第4話 ショートカットを思い出している間に通常操作を行えるなんて言う奴とはフレンドになれない
今世紀最大のやらかしをやらかしてしまったわけだが、気を取り直して街に戻り、面倒だがまず冒険者ギルドに向かう。
「おめでとうございます。晴れてお二人も冒険者の仲間入りですね」
課題達成を報告するとピロンとSEが鳴り、クエスト達成のシステムウィンドウが現れる。受付嬢さんはパチパチと拍手してくれた。
師匠と話した後にこの受付嬢さんと話すと随分機械的に感じるけど、これが普通なんだよなぁ。
「こちらが冒険者の証です」
受付嬢さんから【四級冒険者の証】を受け取る。
四級という事は三級や二級や一級があるって事だよね。
「等級についての説明をお聞きになりますか?」
だよね。んー、正直めんどくさい。けどこういうチュートリアルを飛ばすと後々後悔する。
「師匠は等級について知ってます?」
「当然だ」
なら話は早い。受付嬢さんが悪いってわけじゃないけど、師匠から聞いた方がモチベが上がる。
「師匠に聞くので大丈夫です」
「おい、何故私が説明する事になっている」
「いいじゃないですか。教えて下さいよ」
「今聞けばいいだろう」
「私は師匠に教えてほしいんですよ」
「チッ、面倒な」
ふっふっふっ、どうだこの後輩ムーブ。ロールプレイならお手のものよ。身近に実例が居るからな。いやまじであいつ後輩力高すぎるんだよなぁ。ムカつくけど憎めないし、なんだかんだ世話を焼かされるからな。
「かしこまりました。では、クエストを受注する際は受付にいらして下さい」
「はい、ありがとうございました」
受付嬢さんにお礼を言って冒険者ギルドを後にする。
さあ、お待ちかねの【チョコレート】タイムだけど、人が多いな。どこか落ち着ける所ないかな。
「少し待っていろ」
街を散策していると、突然師匠は何かのお店に入って行ってしまった。
待っていろと言われたので待つとしよう。そうだ、ステ振りやっとこう。
といっても、レベルアップで獲得したSP3は全部DEXに割り振る。俺のスタイル上、走りながら魔法を撃てないんじゃ話にならないからね。
ぼーっと道行くプレイヤーやNPCを眺めていると、二分程で師匠は戻ってきた。
「何を買ったんですか?」
「何でもいいだろ」
NPCも買い物するんだな。インベントリもあるみたいだし、所持金もプレイヤーとは別にあるんだ。
面白いな。これ関係によってはプレゼント交換とかできるじゃん。まあ、俺は交換なんてしなくても師匠に貢ぐけどな。
「師匠、どこか人気の少ないところ知りませんか」
「は?」
ゴミを見るような目で見られた。やめて! 新しい扉が開いちゃう!
「違いますよ! 変な事しようってわけじゃないですから! ただ、ちょっと落ち着きたいなって」
師匠は尚も訝し気な視線を向けてくるが、俺の言葉を信じてくれたようでふむ、と顎に手を当てて思案する。
「それなら、あそこに行くか」
当てがあるようなので師匠についていく。
師匠に案内されたのは、街の隅にある小さな公園、というより庭園のような場所だった。人気はなく、灯りも少ない。なかなか雰囲気のある場所だ。
池の前に設置されたベンチに並んで腰掛ける。池に反射する満天の星空は幻想的でありながら、どこか現実的でここがゲームの中という事を忘れてしまいそうだ。
「師匠、さっきの【チョコレート】食べて下さい」
「ふっ、仕方ないな。お前がどうしてもというのなら食べてやろう」
インベントリから【チョコレート】を取り出す師匠は、表情は変わらないがなんとなく嬉しそうなのが伝わってくる。
俺は顔の前で両手の人差し指と親指で四角を作る。
GBOにはショートカットアクションというものが存在する。事前に登録しているジェスチャー等を行う事で、メニューウィンドウを開かずにシステム操作を行えるというものだ。
例えば、今俺がやっているのはスクリーンショット、スクショのショートカットアクションだ。師匠の一挙手一投足を逃さない為にさっき登録しておいた。
師匠がプレゼント包装された【チョコレート】のリボンを解く。そして、包み紙を丁寧に剥がしていく。
ああ、そういう所も素敵です、師匠。
現れた白い箱を開けると、
「板チョコかい!」
思わずツッコんじゃったじゃん。あんな綺麗にラッピングされて板チョコて。それはもうツッコミ待ちじゃん。
師匠は俺のツッコミをスルーして、板チョコの両端を両手で持つ。パキッ、と丁度真ん中で板チョコが割れる。
へー、師匠そんな食べ方するんだ。変わってるな。
「やる」
「……へ?」
やる? どういう事? この差し出しているチョコを俺にくれるって事?
「好きなのだろう? 甘い物が」
天使か? 天使だったわ。寧ろ女神様だわ。
「師匠、好きです。あ、間違えた。ありがとうございます」
つい心の声が漏れてしまった。
師匠からチョコを受け取る。これはただのチョコではない。師匠の優しさ、慈愛、あとはなんかいろいろ籠ったもはや国宝級のチョコだ。できる事ならインベントリに永久保存しておきたい所だが、残念ながら食料アイテムはインベントリの中でも耐久値が減ってしまう。であれば、今ここで食べるしかない。
満天の星空の下、ベンチに座り【チョコレート】を分け合う。なんてエモーショナルなシチュエーションなんだ。
「ついでにこれもやる」
師匠はインベントリから紙コップを取り出す。中には温かい飲み物が入っているようだ。
「ありがとうございます。これは……紅茶ですか?」
「【アールグレイ】だ。【チョコレート】に合う」
もしかして、さっきのお店でこれを買っていたのか。なんてこった。俺は明日死ぬのか? こんな素晴らしい師匠に巡り会えるなんて、一生分の運を使い果たしたかもしれない。
「師匠、一生ついていきます」
「ふん、戯言を」
師匠はぷいっ、と顔を背けるが、横顔から見える口元はほんの僅かに口角が上がっていた。
チョコをかじり、【アールグレイ】を口に含む。現実に近い、しかし明確に現実とは違う味や匂い。
ここはゲームの中。それでも、この瞬間俺が感じている感動や幸福は紛れもない現実だ。
あ! スクショ! ぬあ! 両手が塞がっててスクショ撮れないぃ!
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