第11話 1000倍の運

「え、あんた金庫開けるのとか得意なの?」


「やってみなくちゃ分からないけど」


僕の頭の中に、女神さまから言われた「天運」の文字が浮かんでいた。


人の1000倍の運。もしそれが本当なら、今こそその力を使わせてほしい。


神崎さんは少しの間迷っていたみたいだけど、やがて小さく頷いた。


「今ならまだオヤジも雷の跡に気を取られてるだろうし、ババアも寝てると思うから」



金庫は家の奥まった先、書斎のような部屋に置かれていた。


小さめの冷蔵庫かと思うような、どっしりとしたサイズだ。


「このダイヤルを回すんだけどさ」


神崎さんがダイヤルを左右にぐるぐる回す。


「何度やってもだめだった。適当にやったんじゃ絶対あけられない」


「でも」


僕は言った。


「偶然開く可能性はゼロじゃないはずだ」


僕はそっとダイヤルに手を伸ばした。


そのままなんとなくダイヤルを右に回す。その時だった。


―カア、カア、カア


「うわっ」


窓際にいたらしいカラスが大きな声をあげた。僕はその声に驚いて思わず手を離す。


「びっくりした、カラスか」


誰か来たかと思った。僕はどきどきする心臓を押さえつけながら言った。


「まあせっかくだし、今度は左に回してみようか」


そう言って僕はダイヤルを左に回し始める。


「あっ」


急に神崎さんが小さな叫び声をあげる。


「な、なに?」


「今日体操服持って行かなきゃいけないの忘れてた、と思って」


「あ、そう」


こんな時に、と思ったけど、何も言わずに僕はダイヤルを右に回し始めた。


「あれ?」


今度は僕だ。


「金庫って普通何回くらい回すもんなんだろ」


「んー、物によって違うらしいけど三回とか四回とか?」


「じゃあもう一回くらいまわしておくか」


適当なところまで回し、僕は金庫の扉に手をかけた。


さすがにこれじゃあ無理だろうと思いながら。


だけど金庫の扉は、何の抵抗もなくするっと開いた。


僕と神崎さんは顔を見合わせた。


「開いた…!」


「早く、早く中を見て」


神崎さんが金庫の中に手を入れ、ごそごそと紙をかきわける。


「これ…」


それは古びた、だけど可愛らしいピンク色の封筒の束だった。


「オヤジが来るかもしれないから、一旦アタシの部屋に戻ろう」

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