初発電車は4時4分.6
地下鉄の薄暗い電灯の下、神々しいストレートヘアの隙間から鏃の如き鋭い目がカエサルを見下ろす。
射殺すような視線が交差してカエサルは怯えるが、相手は何もしてこない。
「私は何もしない。あなたの味方だよ」
声を聞いた途端、カエサルのささくれだった気持ちが落ち着いてくる。
「ほら、立てるかい」
伸ばされた腕に警戒するが、相手は伸ばしたままいつまでも待ってくれる。
折れたのはカエサルの方だった。伸ばされた手を掴み立ち上がる。
「驚かせてごめんなさい」
相手の声でカエサルの鼓膜が震える度に、警戒心が角砂糖のようにとろけてしまう。
「こちらこそ驚いてしまってすいません。あの、もしかしてあなたが」
「そう、あなたの味方。守護者の役目を任されたものよ」
そう言って金ボタンが五個ある制服の胸に手を当てて軽く頭を下げる。
「私はライ。クラスはオールラウンダー」
「僕はカエサルです。よろしくお願いします」
地面に頭がつきそうな勢いでお辞儀をした。
「そんな堅苦しいのはやめましょう。これから二人で戦っていくのだから」
「は、はい。じゃあ色々と聞きたいことがあるんですが」
「私が教えられることならなんでも答えるわ」
改札を抜けて階段を降りると電車を待つ無人のホーム。二人は近くにあった椅子に並んで腰を下ろした。
「さっき言ってたクラスというのは?」
「私のオールラウンダーはその名の通り万能という事。銃と刀による中、近距離戦が得意。勿論遠距離も戦える」
ライの腰に巻かれた茶色のベルトには木製のホルスターと黒い杖が吊るされていた。
「ライさんもこのゲームに参加したという事は、あの金貨を持っているんですね」
「アウレウスのこと? 致命傷を代わりに引き受けてくれる」
「それです」
「いえ。持ってないわ。だってカエサルが持っているじゃない」
「僕が、確かに五枚持ってますけど……えっこれって僕一人の分じゃないってことですか?」
「GMから聞かされてないの」
「ライさんが待っているから先に合流することになったので」
「……押し付けたわね」
「何か言いましたか」
「いえ、それじゃあ説明するわ。まずC・Dシステムのことは聞いたわね」
「ごめんなさい。分からないです」
「謝らないで。悪いのは説明を省いたGMのせいだから。バカンスではライフポイントが採用されているのは知っているわね」
「ゼロになると死亡扱いになる事も知ってます」
「通常だとライフ制なのだけど、このヘイストゲームでは専用のC・Dシステムが適用されるのC・Dはクリティカルダメージの略」
クリティカルダメージ。
脳や心臓など損傷すれば即死する箇所、腎臓や肝臓など大量出血を引き起こす箇所、激痛が起こる金的や脛。
それらがリアルに再現されているのがC・Dシステム。
「どこを攻撃されてもライフが一定に減っていく通常モードとは違い、C・Dシステムでは頭をバットで強打されればそれだけで死亡扱いとなる。だからこのゲームに参加するのは、身を護る術を覚えているプレイヤーばかり。例外があるとしたら尽きかけたバッテリーを回復させるために一か八かで飛び込んでくるくらいかしら」
「それは、僕のことです」
「安心して。カエサルはジュエルボックスに選ばれた。それを護る私は誰にも負けない自信がある」
ライは腰の得物に手を置く。
「頼りにさせてもらいます」
「けれど気をつけてほしいことがあるの。五枚のアウレウスは確かに致命傷を防いでくれる。でもそれはーー」
ライが言いかけたところで、駅のアナウンスが流れた。
『間もなく始発電車が到着します。白線の内側でお待ちください』
アナウンスの後に電車がやって来てホームに停車する。
完全に止まってから、ホームドアと共に電車のドアが開いた。
中にいたサラリーマンや学生が一斉に降りていく。
皆無表情で、与えられた行動ルーティンに沿って動いているようだ。
電車にいた全員が降りてもドアは閉まらず、まるで何かを待つかのように発車する気配もない。
「一人目が来たみたい」
「えっ、敵プレイヤーですか」
ライは先に立ち上がる。
「行きましょう。説明したいことはあるけれど、まずはこの戦いを終わらせないと」
電車はドアを開けたまま待っている。まるで餌を待つ肉食植物のように。
「もう、進むしかないんですね」
カエサルは根が張った尻を引き剥がすように立ち上がった。
「戦闘は私がする。あなたは安全なところで身を潜めているのよ」
ライは歩き出す。茶色のローファーの足音が地下鉄の駅に響き渡る。
その後ろをカエサルも付いていく。
二人が乗ると、ドアが閉まり電車はゆっくりと走り出した。
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