てはなし

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 えーと、これもフィクションではないんですよね。又聞きになってしまうので、真実性にわずかばかり疑問が残るのは確かなんですが、まあ……前半については僕も体験したことなので、そのあとの怖い話についてもじっさいに起こっているんじゃないかと、類推せざるを得ないわけですね。余計な付け足しをしているのは彼だと、責任転嫁になりますが、そう思っておいてください。

 ある鉄橋――具体的な位置を言っておきますか。再現性もあるわけだから、追跡調査もできますしね。H県T市、Y山のEトンネルを抜けたところにある鉄橋なんですが……あそこ、誰も通りたがらないみたいですね。W自動車道ってH県とF県をつなぐ重要なルートですし、少なくとも運送業のトラックくらいは通ってもいいと思うじゃないですか。しかし、あの鉄橋だけは避けて、もう少し低いところにあるコンクリの橋を通るのがふつうなんだそうです。


 道の真ん中に幽霊が出るだの、必ず事故が起きるだの、トンネルを抜けたところで人が落ちてくるだの……まあ、オカルト関連ならそういうものを想起するんですが、これがなんと、まったくそういうことじゃないんだそうで。じゃあ何かというと、ちょうど真ん中に差し掛かるところで、交通安全のお守りがなくなるんだそうです。

 なくなるといっても、起こることは千差万別で……お守りのひもが切れて落ちた、破魔矢の吸盤が急に外れた、転がり落ちた、飛ばされていった――などなど。車内にあるんじゃないかとか、どこかに落ちたんじゃないかとか、いろんな噂が立ったんですが、車内からは見つからないし橋にも落ちてないと。あんまり気味が悪いし、同業者が集まるところやルートを通った人のあいだで噂が広まって、あそこを通る人はいなくなったんだそうです。


 で、こわごわですが、行ってきたんですよ。交通安全のお守りがなくなるなんて、ただ事じゃないと思うんですが……まあ、彼ってそういうものには興味津々なので。川を伝って、橋の下にまで行ってきたそうです。そっちは同行してないので彼の話ってことになりますが、とりあえず僕の体験から。

 近場のサービスエリアから入って、車がまったく通ってないエリアに入りました。かわいそうというか、逃げ帰ってきたみたいな勢いでトイレに転がり込んでる人がいたんですが、あれは……どうなんでしょうね、お腹でも壊したのかもしれませんし。取材にあたってみようかとも思ったんですが、男性のトイレを出待ちするのもね、ちょっとね。

 人気がない自動車道というのもあんまり見ませんから、まあ不気味でしたが……電灯が切れてるわけでもなく、とろとろ走りながら様子をうかがってましたが、おかしなところはなかったと思います。いちばん怖かったのは、この速度で走ってて、後ろから誰か来たらクラクション鳴らされないか、ってくらいですね。ともかく、ふつうでした。

 鉄橋にも、まあ……何もなかったんじゃないかと。真ん中あたりに差し掛かって、左右の様子を見ながらまたゆっくり走ってたんですが、突然「ブツンッ」と。CDとか入れるところ、運転手と助手席でいつでも確認できる位置にお守りを結んでたんですが、ひもが切れて座席の下に滑り込んでいきました。いや、おかしいんですよ。そんな速度じゃなかった……時速でいっても二十キロあるかないか、ばかみたいな低速でしたよ。すぐ車を停めて、二人で必死になって探しました。


 でも、ない――ほんとにね、ないんです。


 確かに座席の下に入っていったお守りが、どこにもない。黒いもわもわした生地の上に水色のお守りが乗っかるわけですから、見つからないわけがない。車が汚れないように載せるマットの下にもないし、サイドボードの中とか車の下とか、後ろのスペースとか座席の隙間とか……まあ、探しに探しましたけど、見つかりませんでした。

 まだ昼間ですから、鉄橋の上にあったら分かりますよね。路面に落ちてるでもなく、左右のどこかにってわけでもなく……ありませんでした。彼は、もしかしたら下の方にあるのかもって言いだして、橋の下をのぞき込んだんですね。

 すると、これがまた不可解でして、妙なところにもやがかかってる。山の手ですし天気が変わりやすいのはそうですが、低いところにしか流れない霧でもなく、もっと山奥の方、逆に川下の方、どっちを見ても川は見えてるんですよ。Eトンネルの次、Jトンネルの下あたりから鉄橋の真下だけ、見通せない濃いもやがあるみたいでした。橋一本分……幅で言ってもほんの十メートルあるかないかの範囲。まあ、不自然ですよね。

 僕がじっさいに目の当たりにしたのはそこまでで、ここからは彼の言葉を書き起こしたものになります。ちょっと要約もしてるので、不正確かもしれませんが。


 もっと下にコンクリの橋があるって言いましたけど、そこからもう少し下がったところにキャンプ場があったみたいで、彼はそこからずんずん登っていったみたいでした。川のどこかにごみとして流れ着くでもなく、増水したり干上がったりしたところにも落ちてなくて、川自体には落ちてないようだ、ってことらしいですね。ちゃんと落ちたら場所なんてランダムでしょうから、まあ……ねえ。

 問題の場所に近付けば近付くほど、どんどんと気分が悪くなっていったそうです。コンクリの橋のところはともかくとして、鉄橋からあの橋を見てもだいぶ遠いので……目算で五、六百メートルは離れてるんじゃないかな。見晴らしはそこまで悪くないはずだと思うんですが、異様なくらいもやが濃くて、体がべちゃべちゃになったそうです。

 ようやくシルエットが見えるかどうか、ってところまでたどり着いて、もう限界だと……気分の悪さがピークに達して、思わず地面に膝をついてしまったそうで。整備も何もしてない山奥の河原ですから、たいそう痛かったと思うんですが、そんなことは気にならなかったようで。


 真っ黒いクレーターがあった、と。

 地元の人が、もしやあそこに向かうんじゃないかと救助隊に連絡してくれてたそうで、彼は一命をとりとめました。何を大げさなと思うかもしれませんが、ね、どうして本人が来てないのかって話です。右のふくらはぎを粉砕骨折してまして、リハビリ中なんです。いえ、見つかったのはクレーターの外なので、単に転んだわけではなくて。

 ものすごく大きな歯で、噛まれたんじゃないかということでした。彼はクレーターを見たあと意識を失っていて、何があったのかはまったく知らないそうです。病院で目が覚めて、なるべく早くに伝えなくてはと僕を呼んでくれたそうで。まあ、そうですね……これで終わっていれば、クマ被害か何かで終わったかもしれないんですが。僕がいちばん怖かったのは、医師から聞いた話ですね。


 直線状で、もうひとつ横にあるであろう前歯の痕――裏にも。


 とても大きな人間なんじゃないか、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

てはなし 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