第31話 暴走モード、突入!
「ムゥッ!!」
ヴァイスが拳を振り下ろしたかのように見えたが、直前で何かに気づいたのか後方へ飛びずさった。大袈裟すぎる程の警戒心を見せている。
「貴様、何をしたっ!」
なんだ? 何をそんなに慌てているんだ?
それになんだかヌー子の様子がおかしい。
「ヌー子……うわぁっ!」
俺は声を掛けようとしたヌー子に腕一本で弾き飛ばされた。
「な、何すんだよヌー子!」
急に反抗期か? 勘弁してくれよこんな時に。思わず現実逃避をしたくなる。
「いけませんトム様。今のヌー子様は……」
「なんですかイヴさん? ヌー子がどうかしたんですか!?」
申し訳なさそうな表情のイヴさんに詰め寄るが、やはり煮え切らない様子だ。実にイヴさんらしくない。その態度こそが、事態の深刻さを如実に語っていた。
「ニャーーーーオッ!!」
ヌー子が両手を地につけ四足歩行の体制を取ると、尻尾と耳が毛羽立たせながらヴァイスを睨みつけた。
まるで理性を失った獣のような咆哮を上げると同時に、爆発的なオーラが放たれた。
一体どうなってるんだ?
次の瞬間、ヌー子は音もなくヴァイスの死角まで移動すると、華麗に回し蹴りを放った。
「ばかなっ……!」
咄嗟のガードも虚しく、ヴァイスは体ごと吹っ飛び壁に衝突した。
凄まじい威力だ。
「あれは暴走です」
「暴走?」
イヴさんの言葉に、なんかもう嫌な予感しかしなかった。
「ニャクラメントと契約した猫の首輪は、言わば猫とニャクラメントの繋がりそのものなのです。それを自分から外すと、猫に渡っていたエネルギーが暴走し、理性を失ってしまうのです。野良化、とでもいいましょうか」
「このままだとヌー子はどうなっちゃうんですか?」
俺の質問に、イヴさんは一瞬言い淀む。
「……完全にエネルギーを放出し終わるまで暴走は止まりません。最後には生命エネルギーまで吐き出してしまうでしょう」
「それって死ぬって事ですか!? そんな……っ」
ヌー子はそうなることが分かってて自ら首輪を外したのか。
やるせない怒りが心を支配した。
なんでっ、俺なんかの為に……!
ヌー子の言葉がフラッシュバックした。
──ヌー子はご主人に幸せになってほしいんだにゃ!
「ばかやろうっ!」
お前がいなくなっちまったら意味ないだろっ!
「ヌー子ちゃんはあなたを守るために、命と引き換えにヴァイスを倒そうとしてるのね……」
会長が感慨深そうに言った。
今の俺達にはヌー子とヴァイスの攻防を見守る事しかできない。
格段に強化されたヌー子の攻撃に、ヴァイスが苦戦を強いられている。
命を削った決死の猛攻は強烈で、ヴァイスは為す術も無さそうだった。
ヌー子の攻撃が天井を叩き割り、そこから夕暮れに染まる空が覗いた。
「くそがああ!! ふんぬっ」
ヴァイスも意地で反撃を試みるが、まるでヌー子を捉える気配はない。
ヌー子が拳に巨大なオーラを纏わせた。
あれは、すーぱーなんとかかんとかスマッシュだ。
さらにヌー子はもう片方の手にもオーラを纏わせた。
言わばダブルスーパーなんとかかんとかスマッシュである。
オーラを纏わせた両拳が次々とヴァイスを襲う。一発でも必殺技級の威力の攻撃だ。流石のヴァイスもガードが追いつかない。
「ぬああああああっっ!!!!!!」
壁に穴があくほど吹っ飛ばされたヴァイスは、気を失ったように沈黙した。
しかしヌー子は暴走したまま、大量のオーラを放ちながら猫のように座っている。
俺は疲弊した体を無理やり動かしながらヌー子に近づこうとする。
「トム様っ!」
イヴさんの静止を無視してヌー子へと歩み寄る。
そうしなければ、ヌー子が遠くへ行ってしまう気がしたから。
「シャーー!!」
「ヌー子、大丈夫だ。俺だよ」
威嚇するヌー子を宥めるように語りかける。ヌー子の頭に触れようとしたとき、俺はイヴさんによってヌー子から引き離された。
その瞬間、さっきまで俺がいたところの地面が抉れていた。
ヌー子が俺を──殺そうとした?
今の俺には、その事実を受け入れられるほど心に余裕は無かった。
そんな筈ない。何かの間違いだ。ヌー子は俺の家族なんだ。そう自分に言い聞かす。
「トム様。お気持ちは察しますが冷静になって下さい。今のヌー子さんは理性を失っています」
「離して下さい! ヌー子が! ヌー子がっ……!
「殺されてしまいますよ。一旦引きましょう」
「嫌です! ヌー子を元に戻さないと!」
「お嬢様!」
「ええ、バッチリよ」
会長がスマホを耳に当てていた。
するとすぐにヴァイスとの戦闘で崩落した天井から縄梯子が降ってきた。
どうやら避難用のヘリを呼んだらしい。
「おーい! みんな大丈夫ー?」
ヘリの中から、なぜか喜一とアルゴが顔を出していた。元気そうな所を見るに、あの二人は激しく戦った訳では無いようだ。
イヴさんは俺を抱いたまま梯子に捕まり、後の二人も同じように梯子にしがみつく。
会長の合図でヘリが上昇を始め、俺達はアジトから離れて行く。
ただ一人、ヌー子を残して。
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