第34話 覚悟
「久しぶりね……トム。来る頃だと思ってたわ」
シトリン会長は相変わらず優雅に紅茶を嗜みながら、そう言った。
「なんでもお見通しなんですね」
「いえ、言ってみただけよ」
だろうな。あなたはそう言う人です。
これほどマイペースが嫌味にならないのもこの人くらいだ。
「こう見えてトム様をとても心配なさってたんですよ」
イヴさんが俺の分の紅茶を持ってきて言った。
「ちょ、ウ↑チ↓別に心配なんてしてないんですケド! マジ勘違いすんなし!」
なぜかギャル特有のフローで否定する会長。
「トム様が塞ぎ込んでしまったと聞いた時は、あーしもマジぴえんでギャン泣きでした」
「そ、そっすか……すいません」
イヴさんに至っては明らかに適当である。意味を理解しているかも怪しい。
「でも、思ったより元気そうね」
あまり引っ張ってもしょうがないので、早速本題に入る事にした。
「会長、ヌー子はいまどこに?」
俺の質問に真顔になる会長とイヴさん。
暴走した猫を放っておいてるとは思え無い。対処出来ずとも居場所くらいは特定しているはずだ。
「それを聞いつどうするつもり? 助けにでも行くつもり?」
「そうです」
キッパリと言った。
「どうやって?」
「それを聞きにきたのです。会長なら、何か知ってるんじゃないかって」
そう。この件に関して、会長は諦めが早すぎた。同じ猫を飼う者として、俺の気持ちを1番わかってくれているはずなのに。
裏を返せば、方法は無いと言い切れる何かしらの理由があったのだ。
「……知らないわよ」
会長の目が泳いだのを俺は見逃さない。
やはりそうだ。この人真っ直ぐな性格ゆえに顔に出やすい!
俺は立ち上がって会長に詰め寄った。
「お願いします! どんなに可能性が低くても、危険だったとしても、何も知らないまま諦めて後悔したく無いんです!」
俺は勢い余って両手で会長の肩を掴んで引き寄せた。
「ひゃあっ……!」
乙女チックな声が聞こえたが気にしない。
ある意味、ここが正念場だ。
なんて綺麗な肌だろう。抱いでいる肩も、もう少し力を入れたら壊れてしまいそうに思えた。
そんな
「教えてくれたら俺、なんでも言う事聞きます! 椅子になれと言われれば四つん這いになって跪き、足を舐めろと言われればいつでも舐めましょう! だから……!」
言いながらさらに会長を引き寄せる。
気づけば鼻が触れそうな距離だ。
「なぜだかトム様の願望に聞こえるのは気のせいでしょうか……」
「イヴさんの足も舐めます!」
「いや、そういう問題では──」
「──ったわよ」
「「えっ?」」
「もうっ、言えばいいんでしょ言えば! 分かったわよもうっ!」
「会長っ!!」
「……ひゃっ!! ちょ……っ!」
俺は興奮のあまり、会長を抱きしめてしまった。柔らかな胸の感触が伝わってきて、俺は我に返って会長を引き離した。
「す、すいませんつい! そんなつもりじゃなかったんですけど、つい!」
会長は力が抜けたようにその場にペタリと座り込んだ。伏せ目ガチな瞳を潤ませ頬はほんのり赤く蒸気していた。
やがてハッと我に帰るように立ち上がると、椅子に座り治し紅茶を啜った。
「これから私が言う事はあくまでも憶測で、確実な根拠は一切ないから、それを踏まえた上で聞いてね」
「はい」
「ヌー子ちゃんを元に戻す方法──無い事はないわ」
やっぱりか。
ようやく光明が見えてきた。
だが会長がその事を隠していたのには、それなりの理由があるはずだ。
俺は覚悟を決め直し、会長の言葉に集中する。
「簡潔に言うと、もう一度ヌー子ちゃんに首輪をつけてキスするの。再契約って事ね」
「再契約……」
「理論上、ニャクラメントとパスが繋がってさえいれば、エネルギーが暴走する事はないからね。もちろん前例が無い以上、うまく行く保証はないけど……」
会長の言葉尻に、どこか含みを感じた。
まだ何か思う所でもありそうだ。
でも思ったよりシンプルな話に、俺は心が踊る。
