第2話 依頼
「阿呆か」
アパート一階の一室。それは一人暮らしが精一杯の四畳半の部屋に小さいキッチン。クローゼットがひとつにトイレを完備。しかし、風呂はない。そんな安い賃貸に暮らしている白菊。自宅兼事務所として機能している。ミスマッチな浴衣姿の白菊の言葉がほのかに響いた。
「阿呆じゃないもん、本気だもん!」
呆れた目で夏鈴を見れば、出るのはため息だった。
「そうだな、マジなのは伝わる。だが、他人に頼むんじゃない。自己完結しろ」
「自己完結? どうやって?」
「自殺でもしろ」
「だめなの! 誰かに殺されないと意味が無いの!」
なぜそんなに殺され方に固執するのか分からないが、めんどうなことだけは察知することが出来た白菊。
「ったく……わがままな娘だな」
白菊はムクリと立ち上がり玄関へと足を進める。
晩飯の時間だ。
「帰れ」
「え!? ちょっと待ってよ! まだ話は――」
「話は終わった。早く帰れ。もう他人に殺しを頼むな」
「……ごめんなさい。でもだめ。それに、帰る場所も無いの」
帰る場所がない、か……そんなだとは予想がついていたが……。
俯き強く口を噤む夏鈴は、めんどうで頑固でわがままな気配がした。しかし、放って置くのも大人気ないだろうか。渋々と白菊は言う。
「……一泊だけだ」
「……へ?」
何を言っているのか理解ができない夏鈴は白菊を見つめながら口を半開きにだらしない。そんな阿保面を見て、白菊はからかってやろうとニヤリと妖しい笑みを浮かべた。
「その代わり……」
白菊はスタスタと夏鈴の元へと歩き、彼女の顎に手を伸ばす。半開きの口を閉ざしながら、自分と目線を合わせて言う。
「代金は身体だ」
***
「さぁ、出来ましたよ! お夕飯!」
キッチンに眠っていた赤いエプロンに身を包んだ夏鈴は、大皿山盛りの炒飯を運んできた。炒飯からは暖かい湯気と香ばしい香りが食欲をそそる。
「おぉ、上出来じゃないか。料理出来たんだな」
久しぶりの出来たてご飯に涎を垂らしそうになるのを抑えながら意識の入っていない会話をし始める白菊。
「いやぁ、出来ましたね〜大量にレシピの動画見てたかいがあります」
「なんだ、料理好きなのか?」
白菊は未だに湯気香る炒飯を見つめている。
「はい、好きです。作るのも、食べるのも……憧れてました」
「憧れ?」
話の流れにそぐわない言葉にようやく白菊の意識と視線は夏鈴に向かう。
「はい。色んな食べ物、食べることが出来なかったので。揚げ物なんて夢のまた夢でした」
当時を思い出しているのか、そう言う夏鈴の表情は苦しく笑っている。
「すまんな、揚げ物を作れる環境がなくて」
そんな皮肉を言ってみる白菊だが、その憧れとやらが殺されたい願望に関係があるのか、ほんの少しだけ興味が湧いたのだった。
「いえ! 炒飯も食べたことがないので! 凄く楽しみです!」
先程まで見てきた思い詰めた様子は姿を消し、無邪気な様子の夏鈴は年相応な雰囲気を感じる。
「頂く」
「はい!」
白菊が手を合わせ、スプーンですくった炒飯を口に運ぶ。そんななんでもない様子の白菊を期待の籠った瞳で夏鈴は見つめる。
「……美味い。久しぶりに手料理を食ったな」
「本当、毎日コンビニ弁当だって聞いた時はびっくりしました。それに怒りますよ! 私は満足に食べられなかったって言うのに!」
食事の感想を聞けば幸せそうに口角を上げるのに、久しぶりの手料理という言葉には眉を
「すまんな、俺は毎日忙しいから」
「んもう……」
頬をフグのように膨らませている夏鈴。その間も黙々と食べ続けていった白菊は、炒飯を完食した。
「ご馳走さん。さ、寝支度をしてさっさと寝るぞ。こっちは明日も早いんだからな」
再び手を合わせ立ち上がった白菊は、そそくさと洗面所へと向かう。
「えっ! お風呂は?!」
「ない。入りたいなら銭湯に行け。金はやらないからな」
「そんなぁ〜……」
「銭湯行かないならさっさと歯磨きして寝ろ」
「は〜い」
しゃこしゃこと歯磨きを始める白菊と、自分の歯ブラシがないことに気づく夏鈴。夜のコンビニに行く二人だった。
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