第7話 新たな希望を探して

「……どういうことですか」

 兵士たちが退出した後、改めて玉座の前で話をすることとなった。開口一番不満を表明すると決めていた俺に対し、陛下はこちらをまっすぐ見据えながら答える。

「昨晩キルゴールと話し合った結果、私が決めたことだ」

 横暴だ、と叫びたかったが、陛下に逆らうことはできない。向こうもそれを理解しており、口をつぐむしかない俺から視線を逸らし、謁見の間に残った五人を見渡してから続ける。

「先ほど、使いの者を街に送った。勇者の死と明日の葬儀を民に知らせるためだ。そしてそれが終わるとすぐに魔人たちとの戦いが始まるだろう。つまり、我々には時間的余裕がないのだ。そのため、早期に方針を決めてそれを知らせる必要があると判断したまでだ」

 そこから先は、表情の硬いキルゴールが引き継いだ。


「魔王を直接討つには、前回同様に少数精鋭のパーティを組んで向こうに乗り込むのが得策であると考えた。兵力の大部分は各地の警備で手一杯というのもある」

 前回もそのせいで冒険者たちに頼らざるを得なかったという事情は聞いていた。実際、俺の凡庸な頭ではそれ以上の策は思いつかない。頭脳明晰であり前回の勇者パーティの一員でもある彼がそう判断したなら、きっとそれが正しいのだろう。


 だが、俺が疑念を抱いているのはそこではない。

「どうして私たちが選ばなくてはならないのですか」

 元勇者パーティの面々による推薦という言葉、そして陛下の視線から察するに、俺も誰かを選ばなくてはならないらしい。少数で魔人領へと旅をし、強大な魔王を倒す過酷な道程を歩む人間を決めろというのだ。

「……他の三人はともかく、私にはその資格はありません。他をあたってください」

 俺は一度追放された身であるし、そもそも他の四人と比べて力量不足だった。そう主張するも、キルゴールは撥ねつける。


「いいえ、あなたもあの旅の仲間として十分貢献していました。私自身、あの旅ではあなたに幾度となく助けていただきましたから。推薦者としての資格は十分です」

 でも、とさらに反駁しようとしたところで、今度は陛下が真剣な面持ちで言葉を紡ぐ。

「勇者の死の直後に、この恐るべき報告だ。とにかく時機が悪すぎる。魔王がエミリアの病について知っているのかは定かではないが、ともかく民たちもじきに魔王の復活を知り、パニックとなるだろう。……私はその前にこの恐るべき事実を明らかにし、それと同時に新しい勇者たちをみなに紹介したいと考えている。

 確かに、そうすればある程度混乱を押さえられるかもしれない。脳内で市井の人々の様子を想像しながら、俺は同調してしまった。問題の出現と同時にその対策を示すことで安心感がもたらされるという考えは、単純だが効果が高いように思える。


「ですが、私たちが次の勇者たちを選ぶ必要はないでしょう。陛下が直接指名してもいいはずだ」

「私たちが、というよりも、勇者エミリアの仲間たちが指名することに意味があるのです」

 キルゴールはそう言って、モノクル越しに見えるその目を細める。

「勇者はこの国にとって、特に魔人に勝利した象徴として重要な存在でした。あなたも重々承知のはずです。――彼女が亡き今、人々の希望を担う存在を新たに擁立するのは、かつて勇者とともに戦った我々でなくてはならないのです」

「それは――」

 何か言い返そうと思考を整理していたところで、先刻からずっと押し黙っている男のことが引っ掛かった。


「おい、レッケン。お前はどう思ってるんだ」

 話を振ると、髭面の戦士はその大きい顔を急いでこちらに向けた。豪放な性格のはずの彼はなぜかこちらと目を合わせようとせず、その肩も心なしか昨日と比較して縮こまっているように見えた。疑念が確信に変わりかけるなか、俺はさらに問い詰める。

「陛下はともかく、そこの大司教には何か言いたいことがあるんじゃないのか。昨日は隠し事をされてあれほど怒っていたというのに、今日はずいぶん大人しいじゃないか。もしかして、あの時のは全部茶番だったのか?」

 レッケンはしばらく口を閉ざしたままだったが、場の沈黙に耐えかねたかおもむろに弁明をはじめた。


「……国を護るためだ、仕方ねえだろ」

 腰の剣の柄にその手を置きながら、ようやく視線を合わせてくる。

「そこの頑固神父のやり方は俺だって気に食わねえ。だが、陛下も同じお考えというのなら、俺は戦士として従うまでよ。それに――」

 レッケンはそこでニヤリと笑い、付け加える。

「オレが一人推薦していいんだろ? どうしても強くしたいやつがいるんだ。そいつが旅を通してどこまで成長するのか、正直楽しみでならないぜ」

 その言葉は、生涯を戦いに捧げてきた男としてのものか、それとも。


「それって……」

 隣にいたレーネが小さくそう漏らしたが、すぐに自ら口を押えた。その慌てた様子が気になったが、今はそれどころではない。

「……カミル、一応聞くが、他に何か申しておきたいことはあるか?」

 これ以上抵抗したところで無駄だろう。白旗を掲げることにした俺は渋々首を振る。促してきた陛下自身が、俺の返事を確認してから少し申し訳なさそうに頷いてくれたのがせめてもの救いだった。



