3話 反復夢再び
「夢か…………」
優馬はいつもの自分のベッドから目を覚ます。全身から冷や汗が流れる。
「まさか、二重夢を見るとは思わなかったな。これは貴重な体験だな」
独り言を言いながら、机の上にあるノートを広げる。
(あれ…………?)
ペンを持つ手を止める。
(二重夢を見た場合はどの出来事を書けばいいんだ?最初の夢か後の夢か?でも、夢の話が繋がっているから見たままのことを書こう。)
優馬はノートに夢の事を書く。一階のダイニングに降りた。
「……おはよう」
「おはよう。今日は早いじゃない。学校でなんかあるの?」
ダイニングの入ると弁当と朝食の準備をしていた母がいた。
「別に、夢見が悪くて早く目がさめちゃったよ」
椅子に腰掛け、机のリモコンをとってテレビをつける。画面には、笑顔で話す女性の天気キャスターが映っていた。
『今日は全国的に晴れ!……。「絶好の洗濯日和になるでしょう」』
キャスターの言葉に合わせて、優馬が口をそろえる。
次に何を言うか、分かっていたから。
優馬は外の様子を見る。カーテンから光が差し込んでいる。雀の囀り、車の走る音が聞こえてくる。所々、蝉の鳴き声が聞こえてくる。
(あれ……?なんだこの既視感は)
胸がざわざわする。
見たことある光景。聞いたことがある声。変わったところは何1つないはずなのに、手に汗が滲む。
外の様子を見ていると、目の前にサラダとトーストと目玉焼き牛乳を用意してくれた。
「!」
「どうしたの?」
「い、いや。何でもない」
驚く優馬に母が不思議そうに見る。優馬は視線をそらして、お箸を持つ。
「いただきます」
いつもとかわらない生活。
食べ終わると、自分の部屋に戻って学校に行く支度をする。
時間に余裕をもって、家に出た。
「あれ?優くん今日早いじゃない!今日ってなんかあった?」
「……」
門の前で待っていたひかるが首を傾げて問いかけが、答えなかった。
眉間をハの字になり、口を堅く閉じている。
「優君?どうしたの?」
心配してひかるが優馬の肩に触れた。すると、優馬は肩を震わせる。
「わ、わりぃ。なんでも、ない」
震えた口で答えるも、目線がずっと泳いでいる。様子がおかしいと感じたひかるはこれ以上何も聞かなかった。
登校中、二人に会話がなかった。
(ひかるは生きている。生きているはずなのに、なんで夢の中で見た冷たい顔が頭に浮かぶんだ。これ以上もう見たくない。)
うるさい蝉の声が、騒がしい優馬の心を紛らわしてくれる。
夢が正夢になるなら、放課後に公園の前でひかるが交通事故に遭う。
それを回避するには、公園の前を通らないこと――ただそれだけのはずだった。
けれど、もし事故が自分と関係しているのなら、そもそも自分がそばにいない方がいいのかもしれない。
優馬は、賭けるようにして言葉を選んだ。
校門が目の前に来たとき、優馬がふいに立ち止まる。
「……なぁ、ひかる」
「なに?」
一歩先を歩いていたひかるが、きょとんとした顔で振り返った。
優馬は汗ばむ手を無意識に握りしめながら、重たく口を開く。
「今日、ちょっと寄るとこあるから……一緒に帰れない」
「そうなの?わかった」
ひかるは少し驚いた顔をしたが、すぐに小さく頷く。
「それと……帰るとき、公園の前は絶対に通るなよ。できるだけ遠回りして帰ってくれ」
「う、うん……わか……った」
なぜそんなことを言うのか、ひかるは戸惑った様子だったが、神妙な顔で見つめる優馬にそれ以上なにも聞けなかった。
(ごめん、ひかる。これは、お前のためなんだ……)
優馬は、繋げた視線を自ら逸らし、ただひかるの無事を願った。
ひかりは手を振って教室へと向かった。
優馬は手を振りかえして見送る。
「何しようとしているんだ。孝司」
「げ、何故バレた」
優馬が振り向くと、後ろから飛び掛かる構えをしている孝司がいた。
