第16話 涙こらえて
「ああああああ」
義母さんの叫び声で僕はちょっと飛び上がった。
「違う、違うの。いえ、そうなんだけど」
義母さんがわたわたと手を動かし、それからがばっと頭を下げる。
「ごめんなさいっ」
「えっ?」
状況がつかめない僕をよそに、義母さんが慌てたように続けた。
「今思い返して気付いたんだけど、いつも不思議なくらいタイミングが悪くて。
パパの使ってたマグカップを手に取ったり、パパが好きだった曲がテレビから流れるのを聞いたり、そうやってちょうどパパを思い出して悲しくなった瞬間…
マコト君が話しかけてくれたのは、ちょうどそんな時だったの。
私、涙をこらえるのに必死になってちゃんと返事もできてなかったんだと思うわ。
それに、顔もまともに見れなかった」
それから義母さんは涙を拭いながら僕の顔を見つめた。
「だってマコト君の顔、パパにそっくりなんだもの」
たっぷり3秒くらい口をぽかんと開けてから、やっと僕は言った。
「あの、じゃあ、たまに何も言わずに僕の顔を睨んでたのは」
「きゃああ、睨んだつもりはなかったの」
義母さんがまた両手に顔をうずめる。
「マコト君の顔を見たらパパが懐かしくなって、ついつい涙を我慢しながら目で追っちゃってたの。
本当に睨むつもりなんてなかったのよ。
なのに、そんな勘違いをさせてるなんて」
僕は膝から力が抜けて、がくんとその場に崩れ落ちそうになった。
それを何とかこらえて続ける。
「いえ、何というか、勘違いしてた僕が悪かったです」
本当になんて勘違いをしていたんだろう。
僕は勝手に義母さんを誤解して、勝手に家が居心地悪いと思い込んでいたらしい。
ほんの少しだけ、あのまま死なないで良かったかもしれないと思った。
もし僕が死んだら、僕は残酷なほどこの人を悲しませていただろうから。
僕が自分の考えにふけっていると、急にふふっと義母さんが笑った。
「2人とも勘違いしてたのね。
こうやってマコト君と話せて本当に良かったわ。
まだぎこちないかもしれないけど、改めて、これからも家族でいてくれるかしら?」
義母さんが首をかしげる。僕は頷いた。
「義母さんが嫌でなければ、僕からもお願いします」
「良かったあ」
その言葉とともに、義母さんが僕に飛びついてきた。
そのままぎゅっと僕の体を抱きしめる。
僕の胸板のあたりに義母さんの柔らかい体が当たった。
いや、さっき意識した突起が当たって、それはちょっとまずいです…
そんなことを言えるはずもなくて、僕は体を強張らせたまま大人しく義母さんのハグを受け入れた。
「あ、いけない。そろそろ学校に行く準備をしなきゃよね」
「ハイ、ソウデスネ」
僕がカクカク頭を縦に振ると、義母さんはやっと僕の体を離した。
それから晴れ晴れとした笑顔で続ける。
「朝ごはんを用意するわ。一緒に食べましょう」
「はい」
ぎこちなく、だけど精一杯僕も笑い返すと、義母さんの笑顔はいっそう大きくなった。
どんより曇っているとばかり思っていた家の中は、実は昔から結構晴れていたのかもしれなかった。
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