第33話 どん◯衛と赤いき◯ね


 ゲームする気も失せ、そのままベッドに横になる。寝るでも無く時間を溶かしていく。

 そうしていると、まるで世界からこの部屋だけが取り残されているような錯覚を覚えそうになる。

 静寂を破ったのは、ぐぅ〜という間抜けな腹の音だった。

 急激にカップラーメンが恋しくなり、俺はリビングへ向かおうと部屋を出る。

 階段を降りる前に、なんとなくヌー子の部屋に入ってみた。

 元々は母さんの寝室で、ベッドと本棚意外に目立った家具のない質素な部屋だ。趣味が出ている物と言えば、ピカソのゲルニカが描かれたカーテンと血みどろデザインの掛け時計位である。

 そういえば……趣味悪かったな。

机の上を見てみると、ヌー子が文字の練習に使っていたであろう鉛筆や消しゴムが転がっていた。


 ……?


 開きかけの引き出しが気になり、中を見てみると、見覚えのないノートが出てきた。

 適当に開いて見ると、ノートに挟んであったであろう一枚の写真がヒラヒラと落っこちた。

 それはみんなで雪合戦をした日、ヌー子と撮った写真だった。

 あの日の後、ちゃんと現像して渡しておいたのだ。もちろん俺も同じ写真を持っているが、そっちはアルバムにしまってある。


「……日記?」


 ノートには下手くそな字で日付と、その日の出来事が綴ってあった。


『12月10日

 きょうはみんなでゆきがっせんをしたにゃ

 たのしかったにゃ!


 12月11日

 はじめてふぁみれすにいったにゃ! チーズインハンバーグおいしかったにゃ! でもご主人のつくるハンバーグのほうがおいしいにゃ! 


 12月12日

 ご主人ががっこうにいってるあいだはひまでしょうがにゃいにゃ。せっかくはなせるようになったからもっとあそびたいにゃ〜』


 …………。

 そこからは当たり障りの無い内容が続いていた。そして最新の日付に辿り着く。温泉でヴァイスに攫われる前日だ。


『ご主人が本をよんでくれたにゃ。やさしいにゃ。ご主人のことは、にゃあが守るにゃ! 


こんなまいにちが、いつまでもつづきますように』


 大した事など書かれていないのに目頭が熱くなった。やがてノートの上にポタポタと雫が落ちた。

 

「ヌー子……っ」


 ヌー子は俺との生活をこんなにも大切にしていたのに、俺は当たり前のように過ごしていた。かけがえのない日常を失い、現実逃避に走り葉月まで失望させた。

 ──本当に、諦めるのか?

 果たして俺は、ベストを尽くしたのだろうか。自分に問いかける。

 今一度、錆びた思考の車輪を強引に回してみる。

 やるしかない。

 どうやら俺は、追い込まれないと本気が出せないタイプらしい。


「待ってろよヌー子。今度こそ、救い出してやる」


 心の炎に薪を焚べ、己を奮い立たせる。

 まったく、俺はなんて愚か者か。ヌー子に救って貰った命を再び危険に晒そうと言うのだから。


 腹が減っては戦はできぬ。

 ということで、俺はリビングへと向かった。

 その足取りは、心なしか軽く感じた。

 人生最後のカップ麺になるかもしれない。

 ど◯兵衛か赤い◯つねか、それが問題だ。

 全く意味のないシェイクスピア風の問答に、俺は結局どっちも食うと言う決断をするのだった。

 ちょいとお腹はもたれたが、満足感がある。

 制服を着込み家を出る。まぁ完全に遅刻だろうが仕方ない。

 それにほら、ヒーローは遅れてやってくるって言うし。


 …………

 ……


 職員室で連日欠席の詫びを入れ終えた俺は、丁度休み時間の教室へ向かった。


「智!!」


 教室に入るや否や、喜一が目を丸くして俺を呼んだ。

 その表情はすぐに笑顔に変わった。

 かと思うとムッと不機嫌になった。


「まったく、心配したじゃないか!」


 珍しく喜一が怒っている。

 

「悪い悪い。もう大丈夫だよ。オールオッケー」


「……本当に? でも……」


「安心しろって。俺はまだ何一つ失ってなんかいないよ」


 俺の言葉に、喜一は嬉しそうに納得すると、それ以上何も聞いて来なかった。流石、空気が読める男の娘は違うぜ。

 昼休みには、いつものように葉月が来て3人で弁当を食べた。

 葉月は登校してきた俺を見て安心したのか、終始朗らかに笑っていた。


「これが幼馴染パワーかぁ。一体どんな手を使ったんだい?」


 喜一がそんな事を言った。


「ちょっと喝入れてやったの」


 確かに間違ってはいない。

 葉月と目が合い、お互いに笑い合う。


「そうだな。喜一、お前もなんかあったら葉月に喝入れて貰うといいぞ」


「むっ、なんか二人でいい雰囲気作っちゃって。こんな事ならやっぱり僕が智の家に行っておけば良かったよ」


 いつもの葉月なら、「何がいい雰囲気よ!」とテンパる所だが、今の彼女はその程度の煽りでは動じなかった。

 多少のことでは狼狽えない、ニュー葉月の誕生だ。

 

「そうしたら、僕もあんなことやこんな事をして智を元気にさせたのになぁ」


 ナニする気だよ……。

 葉月は顔を真っ赤にして喜一を指差した。

 

「言っとくけど、えええっちな事はしてないからねっ!?」


 どうやらニュー葉月は幻想だったみたいだ。

 そうしているうちにお昼休みが終わり、放課後に突入する。

 俺は、早々に教室を出るとシトリン会長に会うべく、第一生徒会室へ向かった。

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