「結構いけそうじゃないですか! どうして言わなかったんですか?」
意図せず問い詰めるような言い方になってしまった。
「もし言ってたら、一人でもヌー子ちゃんの所へ行ったでしょう? そんな自殺行為させられないわ」
「でも……っ」
「かつていたのですよ。トム様のように、暴走した猫に再契約を試みた者が」
イヴさんが話に割り込んできた。
会長は暗い顔をして瞳を伏せていた。
「その人は、どうなったんです?」
「失敗したどころか、自分の飼い猫に襲われ病院送りに。その方が眠っている間に猫はエネルギーを使い切り永眠しました」
「…………」
「それがトラウマになって以降、二度と猫を飼う事は無くなりました」
「もしかしてその人って」
「当時、シトリンお嬢様の唯一の友達だった方です」
「唯一は余計よ」
なるほど。なぜ会長が俺に教えたくなかったのか、痛いほど分かった。。
「あの時、この方法を提案したのは私なの」
会長は遠い目をしながら、まるで懺悔するように呟いた。
もし言ってなければ──そんな後悔の念がひしひしと伝わってくる。
「会長、ヌー子はどこにいるんですか」
「トム!」
俺は会長の目を見てはっきりと言う。
「知らない方が良い事なんてないんですよ。どういう結果になったって、現実と向き合って乗り越えるべきなんです」
「でも、最悪の悲劇から逃れる事ができるかもしれないじゃない」
「どちらにしても、会長が苦しむ事になりますよ。例え俺に何があっても、会長に責任はありません。自分を責めないでください」
ここで教えて貰えなければ、俺は会長を一生恨んでしまうだろう。会長がそんな業を背負う必要は無い。
「お嬢様……」
うずくまる会長に、イヴさんが声をかけた。
すると、会長の口から微かに笑い声が漏れてきた。
「ふふふ、ふはははははははっ!!」
一体どうしたのか、高笑いをし始めた会長を、俺とイヴさんは唖然とみつめていた。
「私とした事が! 何を辛気くさい感傷に浸っていたのかしら!」
「か、会長?」
俺が恐る恐る話しかけると同時に、会長がテーブルを叩いた。
「トム!」
「はい!」
「ヌー子ちゃん。必ず助け出すわよ」
会長はそう言ってニヤリと笑うと、取り出した地図上を指差し、ヌー子居所を示した。
「まさか、協力してくれるんですか?」
「ええもちろんっ。きっとこれが、後悔しない唯一の方法だと思うの」
自分のせいで人が傷つく位なら、全力を尽くして運命を共にする。
実に我が道を行く会長らしい発想だ。しかし──。
「私は反対です」
イヴさんがぴしゃりと言った。
当然だ。イヴさんはシトリン会長の飼い猫。主人を危険に晒す訳にはいかない。
今回はネズミ星人とも違う。
さらにはあのヴァイスですら歯が立たなかった相手に首輪をつけてキスしようと言うのだ。正気の沙汰では無い。
「イヴ!」
「分かっています。だから一つだけ条件をつけます」
「条件?」
イヴさんは真っ直ぐに俺の目を見て告げた。
「もし、私がお嬢様の身が危ないと判断した場合、無理にでもお嬢様を連れて避難致します。例え、あなたを見捨てる事になろうとも」
「ああ、問題ない。むしろそうしてくれ」
本来は巻き込むつもりは無かった。協力してくれるだけで十分だ。
俺の返事にイヴさんも納得したようで、真剣な表情から一変、口角を上げると、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
律儀な猫である。むしろお願いするのは俺の方だと言うのに。
「あまり時間は無いわよ。こうしている間にもヌー子ちゃんのエネルギーは減っていってるのだから」
会長の言う通り、ヴァイスの時の様に綿密に準備している時間は無い。明日にも死んでしまってもおかしくないのだ。
そこで、俺はもう一つ会長に聞こうと思っていた事を切り出した。
「あの──ネリア達って今どこにいるか分かります?」
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