気づかれたことのが悔しかったのか口を尖らせて隣に並ぶ。
「ちぇ、せっかく脅かそうとしたのに。気づくなんてな」
「脅かす理由がわからない」
思わず突っ込んだ。
「それよりさー、めっちゃねみーんだよー。このまま教室まで運んでよ。優馬」
孝司が、気だるそうに優馬の肩に腕を回して全体重を預ける。
「はぁ、まったく。今日だけな」
優馬が孝司の腕を掴んで、重たい足で廊下を歩きだす。
「へぇ?まじ?優馬がそんなこと言うなんて。頭大丈夫?」
孝司が目を丸くして、変な人を見るよう目で見てくる。
「大丈夫……じゃねぇかも……」
優馬は聞こえないようにつぶやいた。
教室に入ると、クラスの男子たちが一斉に優馬に群がってきた。ざっと五人ほど。好奇心を剥き出しにした目で囲む。
「なあ広原、今日は誰がどんなことが起きるか予言してみてくれよ。」
群れの中の右端の男子が聞いてきた。他の男子は好奇な目で広原の答えを待っている。
「おい、来て早々に何聞いてんだよ。散れよ」
優馬の後ろにいた孝司が、庇うように前に出て男子たちに睨む。
「はぁ、山根には聞いてねぇそ、引っ込んでろ」
「あぁ?」
彼らの挑発的な発言に、孝司をさらに怒らせる。
朝から喧嘩が起きかねない空気にさらされ、周りは何事かと注目される。
優馬は軽くため息をつき、孝司の肩を置いた。
「孝司、やめろ」
「だってよー」
「俺は気にしていない。」
「……わかったよ」
孝司は男子達を睨みながら、席についた。
それを確認して、優馬は彼らと向き合う。
「渡辺、今日先生に怒られるぞ」
優馬が指をさして言ったのは、左から番目にいる、髪が茶髪で制服を着崩した男子だ。彼からタバコの臭いがする。
「え、まじかよ。俺何かやらかしたか?」
男子は意外そうな様子で驚く。優馬は冷静に答える。
「お前、学校で禁止されている物もってきているだろう。 先生にバレるぞ」
「え?」
渡辺は間の抜けた声を上げ、周囲もざわつき出す。近くにいた女子たちまでもが驚いたようにこちらを見る。
「広原……それどう言う意味だ……」
渡辺の隣にいた楠原が引き攣った顔で訊ねる。
皆も同じ顔して優馬を見る。
「俺が言えるのはこれだけだ。詳しいことは本人が知ってるはずだから、聞けばいいだろう」
凍てつく瞳で周囲を見渡し、冷徹な言葉で言い残し、優馬は自分の席に向かう。
その横目に映った渡辺の顔は、青ざめていた。
昼休憩
いつもの旧校舎で弁当を食べていた。
窓から熱い差しが肌をジリジリと焼ける。
「いつまで
剥れているのは孝司だった。眉に皺を寄せて弁当をドガ食いして、リスみたいに口いっぱい詰め込んでいる。
咀嚼しながら、不機嫌な声を漏らす。
「だってよ、あいつら、優馬のことを予言者みたいな目で優馬を利用していて、なんか腹立つ!」
「なんで孝司が腹立つんだよ。利用されているのは俺だろう。」
「優馬は腹立てねえかよ。」
「腹立つことはないが、怒ったところで何にもならないし、てか、怒る気力がない。」
弁当を完食して、すいとうのお茶を飲む。
「もしかして今朝のあれは、仕返しのつもりだった?渡辺の奴、見たことがないくらい顔が真っ白になってたからさ」
昼休憩入ってすぐ、渡辺は担任に呼び出されそのまま教室に戻ることなかった。
噂では、学校に煙草を所持していたことがバレたようだ。
(煙草のにおいをしていたのに、気づかないのがおかしいだろう。)
直接じゃないとはいえ、本人が自覚する程の警告したつもりだったが、結局先生にバレた。
正夢と違う言葉を言えば、結果が違ってくると思っていたが見当違いだった。
「仕返しのつもりなんてなかった。あいつの自業自得だろう」
「言うな……」
優馬の辛辣な言葉に、孝司は口端を引き上げる。
