第32話 葉月のヒーロー


 ヌー子が暴走したあの日から、俺は学校にも行かずFPSゲームに精を出していた。

 カーテンの締めきられた部屋で曖昧な曜日感覚に浸る事で現実逃避を続けている。


 インターホンが鳴ったが出るつもりは無い。

 今の俺は目の前の格上プレイヤーをキルする事に必死でそれどころでは無いのだ。

 ──取った!

 上手いこと立ち回り相手陣地の裏に回り込んだ俺は、敵の背中を射程にとらえエイムを合わせる。しかしその瞬間どこかから飛んできた銃弾にヘッドショットを貰い死んでしまった。

 恐らくスナイパーに狙撃されたと思われる。


「この糞ゲーがよぉ。もう二度とやんねーわ」


 落ちようと思ったが、残った味方が善戦したおかげで、チームとしては勝ちを納めた。

 そのまま第二ラウンドが始まり、俺は見事に連続キルをかまし最後まで生き残る事ができた。


「うはっ! やっぱ神ゲーだわこれ!」


 続く第三ラウンドは開幕速攻をかけてきた相手に為す術もなく殺され、そこから流れを持っていかれ三連敗をきしてしまった。


「マジで糞ゲーだわ……史上最悪の糞ゲー。とっととサ終し──」


「──あんた都合良すぎ」


 背後から葉月の声がした。


「おまっ、何勝手に入って来てんだよ」


「何日も引き篭もってるから心配してあげたんじゃない。生存確認よ生存確認」


「余計なお世話だっての」


 葉月は溜息を吐くと、俺のゲーム画面を覗き込んだ。


「勝った負けたでゲームの価値を決めるべきじゃないわよ。こういうのも実力なんでしょ?」


 む。ゲームなんてやったことないくせに知ったふうな事を言いやがる。しかも正論だ。


「勝てば神ゲー。負ければ糞ゲー。それが俺の忍道だってばよ」


「そんなんじゃ立派な火影になれないわよ」


「うるせ」


 呆れる葉月の表情には、憐憫の色が伺えた。


「……いつまでそうしてるつもりよ」


 葉月の声が僅かに冷たくなったのを感じた。


「ヌー子が──」


「──ヌー子ちゃんは帰って来ないわよ」


「……っ」


 心を抉られるような感覚。

 幼馴染に容赦なく突き付けられる現実に、堪えようもない虚しさが湧いてくる。

 あの日から、ヌー子はアジトからも姿を消した。

 ヌー子を探そうと言う俺の提案は、あろうことか同じニャクラメントの会長によって拒否されたのだ。

 理由は至ってシンプル。危険だからだ。

 ヴァイスすら歯が立たない上に理性すら失っている。仮に見つけても元に戻す方法が分からないんじゃ意味がないのだ。

 今こうしている間もヌー子はエネルギーを放出し続けているというのに、俺は何もできない現実に打ちのめされてただ時間を浪費している。


「放っておいてくれ」


 俺は葉月から目を逸らすと、再びゲームに向かおうとした。

 その瞬間、胸ぐらを掴まれ椅子から滑落する。

 葉月は地面に倒れこむ俺にまたがると、胸ぐらを掴んだままもう片方の腕を振り上げた。

 強烈ビンタがくることを察して目を閉じるが、なかなか頬にくる筈の痛みが来ない。

 恐る恐る瞼を開くと、下を向いたままの葉月の目から涙がこぼれ落ちていた。

 

「葉月……?」


「……じじゃない……」


「え?」


葉月は振り上げていた腕をゆっくりと自分の目元に添え、涙を拭った。


「これじゃあっ、昔と一緒じゃないっ!!」


 その言葉と共に栓が抜けたように泣きじゃくる葉月。

 分かってないな。俺は元々こういう人間なんだよ。お前が思ってるほど強くないんだ。

 今だって、自分のせいで一人の少女が泣いている事実から目を逸らしたくて仕方ない。 


「……ぐす……っ………ぐす……ぐすっ」


「葉月…………イッテェ!?」


 急に頬に広がる痺れるような痛み。

 このタイミングでのビンタに、俺はひろゆきばりに目をぱちぱちさせて驚く(※決して煽っている訳ではありません)


「もう……なんかムカついてきたわ」


 葉月は未だ涙に濡れる眼で俺を睨みつけてきた。


「え? それってあなたのかんs──イッテェ!」


 さっきとは逆側の頬を叩かれた俺は、これ以上叩かれては両頬が膨れてアンパ◯マンみたいになってしまう可能性を感じ、葉月の手を掴んで静止する。

 既に少し腫れてきている頬に葉月の涙がポツリと落ちた。

 ジャムおじたーん! 新しい顔くれーい!


