惣闇に舞う孔雀(1)
ときたま現れるモンスターを蹴散らしながら、あたしとダイラーは、最後と思われる移動魔法陣の前までやって来た。
どうしてそう思うのかというと、このフロアに闇の使徒らしき亡骸をはじめて見つけたからである。
そもそも闇の使徒が何人(何体?)いるのかは知らない。ミメシスに訊いておけばよかったなって、ほんのちょっとだけ後悔したけど、おそらくは間違いないってダイラーが言っていたから、きっとそうなんだろう。少なくとも、あたしの勘よりは信憑性が遥かに高い。
この魔法円に一歩踏み入れば、その先では大邪神ダ=ズールとマルスたちが戦っているはずだ。
光の女神フリーディアの加護の無いあたしも加勢して戦えるのか、正直不安しかないけれど……ここまで来たんだから、もうやるっきゃない!
……と、そのまえに。
「ねえ、ミメシス……次で
前意識の彼女に何度も話しかけてはいるんだけれど、なんの反応も無いままだった。
「なあロア、そのミメシスとやらは、万全の状態で現れるために眠り続けているはずだ。ダ=ズールを前にすれば、自ら目覚めて出てくるのではないか?」
「うん……そうね、そうよね。きっとヴァインの気配を感じたら、元気よく飛び出してくるかもね……ははは」
ふと、マルスの笑顔が脳裏に浮かぶ。
そうだ……どうしよう……なんて言ってみんなと合流すればいいんだろう?
闇の使徒と六魔将軍を引き連れて追放した仲間が現れたら、フツーは仕返しするために戻って来たって、あたしでもそう思う。
マルスたちに勘違いをされて、敵に寝返ったと思われたらどうしよう……えっ、ダメじゃん。このまま再会したら、とんでもない事になるかも!
「うおおお……のおおおおん……」
「むっ? どうしたロア、トイレに行きたいのなら、あそこの隅っこで──」
「違う違う、そうじゃなくってね、その……あたしたちが一緒にいるとね、その……」
言葉の続きを待たずしてダイラーは察してくれた様子で、少しうつむき気味の、腰に両手を当てた立ち姿のまま黙り込んでしまった。
「ミメシスのこともそうだし、そのう……どうしたらいいかなって……」
とりあえず苦笑い。
しばらくしてからダイラーが、
「マルスならおまえを信じるはずだ」
そう言ってくれた。
「信じて……くれるよね、うん! あははは、なにを心配してたんだろうね、あたし!」
そうよ! マルスなら信じてくれる。あたしたちが仲間だって、信じてくれるはずじゃない!
決して小さくはない胸に片手を添えて、深呼吸をひとつ。
心音も落ち着かせてダイラーを見る。
「ありがとう、ダイラー。あたしはもう大丈夫だから」
小さくうなずくあたしに、彼もまた、静かにうなずきを返してくれた。
「まさか、六魔将軍のこのオレも、最終決戦に赴くことになるとはな……フフッ、よし行くぞ!」
気合いを入れたダイラーが、急に駆け出して魔法円に飛び乗る。
いや、ちょ、ダメだって! 素人が飛び乗っちゃ危ないってば!
「ダイラー! 待ってよ!」
あたしも追いつこうと走ったときには、紅い光の粒子が血文字の消えかかった魔法円を中心に舞い上がっていた。
*
「──はっ?!」
目覚めるのと同時に、飛び起きる。
窓ひとつ無い岩窟の牢獄の中に、なぜかあたしはひとりぼっちだった。
しかも、この一帯には超強力な魔封じの結界が施されているみたいで、なにもしていなくても、あたしの魔力は減少していたのである。
「ええっ!? ちょ、ちょっと!? なんでなんで!? あたしなにか悪いことした!?…………あ…………そんなちっぽけなことより、ダイラーはどこよ? ねえ! ちょっと、誰かいないの!? こっから出しなさいよ! ねえ!」
鉄格子を掴んで叫びまくる。
それでも、誰からもなにも返事はなくって、代わりに通路の壁にある松明の炎が一瞬だけ大きく揺らめいた。
そのときに指が明るく照らされて、はじめて自分の身体の異変に気づけた。
「あれ……あたしって、こんなに色白だっけ? それに黒い
よくよく見れば、覚えのない指輪や腕輪、ドレスを身につけていた。そして、なによりも驚いたのは──。
「ムホォォォォォォ?! 乳デカっっっ!!」
あたしの決して小さくはないはずの胸が、ざっくり見積もってもᎻカップくらいに急成長していたのである!
「なによコレ……つま先が見えないし!」
とりあえず意味もなく、その場で連続ジャンプ。
お胸がブルンブルン上下に跳ねて踊り、首と肩にめっちゃダメージが跳ね返ってくる。
巨乳の肩こりは本当だった。
それと、髪型が長い黒髪に変わっていたことにも気づいた。
自分の顔にも触れてみる。唇が厚いし、鼻筋も高い。ますます状況がわからなくなってきた。これってもしかして……血文字が消えかかった移動魔法陣の影響なの?
フウッ……前髪に微風を感じた直後、辺りの空気が一変する。
この緊張感はいったいなに?
ほどなくして、緑青の肌をした裸の屈強な大男たちが鉄格子の前にぞろぞろと現れた。
こいつらって……竜人族じゃないの!
「目覚めたか、闇の女神デレリアよ」
リーダー格であろう男が言った。
その顔に見覚えがある。マピガノスだ。
「闇の……女神……?」
「狭苦しいのは我慢しろ。おまえの魔力が無くなり次第、もう少しマシな
「ちょ、ちょっと! 信じられないだろうけど、人違いなのよ! あたしは闇の女神なんかじゃないの! まあ……見た目がそうなのかもしれないけれど」
「この期に及んで、とんだ戯れ言を……まあいい。これで我々は、神々すらも超えた存在になるのだからな」
なんかよくわからないけれど、マピガノスのその言葉に呼応して、竜人族の男たちが笑い声を上げる。どうやら、あたしが捕まっていることと関係があるようだ。
「あたしをいったいどうする気なのよ、このポロリン兄貴!」
「フッフッフ……おまえには、死ぬまでオレたちの子を産み続けてもらう。そしてその赤子を喰らい、我ら竜人族は究極生命体へと進化を遂げるのだ」
「なんですって!? そんな恐ろしいことを……あなた、正気じゃない!」
「フッハッハ! たしかに、狂っているのかもしれん。しかしそれは、貴様らの基準と常識での話。竜人族の立ち振舞いこそが正義なのだ。我々が神々に勝利すれば、勝者こそが善であると、三層界の愚民どもでも理解が追いつくことだろう」
マピガノスはもう一度高らかに笑い声を上げると、仲間たちを引き連れて去っていった。
そのとき、最後尾の若い男が、あたしのことを気にかけるような目つきで見ていたような気がした。
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