第2話 効果テキストは最後まで読め

 というわけで、現実に戻ってご飯だ。父さんと母さんは息子を置いて今日から七泊八日の北海道旅行で、今年から大学生の姉ちゃんは一人暮らししているから、今日から一週間俺は一人自由だ。

 まあ、もともとウチは放任主義で学校の成績さえ保っていれば、法を犯さない限り何か言われる事はない。


 冷蔵庫から材料を取り出し手早く炒飯を作る。腹ごしらえが終わると再び電脳の世界へ、とその前に冷蔵庫からエナジードリンクを取り出す。菊葉姉さんオススメの一品、ミッドナイトブースト。いやどんな名前だよ。

 これを飲めば睡眠薬でも飲まない限り一〇時間は眠れなくなるという優れものだ。多分、恐らく、十中八九合法。


 今日は木曜日。つまり、明日は普通に学校である。これを飲めば確実に徹夜で学校に行く事になる。

 俺は一切の躊躇なくプルタブを起こす。徹夜で学校なんて慣れたものだ。

 準備は万端。漸くゲームスタートだ。



 サンリッチが目を覚ました場所は殺風景な部屋のベッドだった。

 部屋にはベッドの他にテーブルと椅子、姿見があるだけだ。


 取り敢えず、ベッドからおりて姿見に体を映す。

 体はキャラメイク通り、装備はVネックの白シャツに茶色のスカート。黒のロングブーツ。初期装備らしく防御力は皆無だ。

 腰に佩いた一メートル程の杖だけが魔術師たらしめている。


 アイリスの姿はない。待っていても何も起きそうにないし、外に出ればいいのだろう。


 その前にステータス確認。



 PN:サンリッチ〈弟子〉 Lv.1 EXP【0(10)】 クラスⅠ


 職業:メイン【魔術師】 サブ【無し】


 ステータス:HP【100】 MP【140】 ST【100】 STR【0】 VIT【0(+3)】 INT【40(+10)】 DEX【10】 AGI【25】 LUK【25】


 スキル:


 魔法:【ファイアボールⅠ】【ウォーターロックⅠ】【ウィンドカッターⅠ】【ロックウォールⅠ】【ヒールⅠ】


 装備:武器【魔術師の杖】 頭【装備無し】 胴【冒険者の服】 腕【装備無し】 腰【冒険者のスカート】 脚【冒険者のブーツ】 アクセサリー【装備無し】【装備無し】【装備無し】【装備無し】【装備無し】


 称号:



 いいね。やっぱりステータスを見るとテンション上がる。


 魔法の詳細画面で詠唱文が確認できる。魔法は詠唱しなくても魔法名を唱えるだけで発動する。しかし、その場合威力や効果が減衰する。その割合は詠唱文の長さによって変わる。

 つまり、覚えられるなら詠唱文は覚えておいた方がいい。


 さて、それじゃあ行きますか。


 窓から見える景色的にここは二階。部屋を出て階段を降りていると何やら話し声が聞こえてきた。


「何故私が弟子なんぞをとらないといけない」

「まあまあ、そうおっしゃらずに。あ、来ましたよ!」


 俺と似たような格好の幼女とスーツを着た男。男の方は幼女に対して随分と腰が低い。


 宿屋のエントランスのような所でテーブルを挟んで向かい合う二人はこちらを見て真逆の反応をする。

 片や胸を撫で下ろし、片や眉間に皺を刻む。前者がスーツの男で後者が幼女だ。


 てか、あの幼女アイリスじゃん。


「お待ちしておりました、サンリッチさん。ささ、どうぞこちらへ」


 男が場所を開けるように奥へ詰めたので、空いた場所に腰掛ける。目の前に座るアイリスは険しい表情で俺を睨んでいる。


「お二人は本日よりバディとなります。まずは自己紹介などしてみてはいかがでしょうか?」


 出会いのイベントってわけね。これ姉妹とかだったらどうなるんだ? 別のイベントがあるのかな。


 男の提案通り自己紹介をしようと口を開くが、声を発する前にアイリスがフン、と鼻を鳴らす。


「アイリスだ。先に言っておくが私は二五歳だ。貴様より年上であり、貴様の師匠になる。舐めた口を聞けばその舌を叩き斬ってやる」


 腕を組み、足を組み、アイリスは尊大に言い放つ。


 二五歳? まじ? 年齢設定とかあったの? 二五歳固定はないだろう。ならランダムか設定を見落としたか。

 いや、それはいい。見た目幼女の二五歳は有りか無しかでいえば有りだ。


 そこではない。好感度が低すぎる。これからバディになるというのに好感度はゼロ。下手したらマイナスじゃないか?

