第10話 開かない金庫

神崎さんの部屋は神社の境内にある民家の中にあった。


「神崎さんって、神主さんのところの子だったんだね」


僕は彼女の部屋の絨毯に正座しながら言った。


というか、何か喋らないと気まずすぎて間が持たなかった。


人生で女の子の部屋の中に入ったのなんて初めてだ。


僕はこっそりと部屋の中に視線をめぐらせた。


壁にバンドのポスターだとかお洒落なコートだとかが飾られていて、なんというか、想像した通りの明るい女の子の部屋だ。


「あんたの、それ」


神崎さんは僕の言葉には答えず言った。


「ああ、これ。ごめん、神崎さんのだった?」


僕は慌てて手に持ったままだった指輪を彼女に手渡した。


神崎さんは指輪をじっと見つめたあと、ぽつりと呟いた。


「ずっと探してたのに、見つからなかったの」


また神崎さんの目から涙があふれる。


僕が思わずあたふたしていると手に何か触れた。ティッシュボックスだ。


僕はそのボックスを彼女に差し出した。


「あんがと。気が利くじゃん」


鼻をかんでひとしきり泣いてから、神崎さんは話し始めた。


「これさ、ママの形見なんだよね。いや、形見ってのも変か。だってママはきっとまだ生きてるもん。


ママはさ、男作って出てったんだ。


でもその原因になったのは私。これ、ママの婚約指輪だったんだけど、子供のころあんまり綺麗だからこっそり持ち出して遊んでたの。


そしたら急に走って来た猫にとられて、そのままどっか持ってかれちゃった。


探し回ったんだけど見つからなくて、高価な物だって分かってたから、怖くなって私はそのことをずっと黙ってた。


そしたらオヤジが婚約指輪が無いのに気付いてさ、ママのこと問い詰めたの。


遊ぶ金欲しさに売り払ったんだろって。


まあ、普段ママにお金渡してない自覚はあったんだろうね。


ママはいつも地味な服を来て、化粧もろくにさせてもらえないでさ。神社の仕事だとか親族のあれこれだとかに駆り出されてたし。


ママはもちろん知らないって言ったけど、オヤジは信じなかった。


私はオヤジが怖くて、何も言えなかった。


そこからママへの風当たりが余計ひどくなってね、親族一同でママをいじめるみたいだったよ。


男と逃げたって言ったけど、たぶん見かねた男の人がママを助け出してくれたっていうのが正解なんだと思う。


それでもオヤジは怒り狂って、ママにもう金輪際私には会わせないって言いきったんだ。


ママは出て行く間際、私に手紙を渡そうとしてくれた。


毎年一年ごとに読めるように、私に向けた言葉を書いたからって。


でもそれがオヤジに見つかって取り上げられた。


捨てられこそしなかったけど、手紙はオヤジの部屋の金庫にぶちこまれた。


オヤジに泣いてもすがっても、絶対に読ませてくれないんだ。何度か金庫を開けようと忍び込んだけど、てんでダメ。


あのオヤジ、そういうとこは厳重だからなぁ」


神崎さんは苦笑いした、と思ったらその顔がまた歪む。


「この指輪もってって、ママに謝りたいなあ」


ぽろぽろとこぼれた涙が指輪を濡らした。


僕は正座したまま、彼女の伏せられた顔を見つめた。


「ねえ」


ん?と神崎さんが顔をあげる。


「その金庫、もしかしたら開けられるかもしれない」

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