葬儀屋の亡失
七星 瑞花
第1話 出会い
今の日本ではある事象が恐れられ、問題視されていた。それは、『怨霊に身体を乗っ取られること』だった。怨念を抱いて死んだ人間は怨霊となり、死期の迫った人間の魂を喰らって身体を奪い、悪さを繰り返す。おかげで人はその人自身で死ぬことも、その人として看取られることも難しくなった。だからこそこの俺が――
その瞬間、ぶわっと背筋を震わす悪寒に緊張が走った。
――来たか。
「少し外に出てきますね。おじいさんは奥さんのこと、看ていてあげてくださいね」
病院の廊下を最短ルートで駆けていく。注意する看護師の声を無視し、中庭に出た。
中庭の澄んだ健やかな空気に一部、黒ずんだような瘴気があった。その内側には人影が見える。怨霊だ。女の怨霊なのか、髪が長くて顔はよく見えない。
一先ず、結界を張るか。
そうしないと攻撃が他に当たる可能性があるし、俺が一人でなんかやっている滑稽な姿しか他人からは見えないからな……混乱を防ぐためにも、張る必要がある。
白菊は羽織の内ポケットから、くないを四本取り出す。そのくないにはお札が糸で結ばれている。白菊と怨霊を取り囲むように正方形の角にくないを投げる。すると瞬時に結界が展開され、周囲から白菊たちの姿は見えなくなった。
あの怨霊は恐らく中級怨霊だろう。勝手に白菊が付けた階級だがそこそこの怨霊だろう。改めて怨霊と対峙すると、向こうがぼそりと独り言を言い始めた。
「憎いのよ……どうして……どうして私を捨てたのぉぉぉぉぉ!! 」
怨霊は突如、叫びながらこちらに突っ込んできた。
白菊は身を転がし、間一髪攻撃を避ける。
カレシにでも捨てられたのか?可哀そうだが、それでお前を悪人にするわけにはいかないからな。恨むなよ。
白菊は怨霊に痺れ粉のカプセルを投げ、痺れさせる。すると怨霊は「ウギギギ」と古く錆びた戸を開けた時のような悲鳴を上げた。身動きの取れない怨霊の傍まで行き、腰の刀を引き抜く。
――成仏しろ。
白菊の視界を横断した刃からはいつもの浄化の感触は得られなかった。
くそっ、逃げられた!
辺りを見渡してみると、怨霊は背後に逃げていた。怨霊を追いかけるとその先には一人の少女がいた。
なっ、結界内に誰か入り込んでいたなんて……。
怨霊が何を考えているのかわからないが、あの少女に危害を加えようとしているのは間違いない。白菊は怨霊よりも早く少女の元へと急ぎ、ギリギリで少女と怨霊の間に入る。
白菊が怨霊へと刃を向けると不思議と怨霊は攻撃をしようとしていた訳ではなく、ただ手を伸ばしていた。不思議に思いつつも白菊は仕事を遂行する。
「さぁ、今度こそ成仏してもらうぞ」
そう言った白菊の顔が怖いのか、怨霊は震え怯えていた。無慈悲にも白菊は刀を振り、怨霊の顔を縦に割る。割られた怨霊は、瘴気が払われ光の綿毛となり、天へと昇っていく。
――来世は幸せになれよ。
雲一つない晴天を見上げ、最期の言葉を怨霊に贈る。
「あ、あのぉ~」
花のように儚く可憐な声が、ちょっとした感傷に浸っていた白菊を白けさせる。振り返り、存在を忘れかけていた少女を思い出す。
「あ、あぁ。大丈夫か? 怪我は――」
白菊が手を差し伸べようとすると、その手は無意識に止まり白菊の脳をハッとさせた。
こいつ……。
「どうしたんですか?」
「あ……いや、何でもない。立てるか?」
白菊は仕切り直し、再度少女に手を差し伸べた。
「ありがとうございます」
少女は手を取って立ち上がり、制服を叩いて土埃を落とした。
「それにしても君、なんでこんな所に――」
「あ、あの! 葬儀屋さんでしょうか!?」
白菊の言葉を勢いよく遮り、顔をグイッと近づける少女。その気迫に白菊は押されていた。
「お、おう……。そうだが……」
「私、
「おぉ……よろしく……」
「あの、お願いがあるんです」
「お願い……依頼か?」
「はい。あの……」
近づけていた顔を引き、俯く少女、夏鈴。
意を決した様に、ばっと顔を上げて発言した。
「私を、殺してください」
夏鈴の覚悟した瞳はとてつもなく綺麗だった。マリンブルーの髪を春のそよ風が揺らし、彼女の辺りに舞う桜の花びらたちは彼女の儚さを演出していた。
あまりにも、あまりにも綺麗で、他に表す方法が見当たらなかった。
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