第6話 未知(既知)との遭遇

 GBOでは建物や土地を購入する事ができる。その価格は下限が一億M。

 初心者にはとてもではないが手の出せない、そもそも戦闘職にとってはなんの恩恵もない為買う必要がない物だ。


 しかし、生産職にとっては例えば作業場であったり、例えば倉庫であったり、例えば店舗であったり、その用途は多岐に渡る。故に、生産職プレイヤーにとっては、建物を保有して初めて一人前と言われる程だ。

 トッププレイヤーともなれば、いくつもの物件を持っている事も珍しくない。


 件の門武乱さんは各街に店舗を保有しており、このセントリウスにあるのはその本店であるらしい。


「さ、着いたよ。ここが現状GBOトップ生産職プレイヤーの店だよ」


 老刺さんに生産職事情を聞いているうちに門武乱さんの店に着いたようだ。


 なるほど、トップというだけあって店構えは立派なものだ。現実だと絶対に男一人で入れないようなオシャレな外装。入り口の側にある立て看板には見た事ないメニューが書き連ねられている。


「覚悟はいい、サンリッチちゃん? 開けるよ」


 随分と念を押す老刺さんは、CLOSEと書かれた札のかかった扉をゆっくりと開ける。


 促され店の中に入ると、ゲーム的なアシストがあるにも関わらず薄暗い店内の中、正面に仁王立ちしている人影が見える。身長は二メートル近い。肩幅が広く、シルエットからでもガタイの良さが伝わってくる。頭上には門武乱の文字。


「よく来たわね、仔猫ちゃん! 貴女が菓子職人になりたいっていう初心者ニュービーちゃんね!」


 仮想の鼓膜を揺らしたのは言葉遣いとは裏腹に、随分とドスの利いた渋い声だった。


 チグハグなシルエット、言葉遣い、声から門武乱さんのキャラを予想していると、パチン、と門武乱さんが指を鳴らす。

 店内の照明の一部が門武乱さんを照らし、その姿を顕にする。


 白いコックコートはサイズを間違っているのではないか、という程はちきれんばかりに筋肉が押し上げているのに対し、黒いサロンエプロンは妙に様になっている。

 過剰なまでの化粧は男である事を隠すつもりはなく、さりとて女性らしさがないかと問われれば首を横に振らざるをえない。そう、正にテンプレ化されたオカマそのものといっていい。


 門武乱さんの外見を端的に表すなら、丸坊主オネエゴリラだ。


「まずは自己紹介をしようかしら。アタシは門武乱。生産職クラン『諸行無上』のリーダーにして、迷える仔猫ちゃん達を導く愛のキューピッドよ」


 なるほど、確かに面食らったよ。ゲームをしていればこの手のオネエキャラは珍しくない。ただ、それはNPCの話だ。

 プレイヤーでここまで振り切ったロールプレイをできるのは珍しいだろう。MMO歴約二時間の俺が言うのだから間違いない。


 だが、ロールプレイなら俺だって負けていない。


「私はサンリッチです! まだ始めたばかりの初心者ですが、よろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げる俺を見下ろす門武乱さんは、スッと目を細める。


「貴女、菓子職人になりたいそうね。理由を聞かせてもらおうかしら」

「師匠に美味しいお菓子を食べてもらう為です!」


 俺がサブ職業を取る理由はそれだけだ。もはや、このゲームをする理由が師匠を愛でる為と言っても過言ではない。


 俺の返答を聞いた門武乱さんは口端を上げる。


「良い答えね。愛する者の為に効率すらも捨てられる。それこそが、真のゲーマーよ」

「私はそんな大層なものではありませんよ。ただ、この世界を全力で楽しみたいだけです」


 門武乱さんはフフッ、と上品に笑い右手を差し出す。ゴツゴツした男らしい手を俺は華奢で小さな手で握る。


「貴女ならきっと良い菓子職人になれるわ」

「いつか、門武乱さんを超えるお菓子を作ってみせます!」


 俺の宣戦布告に対し、門武乱さんは楽し気に笑った。

 くあっ、と欠伸した師匠が心底どうでもよさ気に呟く。


「さっさと菓子職人になる方法を聞け」



 菓子職人になる方法は、NPCのスイーツ店で一万M以上の買い物をすると受注できる職業クエスト『菓子職人への道』をクリアする事。その内容は、【菓子作り】のスキルを持たない状態で菓子アイテムを作成する事、らしい。

 お菓子の材料も自腹らしいので、兎にも角にもお金が必要だ。


 門武乱さん達と別れ、俺達は再び冒険者ギルドに向かった。

 受付嬢さんに話しかけるとウィンドウが現れ、受注可能なクエストが表示される。


「師匠、どれにしますか?」

「討伐依頼を適当に受けておけばいいだろう」


 師匠は採取やお使いクエストには興味がないらしい。

 という事で、『ゴブリン五体の討伐』『アルミラージ三体の討伐』『スライモンキー三体の討伐』を受ける事にした。


 この街の周りには四つのエリアがあって、どれも初心者向けのエリアらしいけど、とりあえず【小さき森】の攻略をしていく事にした。


「そういえば、冒険者の等級について聞くの忘れてました。師匠、教えて下さい!」


 【小さき森】に向かう途中師匠に尋ねると、師匠は呆れたような小馬鹿にしたような溜め息を吐く。


「冒険者の等級は四級から準三級、三級と上がっていき、一番上が一級だ。四級から準三級に上がる方法は、クエストを達成する事で評価値を上げ基準値に達すれば準三級に昇格する。準三級になると昇級試験を受けられるようになる。それを達成すれば三級に昇格する」


