第35話 交渉


 夜、俺はかつてネズミ星人に拉致された廃倉庫へと来ていた。

 全ては、ここから始まった。あの時の事が無ければ、ニャクラメントとしてヌー子を覚醒させる事も無かったかも知れない。

 会長とも出会わなかったかも知れない。

 階段を登り屋上へ向かう。

 黒曜石に砂糖をまぶしたかのような星空が俺を出迎えた。

 奴らがここにいるのも、この綺麗な景色が理由なのかも知れない。

 俺は大きく息を吸い叫ぶ。


「ネリアちゃーん! あーそーぼっ!」


 すると、何も無いように見えた屋上に、透明化していたどでかい宇宙船が現れた。

 搭乗口が開き、中からネリアが降りてくる。

 いつも通り、不機嫌そうな顔だ。


「……死にたいのかしら」


 ノコノコ一人でやってきた俺を見て訝しげに眉をひそめる。


「約束通りヴァイスを倒したんだ。ご褒美の一つでもくれないか?」


 するとネリアは、ポケットから飴玉のようやくものを取り出して俺に投げつけた。


「おいおい。あんだけやってミ◯キー一個かよ」


 一応いただいておく。美味しいからね。


「察しはつくわ。あのヌー子とかいう猫の事でしょ?」


 なるほど、会長にでも聞いたのだろうか。

 ならば話は早い。

 俺は単刀直入に切り出す事にした。


「ヌー子を助けたい。協力してくれ」


「すると思う?」


「もちろん、タダとは言わない」


 ネリアはジッと俺を見据えると、どっしりと腕を組んだ。

 話くらいは聞いてやる、と言った様子だ。


「もし協力してくれたら、俺の事は煮るなり焼くなり好きにしていい」


 取引材料は己自身。

 ここに一人で来たのも、その覚悟を示す為だ。

 

「……本気?」


「ああ。悪く無いだろ? 一生、君の性奴隷として生きて行くよ」


「自分が何を言ってるか分かってる? 猫一匹の為に命を差し出すようなものよ? 正気とは思えないわ」


 性奴隷発言はスルーですかそうですか。


「嘘じゃ無いぞ。なんなら俺の首に爆弾でも巻いておけばいい」


「今あなたを殺すかも知れないわよ」


「そうなったら仕方ない。賭けに負けたってだけさ。それくらい切羽詰まってるんだ。因みにこの件は会長にも話してある」


 もちろん反対されたが。


「……どうしてそこまでするのよ。たかが猫一匹じゃない」


「違うな。ヌー子は大切な家族だ」


「あなた、異常よ」


「そうかもな」


 それ以上、ネリアは何も言わなかった。

 暫く目を閉じて考える素振りを見せると、納得したように言った。


「分かったわ。その代わり……」

 

 ネリアは少し顔を背けると、小声になりながら言った。


「また夜ご飯をご馳走する事……」


「え?」


「だからっ! アンタの命は私のものなんだからっ、私の言った事には従う事! ご飯作れって言ったら作る! 死ねって言ったら死ぬの! オーケイ!?」


「オッ、オーケイっ!」


 思わず勢いで返事してしまった。

 が、とりあえず了承は得られたようで良かった。俺は内心で胸をなで下ろしながら安堵する。

 

「勘違いしないでよねっ! 別にアンタを助けようとかじゃないんだからっ! 断って逆恨みされる方が後々面倒だと思っただけよ! ここで殺しても五街道シトリンに恨まれそうだし……」


 ステレオタイプのツンデレを発動するネリア。

 こういう所、葉月と似てるんだよな。

 なぜかとっつき易い理由はそこにあるのかも知れない。

 てかこの人絶対会長のこと好きだろ。


「──話は聞かせて貰ったぜ、小僧」


 ドスの聞いた声と同時に宇宙船から出てきたのは、今となっては見慣れたムキムキ。と、小顔に対して大きめの眼鏡をかけた幼女。


「面白い人間でチュね……ま、嫌いじゃないでチュ」


 アルゴと眼鏡幼女が、気前良さそうに笑った。


「お前達……」


「ヌー子って奴には前に負けた時の借りも返さなくちゃいけねーしな。こんなとこでサヨナラってのも後味が悪いぜ」


「解説なら任せるでチュ!」


「おう! ありがとう!」


 百パー必要なさそうな役割だが一応乗っておく。指揮は上げるに越した事はない。

 

「じゃ、また明日な!」


 俺は元気よく手を振って去ろうとする。


「ちょっ、待ちなさい! 明日!?」


「もう時間がない。ヌー子のエネルギーがいつ切れるか分からないんだ。本当なら今からでも行きたい所なんだよ」


 これに関しては明日までにタイムリミットが来ない事を祈るしか無い。

 でなければ何もかもおじゃんだ。俺は塞ぎ込んで時間を無駄にした自分を呪いながら生きるハメになるだろう。

 

「……分かったわ。みんな、急いで準備するわよ」


「へへっ、面白くなってきたぜ」


 アルゴ達は頷くと、宇宙船の中へ戻って行った。


「期待してなさい。私たちの本当の力、見せてあげるわ」


 得意げに笑うネリア。個人的には冥土の土産に黒Tバックを見せて欲しい所だが、そんな事を言って気が変わったら困るのでやめておく。

 そうして、ネリアも船内に引っ込むと、宇宙船は再び透明になった。


 ……さて、やれる事はやった。後は明日、全力を尽くすだけだ。

 文字通り全てをかけてヌー子を救い出す。

 俺は夜空に広がる星を見上げ、天に祈った。

 

 どうかヌー子が、無事に帰って来れますように。

 

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