 関係によって初期好感度が変わるのか。なんにせよ上等だよ。ロールプレイなら得意だぜ。


「サンリッチ、一五歳です! アイリスさんのような素晴らしい方とバディになれて光栄です! これからよろしくお願いします! あ、師匠って呼んでもいいですか?」


 師匠、という言葉にアイリスは僅かに反応する。


「フン、勝手にしろ」


 アイリスはプイッと顔を背ける。

 アイリスがパーティーに加わりました、というシステムウィンドウが表示され、視界の端にある俺のHPバーの下にアイリスのHPバーが追加される。


 ふっ、ちょろいぜ。


 アイリス、いや師匠の気持ちは手に取るように分かる。今まで見た目で舐められてきたのだろう。だから年上と師匠である事を強調していた。

 それなら、こちらはおだててやればいい。見た目で侮らず下手に出ていれば気分良くなってくれる。


 何故わかるかって? 現実の俺(低身長痩せ型男)がそうだからだよ!


 それはさておき、グッドコミュニケーションで距離が縮まった事だし、早く冒険に行こう。


「相性は良さそうで何よりです。では、私はこの辺で失礼します」


 スーツの男は去っていった。


 あの人はなんだったんだ? 師匠をここまで連れてきたんだろうけど、必要か?


「師匠、これからどうしますか?」

「冒険者ギルドに行く。そこで冒険者登録をする」


 チュートリアルね。オッケー。あれ、てかまだ冒険者じゃなかったんだ。装備は冒険者のなんとかだったと思うけど。まあいっか。


「わかりました!」


 建物を出ると幻想的な光景に思わず感嘆の息が漏れた。窓から少し見えてはいたが、視界一杯にこの光景を映すと流石に感動する。

 ゲーム内の時間は現実とリンクしている。その為、今ゲーム内は夜である。石畳とレンガ造りの建物がならぶレトロな雰囲気の街並みを、月明かりと調和するような青白い光の街灯が包み込んでいる。


 GBOの舞台であるミルティア大陸。唯一の王国であるミーティアの王都セントリウスは、所々にファンタジー要素を散りばめたヨーロッパ風の街のようだ。


「何をしている。置いていくぞ」


 既に歩き始めていた師匠は、建物を出て立ち止まっていた俺を睨む。見た目は幼女なのに何故か凄みを感じる。


「すいません、すぐ行きます」


 丁度プレイヤーが増えてくる時間帯。最初の街であるセントリウスには多くのプレイヤーが居る。そして、プレイヤーと同じ数だけバディNPCも居る。要するに人でごった返している。


「師匠、はぐれないように手を繋ぎますか?」

「おい、お前今私を子ども扱いしたか?」

「違いますよ。こんなに人がいたら私が迷子になっちゃいそうなので」

「……はぐれたら置いていくだけだ」


 師匠はスイスイと人の波の間を縫って進んでいく。


 今、若干間があった。もう少し好感度を上げれば手を繋ぐくらいはできそうだ。あれ? これギャルゲーだっけ?


 師匠を追いながらステータスを確認する。俺のではなく師匠のステータスだ。



 CN:アイリス〈師匠〉 Lv.1 EXP【0(10)】 クラスⅠ


 職業:メイン【戦士】 サブ【無し】


 ステータス:HP【100】 MP【180】 ST【100】 STR【0(+10)】 VIT【0(+3)】 INT【80】 DEX【20】 AGI【50】 LUK【50】


 スキル:【スラッシュⅠ】【ピアッシングⅠ】【スマッシュⅠ】【四神の加護】


 魔法:【ファイアボールⅠ】【ウォーターロックⅠ】【ウィンドカッターⅠ】【ロックウォールⅠ】【ヒールⅠ】


 装備:武器【戦士の剣】 頭【装備無し】 胴【冒険者の服】 腕【装備無し】 腰【冒険者のスカート】 脚【冒険者のブーツ】 アクセサリー【古びた錠】【装備無し】【装備無し】【装備無し】【装備無し】


 称号:



 んん? ちょっと待て。落ち着け、まだ慌てる時間じゃない。もう一度ちゃんと確認を、ああ、師匠速い! 見失っちゃう!


