第3話 リセマラは必ずしもすればいいというものではない
街から西に伸びる石畳の街道には灯りは無く、月明かりだけが暗闇を照らしている。
本来ならまともに視界の聞かない暗闇も、ゲーム的な配慮で昼間程とはいかないまでも少し薄暗い程度になっている。
街から【小さき森】に向かうプレイヤーはそこそこいるようで、その逆【小さき森】から街に戻るプレイヤーもいる。当然プレイヤーの側にはバディNPCがいて、これがなかなか個性的で結構面白い。
金髪ツインテロリ巨乳、イケメンゴリマッチョ、委員長風黒髪ロングメガネ、絶滅危惧種ガングロギャル、序盤で裏切るけど実は味方でした系糸目(多分関西弁)。
こうして見るとウチの師匠は割と普通だな。ただの銀髪碧眼ロリ(ロリじゃない)だからな。
そんな風に他のプレイヤーやバディのアバターを眺めながら、師匠と街道をてくてく歩いていると直ぐに森の入り口らしきものが見えてきた。
「あそこが【小さき森】ですかね! さあ、師匠、張り切っていきましょう!」
「スライム如きに何を言っている」
よし、師匠も気合入ってるな。
やる気満々な師匠と共に意気揚々と【小さき森】に入る。
土を踏む感触や草木の香り等、狂気的な再現度だが所々でゲーム的なアシストが入り、ストレス無く森を歩く事ができる。こういう細やかな配慮とそれを実現する技術がこのゲームを神ゲーたらしめている根幹なのかもしれないな。
「敵だ」
師匠の声に思考を戦闘に切り替える。
前を歩いていた師匠は剣を抜き一点を見つめる。視線の先、木の裏から長径五〇センチ程の青い楕円形の物体が飛び出す。その頭上にはHPバーとスライムというモンスター名が表示されている。
俺が杖を抜くと同時に師匠は駆け出す。
「援護しろ」
師匠、VIT0なんだから無理しないで。
「【スラッシュ】」
青いスキルエフェクトが夜の森を流星の如く駆ける。弾き飛ばされたスライムは、しかしHPは殆ど削れていない。STR0ではやはりスキルを直撃させてもダメージは出せないようだ。
ならば俺の出番だ。師匠とスライムが重なっているので移動しながら杖をスライムに向ける。
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
ソフトボールくらいの火球がスライムに向かって飛んでいく。弾速は遅いがスライムはまだ動けない。
「あれ?」
火球は僅かに狙いをそれ、地面に当たって弾けた。
射程圏内の筈だけど、なにゆえ? 移動しながらだったからか?
立ち止まって【ファイアボール】を撃つ。今度は狙い通りの軌道でスライムに直撃しHPを四分の一程削る。
んー、遠距離攻撃の命中率はDEX依存だったか。まさか、DEXが人権ステだったとは。
硬直から脱したスライムが師匠に飛びかかる。
「危ない!」
しかし、師匠は軽く剣で受け流す。再びの飛びかかりを体を捻って躱すと、剣を持っていない左手を突き出す。
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
至近距離で発動した【ファイアボール】はスライムに直撃し、HPを残り四分の一まで消し飛ばした。
サッカーボールのように転がるスライムに肉薄し、師匠の剣が青いスキルエフェクトを纏う。
「【ピアッシング】」
突き出された剣はスライムの体を貫くには至らず、更にスライムは吹き飛ばされる。木にぶつかりずり落ちるスライムに、師匠は左手を突きつける。
「【切り裂け、ウィンドカッター】」
風の刃は【ファイアボール】とは比べ物にならないスピードでスライムに迫り、その体を切り刻む。HPが0になったスライムは不自然に動きを止め、無数のポリゴンとなって散っていった。
「こんなものか」
ヒュン、と剣を一振りし鞘に納める。風に靡く銀の髪を鬱陶し気に耳にかけながら、師匠は物足りなさそうな表情でこちらを見る。
「次だ」
次なる獲物を求めて、師匠は森の奥へと足を進める。俺は慌ててその後を追った。
……ウチの師匠強すぎるんだが!
師匠は俺の完全上位互換だった。ステータスだけでなく戦闘スタイルまでもが。
俺のスタイルはAGIにものを言わせて攻撃を回避しつつ魔法を撃ち込むというものだ。師匠のスタイルは前衛でヘイトを集めつつ、攻撃を回避して至近距離から魔法を放つ避けタンクかつ魔法アタッカー。魔法剣士の完成系のようなスタイルだ。
何が介護プレイだ。寧ろ俺がお荷物じゃないか。
今の俺はDEXが足りず移動しながら魔法を当てる事ができない。その上火力は師匠より低い。
このままでは俺の存在意義が無くなってしまう。
「来るぞ」
どうしたものか、と唸る俺に師匠が呼びかける。
というか、さっきからしれっと気配察知みたいな事してますけど、師匠、そんなスキル持ってませんよね?
