第5話 [急募]美味しいスイーツの作り方
絶好のシャッターチャンスを逃した愚かな俺を天は見放さなかった。正に天啓の如く舞い降りた名案。それは、
「師匠! 私、パティシエになります!」
俺自身がパティシエになる事だ!
「……そうか」
GBOにはサブ職業というシステムがある。要は生産職だ。中には戦闘に使えるものもあるみたいだけど。
公式サイトに載ってるだけでも二〇種類以上あったし、パティシエもきっとある。
「師匠! どうやったらパティシエになれますか!」
「……知るか」
むう、師匠でも分からないか。どうしたものか。このゲーム、チャットルームという物があって、そこでプレイヤー同士情報交換をしているらしい。掲示板とかもそうだけど、ああいうのって見るのはいいけど自分がコメントするってなるとちょっと勇気いるんだよな。
「ああああ、あの!」
「うわ! びっくりした! えっと、どちら様?」
突然声を掛けてきたのは、九狗老刺という女性プレイヤーだった。なんて読むの?
なんというか、胸がでかくて腰はくびれててお尻もでかくて太ももの肉づきもいい。全体的にスラッとした印象だけど出る所は出てる、男の欲望を詰め込んだようなアバターだ。声は女性の声だったから、俺みたいなネカマではないみたいだけど。
炎のような赤い髪をポニーテールにし、長い前髪で左目を隠している。髪色と同じ赤い瞳をキラキラ輝かせながら、俺を見下ろしている。
装備は明らかに初心者じゃない。黒のタンクトップに紺色のつなぎの上半身を脱いで袖を腰で括っている。手には肘まである分厚い手袋。典型的な鍛治師の装備だ。
「もう、キューちゃん、まずは自己紹介しなくちゃ」
「ああ、そうだね。つい興奮しちゃって。ありがと、ターちゃん」
恐らく九狗老刺さんのバディであろう、青と白のエプロンドレスを着た茶反さんが一歩前に出て、茶色のボブヘアを揺らしながらぺこりと頭を下げる。こっちもなんて読むの?
「突然ごめんなさい。この子、興奮すると突っ走ってしまうんです」
やっぱりバディNPCのAIは他のNPCとは違うんだ。この茶反さんからも師匠と同じように細かい感情まで伝わってくる。
今で言うと申し訳なさと呆れが声音や表情、仕草から伝わる。冒険者ギルドの受付嬢さんとは明らかに違う。
「私は
なるほど。鍛治の神にその弟族ね。うん、茶反でティーターンはまだ納得できる。けど、刺でプスは無理があるでしょ。
「急に話しかけてごめんね。えっと、サンリッチちゃん」
「いえ、大丈夫です。あー、えっと、サンリッチです。こちらはアイリス師匠です。見ての通り私は魔術師で師匠は戦士です。今日始めたばかりの初心者ですが、何かご用ですか?」
もしかして、ここ私有地だったとか?
「師匠? あー、なるほど。やっちゃったかー」
九狗老刺さん、長いな。
「もしかして、リセットしようと思ってる?」
「いえ、このアバター作るのに二人分で六時間もかかったのでリセットするつもりはありません」
「そっかそっか。それは良かった。良かったらフレンドにならない? 攻略に詰まったら手伝ってあげるよ。私鍛治師だけどけっこう戦えるんだ」
攻略を手伝ってもらうつもりはないけど、せっかくだしフレンドになっておくか。
「じゃあ、お願いします」
老刺さんから送られてきたフレンド申請を受諾する。
「それで、声をかけた理由なんだけど、二人のスクショを撮らせて貰えないかな?」
「スクショですか?」
「うん、こんな作り込まれたアバター見たの初めてだからさ。スクショ撮りたいなーって」
俺は別にいいけど。
「師匠、どうですか?」
「勝手にしろ」
「だそうです」
「ありがとう! じゃあ、そこに並んで座って、もっと近づいてアイリスちゃんはもたれかかる感じで」
「おい、そこまでやるとは」
「まあまあ、いいじゃないですか、師匠」
「ちっ」
「お、いいねえ。じゃあ撮るよー。はいチーズ」
パシャ、と随分大きなシャッター音が鳴る。スクショを確認した老刺さんはおお、と声をもらす。
そんなに良いのが撮れたのだろうか。俺もスクショを見せてもらった。
ベンチに座り姉妹のように寄り添う二人の少女。銀髪の少女は隣に座る金髪の少女の肩に頭を預けている。しかも、丁度目を閉じたタイミングだったようで、銀髪の少女は眠っているように見える。
「言い値で買います」
「え、いや、普通にあげるよ」
ガッ、と俺に肩を掴まれた老刺さんは、若干引いた様子で俺にスクショ付きのメッセージを飛ばす。
良かった。今の俺は無一文だから、開始早々借金を追うところだった。まあ、この一枚はいくら借金してでも手に入れる価値はあるけどね。