「悲しいのはアンタだけじゃないのよっ! このバカ!」


 葉月は語気を荒げて叫んだ

 ……分かってるよ、そんなこと。


「そりゃアンタが一番辛いかもしれないけど、私やみんなだって辛いのよ! 一番気に食わないのは自分のせいだって決めつけて勝手に一人で責任感じてるような顔してる所よ! いつもいつもいつもいつもいつもそう! すぐ一人で抱え込むんだからっ! 市中引き回しの刑で死ねっ!」


 言い過ぎな位に思いの丈をはきだす葉月に、俺は何も言い返す事が出来なかった。

 せめて市中引き回しはやめて電気椅子で苦しまずに逝かせて欲しい。どうでもいいけど電気椅子のボタン押す人どういう感情なんだろ。

 

「アンタがそんなんじゃ……っ……もっと頼ってよっ……相談してよ……何も出来ないかもしれないけど……もっと、分かちあってよ……っ」


 葉月は消えいる様な声で言いながら俺の胸に顔を埋めた。

 俺はその頭を優しく撫でようとして、やめる。俺にそんな資格は無い。


「ごめん」


 葉月はゆっくりと体を起こすと、立ち上がって俺から離れた。すると部屋の押入れの中を漁り、古いアルバムを取り出した。


「本当はこんな事言いたく無いんだけど……」


「もう何言われても構わないよ」


 今更何を躊躇ためらっているのか。


「アンタ──何諦めたフリなんかしてんのよっ!」


「え?」

 

 予想外の言葉だった。さっきヌー子は戻ってこないと自分で言っていたくせに、一体どういう風の吹き回しだ?


 葉月はアルバムの中から一枚の写真を取り出した。そこには幼い俺と葉月と母さんが写っている。写真の俺は顔に絆創膏を貼っており、よく見ると服も汚れていて、膝などにも怪我をしている。それなのに3人の中で誰よりも笑っていた。


「この写真。私が公園で3人組の男の子にいじめられそうになってた所を助けてくれた時のやつ」


 そう。葉月が他の小学校のシマと知らずに立ち入ってしまった事で絡まれたのだ。駆けつけた俺は一人で喧嘩してボロボロになりながら見事勝利をおさめた。


「傷だらけの智を見て事情を知った夏美さんが、どうして写真を撮ったのか……今なら分かる気がする。きっと嬉しかったんだと思う」


「…………」


「私が無くしたストラップを一日中探し回って見つけてくれたり、敗北濃厚だった運動会を無理やりな作戦でで逆転したり、ふふっ」


 思い出し笑いをする葉月。

 そういえばあの頃は色々無茶してたな。


「そんな事もあったな」


「私にとって智はヒーローなんだよ。最後にはきっとなんとかしてくれるもの。今回だってきっと……」


「どうしろってんだよ」


 全部昔の話だ。昔の俺が葉月にどう見えていたかはしらんが、そんなものは幻想だ。事実、俺はこうして腐っているのだから。


「知らないわよっ……でもなんとかして! 智ならきっと上手くやれるわよ!」


「無茶言うなよ」


「私だってこんな無責任な事いいたく無いよっ……でも智がなんとかするしか無いの! しっかりしてよっ!」 

 

 葉月がこんなに理不尽な事を言うなんてな。

 だが俺は何も答える事が出来ず、ただ項垂れるしかなかった。

 葉月はそんな俺を見ると、噛み締めるように口を紡ぎ走って部屋を出ていった。それからすぐに玄関の閉まる音がした。

 幻滅されただろうか。

 脳裏に母さんの言葉が蘇る。


 ──智。絶対女の子を泣かせたらダメよ。男の子なら、女の子の期待には死んでも応えるの。


 ごめん母さん。それは俺には難しそうだよ。



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