師匠の言葉通り、木の陰からスライムが現れる。今度は三体だ。
「行くぞ」
短く告げて師匠は躊躇なく三体のスライムへ駆けていく。あんなに小さいのになんて頼もしい背中なんだ。
俺だって数え切れない程のゲームをクリアしてきたんだ。足手纏いになんてならない。
火力が足りないなら手数を増やせばいい。当たらないなら近づけばいい。
師匠に続くように俺は前に出る。
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
移動しながら放った火球は一体のスライムに直撃する。やはり近づけば当たる。
「【切り裂け、ウィンドカッター】」
火球で吹き飛んだスライムを風の刃が刻む。ダメージは半分に少し届かない。スライムの耐性というよりは、【ウィンドカッター】の方が少し威力が低いのだろう。
残る二体がこちらにヘイトを向ける。同時に飛びかかってきたスライムに対し、俺は杖を足元に向ける。
「【ピアッシング】」
俺が魔法を発動させる前に師匠が横から剣を突き出す。吹き飛ばされたスライムがもう一体を巻き込んで転がっていく。
庇うように俺の前に立った師匠は、始めに吹き飛ばしたスライムの体当たりを剣で弾く。
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
火球はスライムに直撃しHPを0にする。
このままでは、また師匠に全部持っていかれる。俺も働かないと。
「【包み捕えろ、ウォーターロック】」
直径一メートル程の水の球が一体のスライムを包む。スライムに呼吸が必要なのかはわからないが、水の中で自由に動く事はできないらしい。水の中でふよふよしてて、くらげみたいでちょっとかわいい。
「【切り裂け、ウィンドカッター】」
それはそれ。近づきながら【ウィンドカッター】で水球ごとスライムを切り裂く。必中の距離まで近づくと、スライムを中心に円を描くように走る。
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
このゲーム、魔法にクールタイムがないのが有り難い。MPさえあれば連続で魔法を放つ事ができる。
スライムの体当たりを躱し背中?に杖を突きつける。
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
通常赤いダメージエフェクトがオレンジだった。クリティカルか?
倍近くHPが削れ確殺圏内に。
「【切り裂け、ウィンドカッター】」
風の刃が流線型のボディを切り刻み、スライムは小さなポリゴンとなって砕けた。
なんとか一体倒し息を吐く。振り返ると、師匠は既にもう一体のスライムを倒し、剣を鞘に収めて俺を眺めていた。
「最低限戦う力はあるようだな」
なるほど、俺の実力を確かめていたのか。どうやら、及第点はとれたらしい。
さっきの戦闘では師匠が凄すぎて確認を忘れていたが、モンスターを倒すと素材をドロップする。
今の戦闘でドロップしたのは【スライムゲル】が三つ。前のドロップアイテムも同じ物だ。まあ、スライムのドロップアイテムなんてレアな物でもしれてるだろう。
「あと一体ですね。ちゃちゃっと終わらせちゃいましょう!」
「ああ」
「と、すいません、その前に回復させて下さい」
MP回復アイテム【魔水の小瓶】を取り出す。見た目も味も水だけど一つでMPを30も回復する。
その分お値段高めで一本500
序盤は貴重な回復アイテムなのかもしれないけど、ケチって今使わなかったら今後効果の高い物が直ぐに手に入って、結局使わなかったりするから消費アイテムは使える時に使うのがミソ。ソースは俺。
MPは時間経過で回復するけど、三〇秒で1回復だからそんなの待ってられないしね。
「お待たせしました、師匠。行きましょう!」
師匠は頷くと道なき道を迷いなく進んでいく。GBOではマップは初めは白紙で、歩いた場所がオートでマッピングされていく。こういうのいいよね、冒険してるって感じで。
だから、どれだけ森の奥に進もうと、街に帰るのは簡単だ。まあ、そうしないと最初のエリアで遭難者が続出してしまう。
そういえば、森に入って三〇分くらい経つけど、まだ他のプレイヤーに出会っていない。森に向かってるプレイヤーは結構いたのに。【小さき森】って名前だけど結構広いのか。それとも、師匠がそういうルートを選んでるのかな。なんか気配察知みたいな事できるみたいだし。
「いたぞ」
ほらね。正面には何もいない。が、師匠が剣を抜くと同時に二体のスライムが現れる。一体は通常のスライムで、もう一体はピンク色、名前はラブスライム。
「ピンクの方は必ず仕留めろ」
レアモンスターなのかな? 師匠がいう程だ、絶対に倒さなければ!