 とりあえず、クエストをいっぱいクリアすればいいわけだ。


「昇級すると立ち入り禁止区画が開放される。それに伴い難易度の高いクエストを受けられるようになる。準三級の場合、三級以上の冒険者とパーティーを組む事で三級の依頼を受けられるようになる」


 て事は等級を上げるのは必須か。まあ、適当に討伐クエストを受けて狩りしてたら勝手に上がりそうだな。


「わかりました! ありがとうございます!」


 そんなこんなで【小さき森】を探索していく。といっても、初心者用のエリアなだけあって敵は弱く、師匠は強すぎて正直ヌルゲーになってしまった。


 ゴブリンはファンタジー作品の典型的なゴブリンだった。体長一メートル弱で薄緑色の皮膚の人型モンスター。

 棍棒を持っていて武器を扱う知能があるのかと思ったけど、ただ振り回すだけで脅威にはならなかった。それより、鋭い爪での引っ掻きの方が厄介だった。

 まあ、ゴブリン風情、師匠の敵ではない。


 アルミラージは角の生えた白うさぎだ。攻撃方法はスライムと殆ど同じ。スライムよりちょっと素早かったかな。

 所詮はうさぎだ。師匠の敵ではない。


 スライモンキーは名前の通り小狡い猿だ。体毛は黒く夜の闇に紛れて襲ってくる。遠距離から石を投げてきたり、樹上から尖った木の枝を落としてきたりしてきた。

 死んだフリをしていたのは滑稽だったな。HPが見えるからバレバレだった。

 当然、エテ公如き師匠の敵ではない。


「もう終わりか。つまらん」


 三体目のスライモンキーを切り伏せた師匠は、舌打ちしながら剣を鞘に納める。これで受けていた討伐クエストは全て達成という事になる。


 師匠が強すぎて俺は後ろからちまちま魔法を撃っているだけで戦闘が終わってしまう。師匠のかっこいい姿を特等席で見れるからいいけどね。


 スライモンキーを倒した事でレベルが3に上がった。SPはDEXに2とAGIに1振る。そういえば師匠のステータスはどうなるんだろう。


 気になったので師匠のステータスを確認してみた。


 

 CN:アイリス〈師匠〉 Lv.3 EXP【22(40)】 クラスⅠ


 職業:メイン【戦士】 サブ【無し】


 ステータス:HP【100】 MP【180】 ST【100】 STR【0(+10)】 VIT【0(+3)】 INT【80】 DEX【25】 AGI【51】 LUK【50】


 スキル:【スラッシュⅡ】【ピアッシングⅡ】【スマッシュⅠ】【ジャストパリィⅠ】【四神の加護】


 魔法:【ファイアボールⅠ】【ウォーターロックⅠ】【ウィンドカッターⅠ】【ロックウォールⅠ】【ヒールⅠ】


 装備:武器【戦士の剣】 頭【装備無し】 胴【冒険者の服】 腕【装備無し】 腰【冒険者のスカート】 脚【冒険者のブーツ】 アクセサリー【古びた錠】【装備無し】【装備無し】【装備無し】【装備無し】


 称号:



 んん? なんかしれっとスキルレベル上がってたり新しいスキル覚えてたりするけど、それは一旦置いておいて、もしかして、師匠のステ振りって俺と一緒になっちゃうの? それはまずくない?


 STRとか上げてる余裕ないし、VITは装備でなんとかしようと思ってたからそっちも上げるつもりはなかった。

 けど、ずっとSTR、VIT0はまずいよね。敵が強くなったら今以上にダメージが入らなくなるし、師匠だって被弾するだろう。それに、装備にしても要求ステータスとかあるかもしれない。


 うん、暫くはSPを貰ったら溜めておこう。今の段階では敵が弱すぎて良く分からないから、次のステージに行ってからステ振りについては考える事にする。


 という事で、面倒な事は未来の俺にぶん投げて、現在の俺は師匠と一緒に森を散歩する。

 モンスターとのエンカウントが少なすぎて、既に森に入って二時間くらい経っている。


「師匠、受けてたクエストは全部達成しましたけど、街に戻りますか? それとも、もう少し森を探索してみます?」

「それならもう少し探索するぞ。あの程度では斬り足りん」

「わかりました!」


 師匠は強敵をご所望らしい。さっさと初心者エリアを抜けて次のエリアに向かうかな。


「来るぞ」


 師匠の声に少し遅れて茂みから飛び出してきたのは、今まで遭遇した事のないモンスターだった。

 端的に言うと、体長一メートル程で桜色の皮膚をした蝶のような羽が生えたツチノコだ。


「ピクシースネークか。丁度いい」


 一応蛇らしい。珍妙な姿ではあるけど、ラブスライムと似た雰囲気を感じる。つまりレアエネミーの可能性が高い。


「あれはお前一人で倒せ」

「え? あの、私一応後衛なんですけど」


 師匠は俺の後ろまで下がり、腕を組んで木にもたれかかる。そして、俺の目の前にシステムウィンドウが現れる。


 

 クエスト『師匠の試練Ⅰ』が開始されました



 問答無用ですか。そうですか。いいよ。やってやるよ。


「見ててください、師匠!」

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