残りの休憩時時間を読書して過ごそうと思い、優馬は鞄から本を取り出す。
「けど……」
視線を孝司に向けると、キョトンとこっちを見る。
「庇ってくれてありがとうな」
「お、おう……」
優馬がお礼を言うと、孝司は孝司は照れくさそうにはにかんだ。
性格が正反対の二人。共通点なんてないはずなのに、なぜか一緒にいることが多い。
冷たい印象の優馬と見た目が不良の孝司は、人を寄せつけない雰囲気を持つ二人は、空気感がどこか似ていて、特に何をするわけでもなく、それぞれのペースで休み時間を過ごしていた。
優馬は読書。孝司は黒板に落書き。
「明日から夏休みだな!どっか遊びに行かねぇか!」
「なんだよ。いきなり」
突然の提案に、優馬は呆れて訊ねた。
「海とかプールとか、花火大会とか、夏休みは短いんだからさやらないと損じゃん。」
孝司は持っていたチョークで黒板にやりたいことを書いていく。ざっと20個。
多すぎると言いかけたけど、飲み込んだ。
「行ってもかまわないが、課題を終わらせてからな」
「えー!課題をしているうちに夏休み終わっちまうじゃん。遊ぶ時間なくなるじゃん。」
「課題なんて8月までに終わらせればいいだろう。出来ないのは孝司の怠惰だ。」
「なんで、日本は夏休みに課題を出すんだよ!生徒に対するいじめだ!体罰だ!」
孝司は頭を抱え、教卓に突っ伏すが、優馬は気に留めず読書を続けた。
「課題があるのは日本だけじゃないんだから、受け入れろ」
優馬は冷静に諭した。
「なんだよー。冷たいなー、。馬は課題が好きなのかよ」
「好きか嫌いかの問題じゃねぇよ。学生でいるうちは避けられない運命だし、俺は諦めてる」
「ふーん。……大人だね。それよりさ」
軽い調子でそう言いながら、孝司は優馬の正面に座る。頬杖をつき、興味深そうに顔を覗き込んできた。
「何?」
そろそろ本の続きを読みたかったが、それは言わずにおく。
「優馬と九条さんと付き合ってるの?」
「なんだよいきなり。もし付き合っていないって言ったら?」
唐突なその言葉に、優馬は小さく息をついて、手の中の本を静かに閉じた。
何度目だろう、この質問をされるのは。
面倒というより、もはや恒例行事のようなものだった。
わざと真面目な声で返してみる。ちょっとした意地悪だった。
「今朝のやり取り見てたさ、カップルみたいだったからさ。付き合ってんのかなーって。
九条さん、ずっと優馬を見てたからし。本当に付き合ってないのか?」
孝司の言葉に、優馬は内心で肩をすくめた。
そんなつもりはなかった。
けれど、他人の目にはそう映ったのなら、そういう雰囲気があったのかもしれない。
その事実だけを、短く答える。
すると孝司はニヤニヤと口角を上げて、こちらを見つめてくる。
「付き合っていないよ。」
「本当かー」
その事実だけを、短く答える。
すると孝司はニヤニヤと口角を上げて、こちらを見つめてくる。
「あー、ひかるとは家が隣同士の幼馴染だ。それだけだ」
言いながら、自分の声が少しだけ強くなった気がした。
それに気づいたのは、自分自身だけだったかもしれない。
頭上から、重たいため息が聞こえた気がした。もう一度視線を孝司に向けると、首を垂れてゆっくりと左右に振る。
「お前本当に鈍感だな。九条さんに同情するわ」
「はぁ、なんでだよ。」
聞捨てなれない言葉に、優馬は本を閉じて前のめりに孝司と向き合う。
孝司は呆れた口調で、説明する。
「その調子だと、他の男に取られちまうよ。その様子じゃ気づいていないと思うけど、九条はあー見えて、結構モテるんだぜ。可愛いし小さいのに胸が大きいし、頭がいいしな」
孝司が両手を丸めて胸のあたりで振る、下品なジェスチャー。
優馬は思わず溜息をひとつついて、席を立った。
「馬鹿馬鹿しい。ひかりがモテていようが俺には関係ない。」
ちょうどそのとき、予鈴が鳴った。