「【包み捕えろ、ウォーターロック】」
ラブスライムを水球に閉じ込める。その間に通常のスライムを倒す。師匠の接近に対しスライムは突進を選択する。
「【スラッシュ】」
スキルエフェクトを纏った師匠の剣が、突進するスライムを真上から地面に叩きつける。ぽよんと師匠の身長以上に跳ね上がったスライムに、俺は杖を向ける。
「【切り裂け、ウィンドカッター】」
赤いダメージエフェクトを散らしながら、スライムは剣を構える師匠の元へ自由落下を開始する。
「【ピアッシング】」
的確に中心を突いた刺突は、スライムを再び真上にはね上げる。哀れな球体生命体に師匠は左手を突きつけ宣告する。
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
死の宣告を実行すべく火球は上へと舞い上がり、スライムを焼き焦がす。オレンジ色のダメージエフェクトと共にポリゴンが四散する。
それと同時に、ラブスライムを閉じ込めていた水球が破裂する。ラブスライムが水球を破ったわけではない。効果時間が切れただけだ。
自由を得たラブスライムはくるっと半回転する。逃げる気か。
「【分かち隔てろ、ロックウォール】」
ラブスライムの進行方向に岩の壁が地面から迫り上がる。全力で逃げ出そうとしていたラブスライムは止まる事ができず壁に激突した。
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
ラブスライムの背中に命中した火球はクリティカル判定だが、HPは二割弱しか削れていない。
硬直から脱したラブスライムは向きを変える。何が何でも逃走したいようだ。
「【分かち隔てろ、ロックウォール】【分かち隔てろ、ロックウォール】」
連続で【ロックウォール】を発動し、ラブスライムの三方を囲む。これでラブスライムは逃げられない。そして、空いた一方からは師匠が斬り込む。
「【スラッシュ】」
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
「【切り裂け、ウィンドカッター】」
一人袋叩きである。ラブスライムが可哀想まである。
しかし、ラブスライムはレアモンスターの意地を見せた。残りHPは一割以下、風前の灯ではあるが、地獄の包囲網(一人)を突破する。が、残念ながら地獄を抜けた先は地獄である。
「【焼き焦がせ、ファイアボール】」
無慈悲な火球がラブスライムを焼き尽くした。
戦闘終了と同時に効果時間の残っていた【ロックウォール】が消滅した。更にレベルアップの通知が鳴る。
こんな最序盤でレアモンスターとエンカできるなんてついてるな。師匠のLUK値のおかげかな?
さて、レベルアップの恩恵はHP、MP、ST全回復にSP3獲得。SP割り振りは後だ。先にドロップアイテムを確認する。
【スライムコア】に【チョコレート】か。前者はスライムのレアドロップだろう。後者はラブスライムからドロップした物だろうけど、なぜ? どこにもチョコレート要素なかったけど。
師匠がなんかそわそわしてる。どうしたんだろう。
そういえば、師匠はピンクの方は必ず仕留めろ、と言っていた。もしかして、【チョコレート】がドロップする事を知っていたのか? だとしたら。
「師匠、さっきのモンスターから【チョコレート】がドロップしたんですが、いりますか?」
「それはお前が手に入れたものだ。お前の所有物をどうしようとお前の勝手だ。それを私に寄越すというのなら、別に私はほしいわけではないがどうしてもというのなら受け取ってやらん事もない。断じて私がそれをほしいというわけではなく、あくまでお前の意志を尊重するわけだが」
めっちゃ早口。おいおい師匠よ、貴女は俺をどうしたいんだ。
インベントリから【チョコレート】をオブジェクト化する。プレゼント用の包装がされた、四角い箱が俺の手元に現れる。やっぱり、そういう事なのだろう。
「はい! どうしても、師匠に受け取ってほしいです!」
「ふん、なら仕方ない。受け取ってやろう」
そっぽを向きながら、師匠は俺の差し出した【チョコレート】を受け取る。
クール系美少女の照れ隠しからしか得られない栄養がある。この胸を満たす充足感。ああ、GBOを始めてよかった。俺にGBOを勧めてくれてありがとう、菊葉姉さん。
師匠は受け取った【チョコレート】を眺め、ほんの僅かに口端を上げる。そして、インベントリにしまう。
なんだよそれ。反則だろ、そのギャップは。さっきまで凛々しくてかっこよかったのに、急にかわいい感じ出してくるなよ。この森に存在するラブスライム狩りつくすぞ?
まあ、それはいずれやるとして、ラブリーではなくラブだったのはそういう事だったんだな。
バディNPCの好感度上昇アイテムをドロップする。それがラブスライムというモンスターの特徴だ。
ぐへへ、これで師匠の好感度は爆上がりだぜ。
さて、師匠がそわそわしている事だし、街に戻ろう。ああ、そういえば丁度課題もクリアしたんだった。師匠がかわいすぎて森に来た理由を忘れていたよ。
プレイヤーで飽和しているのか、随分とモンスターとのエンカウント率の低い森を師匠と二人で歩く。もはや散歩だ。
「師匠甘い物好きなんですね」
「……仮に、仮にそうだとして、何か文句があるのか?」
行きは二メートル程前を歩いていたが今は隣を歩いている師匠がキッ、と鋭い眼光で俺を睨む。
恥ずかしがらなくていいのに。いや、かわいいのでもっと恥ずかしがって下さい。
「いえ、仮にそうだとしたら、私とお揃いですね!」
「お前も甘い物が好きなのか?」
もって言っちゃったよ、師匠! ボロが出ちゃったねぇ! かわいいねぇ!
「はい!」
「……そうか」
早く【チョコレート】を食べてもらいたいけど、どうせならこんな森の中じゃなくてもっといいロケーションで食べて貰いたいよね。楽しみだなぁ。絶対かわいいからなぁ。スクショ撮らないとなぁ。
あ、さっきの表情スクショ撮ってない。
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