 なんとか師匠に追いつき、改めて師匠のステータスを確認する。

 職業は設定した通り戦士。しかし、ステータスは何故か俺のステータスの二倍の数値になっている。二倍という事は掛ける二であり、ゼロに何を掛けてもゼロである。つまり、師匠は近接物理職業の戦士でありながらSTR、VIT0というネタビルドというかもはやトロールである。


 いや待てよ。師匠は弟子のスキル、魔法を使える。つまり、師匠も俺の魔法を使える。なら、戦士(魔法)として戦えるのか?

 わからん。まあ、戦闘してみればわかる事だ。最悪介護プレイもやむなしだ。


 リセットはしない。俺と師匠のアバター作成に六時間かけたっていうのもあるけど、それ以上に俺はこの師匠と旅がしたい。

 随分と高性能なAIのようで、生身の人間と遜色ない知性を持ち、ともすれば人間以上に人間臭いこのNPCを俺の都合でデータ削除なんてしたくない。

 だから、例えどんなネタビルドだとしても俺はこのアイリス師匠と旅をする。ぶっちゃけ、クソザコ師匠ってかわいいよね。


「ついたぞ」


 そんな事を考えているうちに冒険者ギルドに到着したらしい。周囲の建物と比べ随分と立派だ。これだけで、この国において冒険者ギルドがどのような立場にいるか窺い知る事ができる。

 見上げる程の大きな扉は師匠には重そうなので俺が先に建物に入る。師匠はムッとしてたけど、あなたSTR0でしょ。それは俺もか。


 ともかく、俺は舐められないようにガンを飛ばしながら冒険者共の巣窟に足を踏み入れる。

 建物の中には結構な数のプレイヤーとNPCがいたが、別に俺達が入ってきたからといってこちらに注目する事はない。


 周囲を見渡すと、正面にカウンターが五つ、右の方には三つ、左の奥は酒場のようになっていて食事ができるようだ。五〇人以上のプレイヤーがいてカウンターが五つしかなかったら長蛇の列ができてしまう、という事はないらしい。

 カウンターの奥に座る受付嬢さんに話しかけたプレイヤーが姿を消す。恐らく個別のエリアに飛ばされているとかそんな感じだろう。


 そんな風に観察していると、師匠は小さな歩幅で正面のカウンターへと向かっていく。師匠と並んでカウンターの前に立つと、スーツのような制服をきっちりと着こなした受付嬢さんがニッコリとほほ笑む。


「冒険者ギルドへようこそ! 本日はどういったご用件ですか?」

「冒険者登録をしに来ました」

「かしこまりました。冒険者登録を行うには課題を達成して頂く必要があります」


 戦闘チュートリアルね。いいね。いよいよって感じだ。


「その課題とは、スライム五体の討伐です」

「おお、スライム!」


 GBOではスライムは一番の雑魚敵なんだな。最近は物理無効だの、なんでも溶かすだのスライムを強くしたがる風潮があるからな。やっぱスライムは最弱でないと。


 目の前にシステムウィンドウが現れる。



 クエスト『冒険者資格試験』を開始しますか? YES,NO



 当然YESだ。


「スライムは西門から出て街道沿いを進んだ先にある【小さき森】に出現します。夜間は日中に比べ強力なモンスターが出現します。お気を付けください」


 昼と夜で出てくるモンスターが変わるのか。よくある仕様だけど、現実と時間がリンクしてるのにその仕様は割とクソでは? 人によっては決まった時間にしかログインできない人もいるだろうに。

 ま、他人の事なんてどうでもいい。俺はもうすぐ夏休みだからいつでもログインできるからね。


「それじゃあ、師匠、早速スライム退治にいきますか」

「その前にアイテムを補充する。は何が起こるかわからん」


 強い徘徊モンスターでもいるのかな? 師匠が言うなら当然従う。


「アイテムでしたらあちらでご購入いただけますよ」


 そういって受付嬢さんは、俺達から見て右にある三つのカウンターを指さす。


「分かりました。ありがとうございます」


 受付嬢さんにお礼を言って、道具屋で回復アイテムを買って、いざ【小さき森】へ出発!


——————————————————————————————————————


・師弟

 初期設定でのみ選択可能。[———]以外の関係への変更不可。

 プレイヤーは自動的に弟子となる。

 師匠(NPC)の初期ステータスは弟子(プレイヤー)の2倍となる。その後のステータス割振りは弟子と同じになる。

 師匠は弟子の取得したスキル、魔法を全て使える。

 好感度が一定値に達すると好感度が上昇しなくなる。バディクエストを達成する事で再び好感度が上昇するようになる。

 特定のバディクエストを達成すると、師匠の取得しているスキル・魔法を教わる事ができる。

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