老刺さんから送られてきたメッセージに添付されていたスクショをクラウドに保存する。これで携帯端末でも見る事ができる。あとで壁紙に設定しよ。
「これは想像以上の奇跡の一枚が撮れちゃったねぇ。サンリッチちゃん、これうちのクラメンに自慢してもいいかな?」
「クラメンですか?」
クラメンというと、クランメンバーの事だろう。クランというのは、簡単にいうと同じ目的の為に集まったプレイヤーのチームみたいな物だ。オンラインゲームには大抵クランだったり、ギルドだったり名前は違うが同じようなシステムがあるらしい。
「そう。私こう見えて『
「師匠、どうですか? あれ、師匠?」
師匠がいない。と思ったら茶反さんと何やら話している。
「ほう、良い剣だな」
「キューちゃんが打ったんです。ウエストリアにお店があるので、よかったら来てくださいね」
いつの間にかバディ同士で仲良くなってる。
「師匠、さっきのスクショ他の人に見せてもいいですか?」
「好きにしろ。いちいち私に確認しなくていい。お前がいいなら私は構わない」
師匠、めんどくさくなってない? まあいいや。言質はとった。
「だそうです。名前は隠して、あとSNSには上げないようにお願いできますか」
「もちろん! くふふ、あいつらの悔しがる顔が目に浮かぶわ」
クランか。ぜんぜん考えてなかったけど、せっかくのMMOだし他のプレイヤーとの交流も積極的にやっていくべきかな。ネカマプレイも案外恥ずかしくなかったし。
「そうだ、サンリッチちゃんウチのクランに入らない? ノルマとかないし、アットホームなクランだよ」
あ、これ姉ちゃんが絶対やめとけって言ってた求人のやつだ。
まあ、ホワイトクランだったとしても、俺は生産職になるつもりはない。パティシエにはなるけど。
「すいません。私は師匠と一緒に冒険したいので、生産職メインにするつもりはないんです」
「そっか。それは、まあ、大変だろうけど、頑張ってね。ウエストリアにあるウチの店に来てくれたら、お友達価格で安くしてあげるよ」
「ありがとうございます」
あれ、生産職クランのサブリーダーならパティシエになる方法を知っているのでは?
「あの、断っておいてこんな事聞くのは失礼かもしれませんが」
「いいよいいよ、気にしないで。なに?」
「パティシエになる方法って知ってますか?」
「パティシエ? サンリッチちゃん、サブ職業菓子職人にしたいの?」
パティシエではなく菓子職人だったか。まあ、一緒だけど。
肯定を返すと、老刺さんは凄く微妙な顔をする。
「んー、正直菓子職人はあまりおすすめできないんだよね。というのも、菓子職人って【菓子作り】ってスキルを覚えられるのね。で、そのスキルは料理人って職業でも覚えられるの。しかも、料理人は他に【料理】はもちろん【解体術】とか戦闘でも役に立つスキルを覚えるの。中でもその【解体術】は、一度倒した生物系モンスターの弱点が見えるって効果で、初見の敵には効果がないけど周回には重宝するから、戦闘職でもサブ職業を料理人にしてるプレイヤーは多いの」
なるほど、たしかにそれは便利だ。弱点がわかればダメージ効率は格段に上がるし、このゲームはクリティカルを出すと装備の耐久値の減少が半分になる。弱点を攻撃すれば大抵はクリティカルになる。時間効率が上がり装備の損耗も抑えられる。あれ? これ、周回に必須スキルでは?
「勿論、菓子職人にもメリットはあるよ。先ず、お菓子を作る時に補正が入る。後は穀物、果物の採取量が増える。まあ、戦闘には役に立たないものばかりだね」
戦闘職なら料理人一択だね。ただ、お菓子を作る時に補正が入る。それだけで菓子職人になる価値はある。
「色々教えてくれてありがとうございます。やっぱり私は菓子職人になります。師匠に美味しいお菓子を食べてもらいたいので」
俺がサブ職業をとる理由は戦闘の為じゃない。師匠の為だ。
「うんうん、そういう理由なら菓子職人になるべきだね。ちょっと待ってねー……お、いるじゃん」
メニューを操作していた老刺さんは、操作を終えこちらに向き直る。
「ウチのリーダーが菓子職人で、今丁度インしてたからメッセージ送ってみたね。ただ、あの人ちょっと、割と、かなりキャラが濃いから初見は面食らうかもしれないから、一応覚悟はしといて」
凄く言い直した。そんなにか。しかし、こちとら良ゲークソゲー問わずクリアしてきたゲーマー。俺を慌てさせたいなら、生半可なキャラじゃ無理だよ。
「お、返信きた。店で待ってる、だって。サンリッチちゃん、この後空いてる?」
「はい、大丈夫です」
「じゃ、いこっか。ウチのリーダー、
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