二人は並んで旧校舎を出ていく。
廊下を歩きながら、ふと思い出して優馬が声をかけた。
「あ、孝司。今日放課後暇か?」
校舎の廊下を歩いているときに思い出したのか、声をかけた。
「んあ?まぁ、暇ちゃー暇だな」
「だったら、一緒に帰らないか?」
「あれ?九条と帰らないのか?」
「ちょっと訳あってな。ひかるには一緒に帰れないって言っている」
「珍しいな。二人が別々に帰るなんてさ」
「そうだな」
そういえば、ひかると別々に帰るのは初めてかもしれない。
「明日は5,6時間目に終業式あるので、間違って羽目を外して無断欠席にならないように。以上」
女の担任の先生の話を終えた。
「起立」
日直の女子の号令で、一斉に席を立つ。
「礼」
「さようなら」
挨拶とともに礼をし、生徒たちは一斉に帰り支度を始めた。中には部活へと向かう生徒の姿も見える。
「優馬、帰ろうぜ」
「おう」
そう言って、二人は鞄を肩にかけ、教室を出て行った。
「そういえば、優馬と帰るのは初めてだな」
「あー、言われてみれば」
学校の帰り道に、ふと孝司が言う。孝司とは、体育の時に二人組を作る時にたまたま余ったもの同士でペアになった時に知り合った。優馬の第一印象は無表情で何を考えているか分からない人だった。孝司も優馬に関わりたくないと思っていた。
しかし、ペアで行動しているうちに、孝司は優馬の行動に興味を持つようになり、それから孝司は頻繁に優馬に声をかけて一緒に昼食を摂るまでいった。
一部の女子から優馬と孝司は付き合っているんじゃないかって噂されたが、すぐに無くなった。毎日行動している二人だが登下校だけは、ひかると帰るようになっている。
「なぁ、優馬」
「ん?」
「おまえんちってさ、門限厳しい?」
「いや、別に厳しくはないが、なんでだ?」
「なら、どっか寄って行こうぜ。こうして一緒に帰れるんなんて、そうないからさ」
「そうないって、まだ卒業するまで何回もあるだろう。これが最後じゃねぇんだから」
「それもそうだよな。じゃぁさ、ゲーセンで遊んでこうぜ」
そう言って、孝司は先を歩き出した。……なんだか、嬉しそうなのは気のせいだろうか。
だが、優馬にとっては、それも悪くなかった。いつもと違う帰り道。もしかすると、ひかるを救うチャンスかもしれない――初めて夢とは違う選択した。
いつもなら正夢通りの行動していたが、胸に芽生えた違和感を拭うように、あえて方向を変えてみた。
この先に何が待つのか、優馬にはまだ分からない
「お、ここだ」
到着したのは、街で一番大きなゲームセンター。店の中からは賑やかな音が漏れている。中に足を踏み入れると、鼓膜が痺れるような騒音が全身を包んだ。
「ここで何のゲームをするんだ?」
「そりゃ、もちろん。」
孝司が手に持っていたのは、太鼓のバチだった。
「太鼓の仙人で勝負だ!」
「あー、これが例の太鼓ゲームか」
ドヤ顔で決めポーズする孝司に、優馬はあえてスルーして隣に並んだ。
「これで何をするのだ?」
優馬が孝司の隣に並んでバチを持ち、不思議そうに首をかしげる。
「え、画面に流れてくる赤と青の太鼓にタイミング合わせて打つんだけど……。もしかして、したことないの?」
「見たことはあるが、したことがない」
「まじかー、したことがない人初めて見たわ。だったら、勝負とかやめとくか?」
「いや、大丈夫だ。練習すれば、なんとかなるだろう。」
「じゃ、練習がてらちょっとしてみようか」
2人で100円ずつ入れる。
『太鼓の仙人!』
画面に、ひげをたくわえたゆるキャラが登場した。
「おぉー」
優馬が思わず、声を漏らした。
『好きな曲を選ぶドン!』
「優馬、曲を選んでいいぞー」
「じゃ、J‐popで……」
曲が流れ出し、画面にゆっくりと赤い太鼓が流れてきた」
