神をも喰らう最強戦士(1)

火焔速射魔弾ラピッド・フレイム!!』


 振りかざした杖の軌道から火の玉が次々に高速度で放たれ、ゆっくりと近づいてくる竜人族の古代戦士を襲う。


 パシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシパシ、パァシュンッ────!!


 けれどもその全弾すべては、男の泣き顔を模した浮き彫りの円盾に防がれてはかなく消えていった。


「やばいな……さっきも氷結魔法が効かなかったから、あの盾には全属性魔法を無効化する能力が備わっている可能性が高いぞ」

「だったら、あたしじゃ絶対に無理じゃない! ダイラーは、まだ回復が終わらないの!?」

「闇の波動は、生命体や物質に宿る魔力オドに強い影響を及ぼすが、魔宝石の稼働には大量の魔素マナを必要とするのだ。結果的に闇の波動が魔素マナも増幅させてはいるが、この程度ではまだ足りない」

「そんな……」


 言われてみれば、世界皇帝は大気中に漂う魔素マナを集めるために人間界の自然を容赦なく破壊していった。ラストダンジョンにもあるけれど、森や草花、湧き水とは縁遠い場所だからごく微量しか飛んでない。棲んでる精霊だって、それこそ闇や土の種族しかいないだろう。


 万事休す。


 この怪物から逃げきれる自信なんて────














「とんずらああああああああああああッッッツ!!」


 そんなに、ない。














     *



 ──ざっくり一時間くらい前。



「みゃ? 見てよダイラー。あそこの壁の部分だけ、色が違ってない?」


 別れ道のどちらを選ぶか相談している最中、あたしはふと気づいた。石壁に映る松明の灯りの揺らめく陰影が、なんかチョットだけおかしく見える。


「うーむ……たしかに」

「罠だと思う? それとも、隠されたお宝のにおいがする?」

「オレの嗅覚は人狼族ワーウルフほど鋭敏じゃないが、なにかにおうな。だが、ここは移動魔法陣を探しに先へ──」

「フフッ……鋼鉄の魔獣よ、お待ちなさい」

「むっ?(鋼鉄の魔獣?)」

「ここは、どこ?」

「……ラストダンジョンの中にある、地下迷宮だろ?」

「そう。そして、あそこにあるのは、なにかしら?」


 あらためて怪しい場所を腰に手を当てたポーズで指差すあたしに、ダイラーは「ちょっと待て!」と肩の上から叫んだ。


「うっわ、うるさ……耳の近くだから、うるさ……」

「おまえの言いたい事はわかるが、似たような手口で爆死したのを忘れたのか!? なんの確証もなく、財宝があると決めつけて近づけばムキュゥ~」

「おやすみ、ダイラー……」


 六魔将軍を腕力でねじ伏せ、疑惑の石壁に向かって歩く。

 近くで見てもやっぱり怪しい。

 触れてみれば、氷みたいにひんやりとして冷たかった。まあ、石だからあたりまえなんですけどね。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。


 触れた直後、重いなにかが横移動でもしているような音が遠くから地響きとともに聞こえてくる。もしかして、宝物庫の部屋の封印でも解かれたのかしらん?

 だなんて思っていたら、凄まじい妖気と殺気が入り交じった、まるで鬼神のような最大級の魔力がどこからともなくすさび、辺りの景色を削り取る勢いで嵐となった。

 等間隔で連なる松明の炎も全部消えそうになってて──いったいなんなのよ、これ!?


「きゃああああああ?!」


 少しでも気を緩めば飛ばされそうなほどの強風。右腕で顔を守りながらミニスカートも押さえてなんとか踏ん張るけれど、ものすごい風圧で息をするのも辛い…………って、あれ? ダイラーのヤツ、どっか飛ばされた?

 そうこうしているうちに怪現象はピタリと止まり、松明の炎も一瞬グラッと大きく揺らいでから持ちこたえて、ふたたび燃えさかった。


『人間の娘よ……おまえはなぜ、ひとりでここにいる?』


 脳内に直接届く、男の声。

 肌にまでピリピリと伝わってくるこの威圧感……ミメシスの悪ふざけではなさそうだ。


「誰? 誰なの?」

『我が問いに答えろ』

「……話すと結構長くなるから短くまとめると、大邪神ダ=ズールを倒すためよ(今の目的はちょっと違うけど)」

『大邪神だと?』


 突然近くの空間が人の形にゆがみ、緑青の肌をした筋骨隆々の大男が現れる。

 くすんだ金色の兜から天に向かって伸びる長い左右の角、左腕には胴体が隠れるほどの大きな楕円の盾、そのほかの装備品といえば、兜と同じ色をした腕輪と素足につけられたレガースくらいで、股間の大切なところはなにも無い──────マジでガチの、ポロリン状態だ。

 唯一の救いといえるのは、ポロリン兄貴はマッチョだけどイケメンなので、美術館に飾られる高尚な芸術作品を鑑賞している気持ちでポロリンを直視できることだろう。


「あの……えーっと、その……とりあえず、それ以上は近づかないでね兄貴」

「人間の娘よ、ひとりで大邪神に挑むつもりか?」

「んー、そんなところね(正確にはひとりじゃないし、マルスたちと戦えないけどね……)」


 こいつ、本当に何者なの?

 やけにダ=ズールを気にしているけど、あたしに危害を加える気配は今のところまだ感じられないし……もしかして……もしかする? 交渉次第で、仲間になるパターン?


「ねえ! さっきから質問ばかりしてないでさ、あなたこそ誰で、ここでなにをしてるのよ!」


 駆け引きは受け身だけじゃダメ。

 あたしは思いきって攻めに出る。


「我が名は、マピガノス。まことの神となるべき竜人族の戦士を統べる千人隊長なり。裏切り者のキリ=オ討伐、及び闇の女神デレリア奪還のため、エレロイダへ赴いた」

「へ? ふ~ん、そうなんだァ……(やっべ、訊いても全然わかんなかった)………………って、竜人族ゥゥゥゥ!?」


 竜人族──それは遥か数千年も昔、神々に戦いを挑んだ戦闘民族がいた。

 彼らは、高度な知能で賢王を見下し、鋼よりも強靭な肉体で超獣をひるむことなく絞め殺す。そしてさらに、強大な魔力で天変地異すら引き起こせたそうだ。

 そんな神に匹敵する力を持った竜人族は、神々との決戦をまえにして滅亡した。

 その理由に諸説あるけれど、超強力な大量破壊兵器の製造に失敗したという説が有力視されている。


 マピガノスの話が本当なら、彼は最後の生き残り。もしも仲間になってくれれば、超強力な助っ人になる……あたしたちのパーティーだけでも、ダ=ズールに勝てるかもしれない!

 ひとり頬を赤くして興奮するあたしは、両手で杖を握り締めてつばきを飲み込む。ちょうど視線の先にあったのは、偶然にも立派な兄貴のポロリン。きっと、違う理由で興奮しているとマピガノスに思われているかもしれない。


「人間の娘よ、ふたたび問う。エレロイダの大邪神とは、なんだ?」

「みゃ? あの……もしかして、大邪神ダ=ズールをご存知でないとか?」

「質問を質問で返すな」

「あ……ごめんなさい。えーっと──」


 順序だてて説明をするには、マルスたちとの出会いから始まった長い長い冒険のすべてを彼に話す必要がある。

 あたしは、大きく息をひとつ吸い込んだ。


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