第3話 夏鈴の過去

「さ、消すぞ」

 

 白菊の合図で部屋は暗闇に沈む。ソファの硬い肘置きに頭を乗せ、脚はソファからはみ出ている白菊。いつも白菊が寝ているベッドに身を横にしているのは夏鈴だった。静かに目を閉じて微動だにしない白菊と、何度も寝返りをうち、寝付けない夏鈴。

 

「葬儀屋さん、寝てる……? あの……今日の夕方のやつ。護ってくれてありがとう。お礼、言いそびれちゃったから」

 

 白菊の返事を待つ夏鈴だが、一向にその気配はない。仕方なく続けて話し始める。

 

「葬儀屋さんには阿保かって言われちゃったけど、まだ諦めてないよ。……私ね、本当は死んでるんだ」


 その言葉を言っても、白菊の驚く声は聞こえない。

 

「この体は生きてた女の子から奪ったの。私はね、絶対治らない病気だったんだ。だからずっと病院生活。そんな私を心配してクラスの子も最初はお見舞いに来てくれてたんだけど、流石に何回も来るの……疲れちゃったのかな。来なくなっちゃったんだ。でもそんな中、親友の陽凪ひなぎちゃんだけはね、ずっと来てくれてたんだよ。すっごい嬉しかった。陽凪ちゃんだけが、心の支えだった」

 

 思い出すように、苦しい表情をしたり、嬉しそうにはにかむ夏鈴。また、胸を抑えて苦しそうに言葉を紡ぐ。

 

「でも……いつからか来なくなっちゃったのだ。なんでだろうって、私がなんか気に障るようなこと言っちゃったんじゃないかって、どこかで事故に遭っちゃったんじゃないかとか。そんな不安で心がおかしくなりかけてた。そんなときに、陽凪ちゃんの幼馴染の子が来たの。陽凪ちゃんからの伝言って言って、こんなことを言ったの。『最近、陽凪はあなたにかまっている暇なんてないの。あなたのわがままにはもううんざりだと。あなたの身勝手さと執着にはもう付き合いきれないと言っていたわ』だからもう一生来ないって。最初はね、何言われてるか分からなかったの。陽凪ちゃんはそんなこと言う子じゃないって分かってたのに。悲しみが、不安だったものが、次第に憎しみに変わってった。信じてたのにって。それで私はストレスとかも相まって死んだ……」

 

 当時の黒い感情を思い出し、自分の愚かさに顔を覆う夏鈴。

 

「でも怨霊になって意識はあった。怨霊特有の物なのか、当時はとにかく親友陽凪に復讐しないとって感じで。周りが全然見えてなかった。それで私は病院に行って死期間近のこの女の子の身体を奪って、親友の元に行った。私は親友の家で包丁を盗んで……背後から、刺したの……。その時、私に取り憑いていた怨念が浄化されたみたいになくなって我に返った。なんてことをしたんだって、泣き崩れた。そんなとき、陽凪ちゃんのスマホに通知が来たの。それは陽凪ちゃんの幼馴染からだった。罪悪感を抱きつつも陽凪ちゃんが私をどう思ってたのか、真意を確かめたくてスマホのメッセージを開いたの。そしたら……陽凪ちゃんは私が元気なのか執拗に幼馴染の子に聞いてたの。それに幼馴染の子は私のお見舞いに陽凪ちゃんの代わりに毎日行くって言ってたみたいで。本当はあの話をした後は一回も来てないのに。幼馴染の子はわたしたちに嘘を言って誤解を招かせようとしたみたいなの。どうしてかはわからなかった。それに、陽凪ちゃんが来られなかったのは、両親の介護をすることになったからだったの。だから、私は何の罪もない陽凪ちゃんを恨んで殺したんだよ……ホント、最低だよ。」

 

悲しく辛い気持ちが、弱った自分の心にこの部屋の暗闇となって夏鈴の心を染めていた。

 

「だからね、決めたんだ。私にできる償いは何だろうって。で、行きついたのは、陽凪ちゃんと同じ痛みを受けて二度目の死を迎えること。それが、私にできる唯一の償い」

 

夏鈴は白菊からの返答を再び待ってみるが、やはり声は聞こえない。それを二度目の依頼拒否と受け取った夏鈴は、次第に涙が浮かんでくる。

 

「やっぱり駄目だよね、こんなこと。分かってた、分かってたけどっ――」

「受ける」

「……へ?」


 胸や目頭に集中していた熱が、白菊の淡白な返答に散った。暗闇の中、その声の元をわざわざ上半身を起こしてまで夏鈴は見つめた。

 

「受けてやるよ、お前の依頼」

「え、い、いいの?」

「ああ」

「どうして突然?」

「お前の話を聞いてなんとなく」


 なんとなくでは、決してなかった。白菊は夏鈴の話を聞いている際、自分の過去を思い出していた。

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