優馬は曲を選び、難易度も初めてというわけで、かんたんにした。
曲が流れ、ゆっくりと赤い太鼓が画面を横切っていく。
「赤い太鼓は、そのまま真ん中にタイミング合わせて叩け」
「こうか?」
孝司の的確な指示で、優馬は軽く太鼓を叩く。
ドンッ
「そうだ。その調子だ」
隣で、孝司のうれしそうな声が聞こえる。
ちらっと横目で見ると、本当にうれしそうに見守っていた。
『フルコンボだドン』
「すっげぇな、初めてでフルコンボとか」
「……なんとなく、わかってきた。孝司、勝負だ」
「いいのか、いきなり勝負しても。」
そう言いつつも、孝司はバチを手に取り、すでにやる気満々だ。
「大丈夫だ。早くやろうぜ」
「やる気満々だな。」
二曲目は孝司が曲を選び、難易度は彼に合わせて「ふつう」に設定した。
曲のテンポは一曲目より少し速く、二人とも楽しそうに太鼓を叩く。
そして、結果は――。
「優馬…本当に初心者か?」
「そうだが?」
結果は、優馬の勝ちとなった。
孝司は手と膝を床につき、肩を落とす。
「た、孝司……」
励まそうと手を差し出しかけたそのとき、孝司は勢いよく立ち上がった。
「もう1回だ!勝つまで帰さないからな。」
「はぁ、まったく、負けず嫌いだな。」
急に燃え始めた孝司に、優馬はため息をつきながらも、満足するまで付き合ってやった。
二人がゲーセンから出てきた頃、外は夕暮れになっていた。
「ちきしょー。連敗かよ。」
「孝司、お前音感無いだろう。」
孝司は肩を落とす。金欠になったらしく、結局一勝もできずにゲームは終わったようだった。
「次は、勝つからな」
「はいはい」
優馬と孝司は話しながら、家路に向かう。
「でも、優馬とゲーセンに行きたかったんだよな。楽しかったぜ」
「俺も楽しかった。ゲーセンって、あまり行かないからな。たまにはいいかも」
「行きたかったら付き合うぜ」
孝司はニッと人懐っこい笑みを浮かべる。
「お前は、頻繁に行ってそうだな。友達とか遊んでそう」
「俺はそんなに行ってねぇよ。時間つぶしに遊んでいる程度だ。」
「一人で?そんな見た目で」
優馬は、孝司をつま先から頭のてっぺんを眺める。
目が痛くなりそうな金髪に、耳に2,3個のシルバーピアス。着崩したシャツ、皺だらけの巣本、かかとを踏んだスニーカー。猫背で気だるそう。
優馬とは正反対の小汚さ。
見た目だけなら、悪い大人とつるんでいる印象の孝司。
「見た目はほっとけ。といっても、廃校寸前のとこだったからな。偏差値は底辺、ガラの悪い連中ばっかでさ。ちょっとからかったらケンカになるし、壁に穴あけたこともあったな。
今はそんなことしねぇけど。」
孝司は懐かしむように遠くを見つめ、アハハと高らかに声をあげる。
「なんで、ケンカ辞めたんだ?」
「なんか、かっこ悪ぃじゃん」
孝司はさも当然のようなことを言う。ケンカがかっこ悪いことを誰も知っているが、ケンカしていた人間が突然かっこ悪いという理由でやめることできるだろうか。
「なんかさ、急に冷めたっていうか?自分と似たよう連中見てると、つまらないって思ってさ、そしたら、自分もその“つまんねぇ連中”のひとりだったことに気づいたんだよな。んで、もう辞めてた」
「すごいな。孝司は」
「や、やめろよ。背中かゆくなるじゃねぇか」
孝司は背中をかくふりをして、背中を向ける。
想像もできない孝司の過去を聞いて、優馬はほんの少しだけ彼との距離が縮まった気がした。人知れず小さく頬を緩めた。
その時、優馬はまだ気づいていなかった。
この世界が、夢をなぞるように繰り返されているということに。
街を歩いていると、前から、長身のガラの悪い男4人組とすれ違う。そのとき、優馬の肩が4人組の一人の肩とぶつかってしまった。
「すみません」
優馬は謝ると、帽子を被った鼻ピアスを付けた男。優馬の肩を掴んで引き止める。