「いやー、みんな話が長くて退屈極まりなかったよ」

御前では一度も口を開かなかったジンジャーは、能天気にそう口にしながら背筋をぐっと伸ばす。

「しかもどっかのおバカはずっと文句しか言わないしさ。レーネみたいにずっとおとなしくしとけばもっと早く終われたのに」

「ジンジャー様、カミル様も色々と思うところがあったのでしょう」

 レーネが庇ってくれたものの、性悪エルフはなおも口撃を浴びせてくる。


「レーネは優しい子だね。でも、こういう人間にはしっかり躾をしておかないと、後々面倒なことになるよ」

「余計なお世話だ……そもそも、なんでお前までついてきてるんだよ」

 俺の質問を無視して、彼女は近くの露店を指差しながら寄っていこうとレーネに呼びかけた。



 あの後、国王陛下直々に勇者パーティへの推薦についての説明がなされた。

 推薦するのは各自一名ずつ、期限は勇者の葬儀が終わる三日後まで。このあまりにも短い時間も厄介だったが、問題はもう一つあった。

「カミル、そなたにはパーティの中心に相応しい勇者を探してほしい」

 言われた瞬間、その言葉の意味がよく理解できなかった。前回の旅では末席を汚すだけだった、しかも伝記にも名前が記されていない俺が、どうして勇者を。何かの間違いだろうとキルゴールの方を見たが、彼はこちらに目もくれなかった。


「エミリアの代わりにと思ってくれ。難しい役目だが、そなたならきっと素晴らしい人間を連れてきてくれると期待しているぞ」

 勝手に期待を寄せられても困るなと思ったが、ともかくやるしかない。俺が悲壮さの入り混じった決意を抱いたところで、陛下は立ち上がり階段をゆっくりと降りながら尋ねる。

「ところでレッケン、先ほどそなたは既に推薦する人間を決めているような口ぶりであったが……いったい誰なんだ?」

 戦士長は恭しく跪きながら、自信に満ち溢れた表情で答える。

「はっ、私は我が次男、ヒルデベルトを次期勇者パーティへ推薦しようと考えております」

「ほう……」

 陛下はその名前を聞くと、何か納得したような表情を浮かべる。


 確か、夕食の席で名前だけは聞いた覚えがある。

「噂は聞いたことがある。まだ加入して日が浅いようだが、面白い存在であると」

 陛下のお褒めの言葉に笑みを浮かべながら、レッケンは続ける。

「経験こそありませんが、戦士としては私以上の素質を秘めています。親馬鹿と思われるかもしれませんが、あいつ以上の適任はいません」


「そなたがそこまで言うならそうなのだろうな」

 家臣の熱意に圧されるように苦笑いを浮かべた陛下は、今度はキルゴールの方を向く。

「そなたはどうだ?」

「私は――」

 そこで彼は一瞬、レーネの方へ視線を向けた気がしたが、すぐに何事もなかったかのように意識を戻す。

「まだ決めておりません。おそらくは大聖堂の人間から選抜することになるでしょうが」

 その言葉に対し、俺の隣から溜め息が聞こえた。彼女の方を見ないように努めながらやり過ごしているうちに、散会となった。



「いいでしょ別に。ちょうど街を見て回りたかったし」

 露店で売られているネックレスをしゃがんで見つめながら、ジンジャーは付け加える。

「それに、何の伝手もないカミルが次期勇者を探す姿もかなり笑えそうだからね。精々愉快に踊ってよ」

「……こっちはこっちでどうにかしてやる。それより、お前だってまだ決めてないんだろ」

 夫婦らしき男女に道を空けなからそう言い返したが、エルフの魔法使いは余裕綽々といった態度を崩さない。


「私を誰だと思ってるの。あの大魔法使いジンジャーだよ。ちょっと本気を出せばすぐに見つかるよ」

 少なくとも俺よりは難易度が低そうだ。むかつく気持ちを抑えようと心の中で苦闘を続けていると、買い物を待っていたレーネが何かに気付いたのか目を見開いた。

「パスカルさん……?」

 視線の先にあるのは、広場の中央に設置された著名な哲学者の像。その近くで首を忙しなく左右に動かしていた茶色のチュニックの男が、手を振る彼女を見つけてから早歩きで接近してきた。


 その名前をどこで聞いたかこちらが思い出す前に、面長の彼は胸に手を置きながら丁寧な口調で挨拶をしてきた。

「お待ちしておりました。わたくし、レッケンの息子、パスカルでございます」

 確か、長男の方か。ようやくその名を思い出したところで、彼は穏やかな口調で用件を述べる。

「カミル様を練兵場へと案内するよう、父から仰せつかっております。もしよろしければ、私の弟でもあるヒルデベルトの訓練を見学しに行きませんか」

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