先に撤退せよ!陸軍に通達を開始!個ではなく全として勝利するのだ!」
今、紅蓮に燃える大地の上に立つは見るも無惨なかつての支配者の姿。圧倒的な空想の力を持って形なき信仰を甘受し続けた神は、顕現の時を持って形ある支配を為した。
「死ぬがいい我が兵たちよ!そして人類に勝利をもたらせ!我らの怒号を持って、栄光ある勝利の皮切りとせよ!」
世界は幾度となく裏返る。いまや人の支配は終わった。
彼も、ようやくそれに気付いた。もう止められぬことも、己が何を成してしまったのかも。対処するには、抑止するためには、取り戻すためにはどうすればいい?
「エネルギー波収縮……3、2、1、来ます!」
一つの舞台だ。シナリオは、人類史において最たる極悪人、最も重い罪を背負う彼が描く。白紙の図式に描かれた自分勝手で“人間らしい”図式を一つずつ描き直していく。
「守れ!逃げろ!あの化け物に必ずや人類の力を見せつけるのだ!ここを最後の地と理解せよ!全艦隊……」
丁寧に、丁寧に、一つとして間違わぬように。ただ懺悔の想いを込めて、己が滅ぼした人類に願う。
「G……GAAAAAAAAAAA!!!!!!」
第一の少女が願ったように、安寧とはいかずともどうか再び人類の栄華を。永遠(とわ)に続く大地の支配を。神なき世界を神の力を持って為せ。永遠など、願ってくれるな。
「撤退イイイイイイイイイイイイイ!!!」
その日、神は堕ちた。
――――――
一陣の風が舞い、ガラガラと音を立てながら、かつて建造物であったであろうコンクリートが地面に衝突し砕ける。風が巻き起こり、灰色の砂塵が舞った。
近くにいた残酷なまでにボロボロな布を纏った痩せ細った人間たちは微塵も動じることなくそれを受け入れる。骨と皮しかないような体が風に揺れて倒れた。一切音を立てることもなく、僅かな砂塵を巻き上げただけで動かなくなる。
これを見れば誰もがこう言うだろう。悲惨な光景だと。だが彼らにとってはこれが当然であり日常の光景なのだ。瓦礫と砂塵に埋もれ、冥府へ半身を突っ込んでいるような死にかけの人で溢れかえっているこの光景こそが。人々は何かに絶望し、悲観し、希望の光など永劫に差す事はないと、そう思い込み信じてしまっている。
住居等の、人が住まうための雨風を防ぐための建築物はなく、砕け散った瓦礫がその代わりとでも言うように散乱している。死人のような人々はゴツゴツしたそれらに背を預け、停滞した蟻の行列のように並んで座っている。見ているだけで死を連想し、生きる気力がなくなるような、そんな悲しい光景だ。無気力で、どうしようもない。
そんな生気のない人間の群れの中に異物が混じる。傷や汚れが少なく、整えられた衣服を着る若者。二人はばったりと出くわし、手を振りながら共に歩き始める。
「よう、おはよう。早ぇーな今日は」
「……それは君もだろう」
学生、と呼ばれる。
屋根も設備もない、寂れた場所でこの世界の過去や生きる術、人のことを学ぶ、これから輝く……かもしれぬ若き光。目に見えぬほどに小さな小さな、無意味な光だ。
一人目の若者の名を「
二人目の若者の名を「
二人の登校時間が合うことは珍しく、普段と違う状況に少しばかりの興奮を覚えながらどうでもいい雑談に華を咲かせる。と言っても春馬が一方的に話しかけ、壱馬はそれに相槌を打つ程度なのだが。
「いやー最近暑いなあ」
「気温の変動なんてここ数年ないよ?」
「そろそろ授業始まんじゃね?」
「後一時間ぐらい後だね」
そうだったっけか?と笑いながら登校路を歩く。真顔だった壱馬もほんの僅かな微笑を浮かべた。
そんな調子で代わり映えのない無機質な道を歩くこと数分。春馬がある一点を見つめながら立ち止まった。壱馬も不思議そうな顔をして同じ方向を見るが、すぐに原因を理解し心底嫌そうな表情を浮かべた。二人の表情は対照的になることが多い。
「なあ壱馬。ちょっといいか?」
「…………あまり関わらないでよ。めんどくさい」
二人の視線の先にいるのは、周囲と比べても圧倒的に暗く絶望的な顔をした中年の男性。眼窩(がんか)が異常に窪み、死者だと勘違いしてしまいそうになるほどに生気がない。もはや血液すら通っていないように見える。
彼らはこの世界での経験から理解している。あんな顔をした人間は近いうちに死ぬ、と。正しい医療知識を持つ者ならば気付くくだろう。彼は明らかな栄養失調だ。それだけではない、様々な病に体中をボロボロにされ、まだ生きているのが不思議なほどだ。
たたたっと駆け寄り、肩を軽く叩いて声をかける。それだけで男性の体は大きく揺れて倒れかけた。
死者のようなその男性の喉から掠れて乾いた声が漏れる。もはや何の感情も篭っていない、哀れとも思える声だ。
「……あ?」
「おっさんひでー顔してるぜ?砂の石焼き食うか!?うめーぞ、砂の石焼き!」
「………………」
「そうだな……俺ら今から学校だから、帰ってきたら一緒に食おうぜ!砂の石焼きパーティだ!きっと楽しいぞ!」
虚ろな目をした男性に向けて一方的にそう言うと、春馬は登校路に戻って壱馬と一緒にまた歩き始めた。
彼はこういう人間だ。
視界に映る、いや視界に映らない者でさえ、苦しんでいる者がいるなら全力でそれを救い助けるために、心の底から何の見返りも求めずに行動する、底なしの善性。
これで普段から行動に遠慮があったり口調が優しかったりすれば尚良いのだが、基本的に彼は遠慮がなくがさつ、大雑把だ。だがその性格と行動のギャップも彼を構成する大事な要素の一つなのだろう。
本当ならボロボロの布を纏う人間全員にそうしたいが、それではきりがないのでやめろ、と壱馬に言われてしまっているので、限度を決めてそのラインを越えている者だけにそうしている。冷たい判断だと思うが、仕方ない。
彼が声をかけた痩せこけた男性は、彼らの帰りを待たずに死ぬ。どうしようもないほどの栄養不足だ。だが、全ての人間が絶望し己のことしか考えられないこの世界で、最後に一切の曇りのない善なる心で接して貰えたのなら。
それは絶望の闇に包まれた人々にとって、救いなど現れないと諦観し思い込んでいる者の思いさえ覆し、何よりも強い光となって輝いたことだろう。
痩せこけた男性は、気付かぬうちに手を合わせ、最後に触れた鮮烈な光の中で、冷えきった心臓の拍動を止めた。
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