「おい待てよ。なんだよその謝り方。ちゃんと謝れよ」
「あの……さっき謝ったんですけど……」
優馬はげんなりしながらも、冷静に返す。絡まれた、そう察した。
「そんな謝り方で許すと思ったのかよ」
男の手が強くなる。逃がす気はないらしい。
「おい、あんた、優馬の肩から離せよ」
孝司が一歩前に出て、男の手首をつかんだ。目が据わっている。鋭く睨みつけると、男は鼻で笑った。
「はっ、なんだよお前、こいつの彼氏か?」
背後にいた残りの三人が笑い出す。
「うっわ〜、キンモ。マジでいるんだな、そっち系」
「こいつらと同じ男だと思うと吐き気がするわ」
口々に浴びせられる罵声。
優馬は慣れていたが、孝司の表情が明らかに変わっていた。
バキッ
次の瞬間、孝司の拳が鼻ピアスの男の顔面に叩き込まれていた。
鈍い音とともに、男の体がのけぞる。
それが、火種となった。
「絡んでくんじゃぇぞ。雑魚が」
孝司の声は低く、氷のように冷たかった。
いつもの軽さも、照れも、微塵もなかった。
殴られた男はよろめき、後ろにいた仲間に支えられるようにして倒れ込んだ。頬に痛々しく腫れ、鼻から血が流れていた。
「コノヤロー………。よくもやりやがったな!」
「謝るのはお前たちの方だ!」
殴られた男は、頬を拭い孝司に殴りにかかる。それが発展し、喧嘩が始まった。
路地裏に連れて込まれ、優馬たち一方的に殴られていた。
2対4では優馬達には不利だ。
喧嘩の引き金を引いた孝司は、喧嘩に慣れているのか、かわしながら相手に殴ったりけったりしている。しかし、今まで喧嘩をしたことのない優馬はゴミ箱の物陰に隠れた。
(孝司って……喧嘩強いな……)
学校にいるときは、犬みたいについてくることが多かったが、学校からでる人が変わったようだ。
(こんな孝司、初めて見た)
3対1で戦っているのに、怪我一つしていない。
あれ・・・?
3対1・・・?
優馬は、孝司たちの様子見ていると、優馬以外4人しかいない。あと一人はどこに・・・・
「優馬!後ろ!」
孝司の声で振り返ると、4人組の1人が優馬の頭に目がけてパイプを振りかざす。
とっさに頭を庇い目をつむる優馬。しかし、痛みがない。おそるおそる目を開けると孝司は自分の体で優馬を庇った。頭から血を流し、痛みに食いしばっている。
「孝司・・・」
「大丈夫か優馬・・・。ちょっと待っててくれ」
苦しそうに話す孝司に、優馬は頷く。孝司は雄叫びを上げてパイプで殴った男を殴った。4人とも戦闘不能。立っているのは孝司と優馬だけだ。
「はぁー。疲れたぁ」
孝司は気が抜けたのか、座り込んだ。
「すまん・・・孝司、庇ってもらって」
「別にいいよ、俺が庇いたかっただけだ」
「お前、喧嘩強いな・・・」
「中学の時は、毎日喧嘩三昧してたからな。久しぶりだから体がなまってたぜ」
孝司は無邪気に笑う。優馬は体を起こそうと手を差し出す。孝司は優馬の手を掴もうと手を伸ばす。
しかし、手は虚しく空振り手ごと地に崩れ落ちる。
「孝司・・・?」
名前を呼んでも返事がない。
(まさか・・・そんなことが・・・)
優馬は震えながら、膝を地について孝司の手を触れる。
「!」
その手は氷のように冷たく、肌も血の気が無くなっている。
優馬は確信した。孝司は優馬を庇って・・・
死んだと
(どうして・・・夢とは違うじゃないか・・・!)
優馬は口を噛みしめ、手を地に叩きつけた。
(正夢通りにしなかったからか・・・・?夢の通りにしなかったから、こんなことになってしまったのか・・・?一体、どうすればよかったんだよ・・・)
混乱していると、激しい動悸、息が上がる。めまいに似た感覚に襲われ、優馬はそのまま倒れた。
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