第30話 vsヴァイス2


「まさか、これほどとは……」


 イヴさんが険しい顔で言った。

 戦況は最悪。温泉の時の善戦が嘘のようにヴァイスに圧倒されている。

 特別ヴァイスが強くなったのでは無い。おそらくは慣れだ。猫に対して2対1と言う状況に対する慣れと、戦い方をシュミレーションしてきたのだろう。

 元々個の力では叶わない相手にアドバンテージを失っては勝負にならないのは必然。

 

「くっ……もう限界」


 会長が片膝を着くと同時、増幅の効果切れたのか、イヴさんのオーラが小さくなった。

 絶望的状況だ。こんなことならヌー子の無事が分かった瞬間逃げておけば良かった。

 いや、あの時俺は動けなかったし、誰かが捕まればそれまでだ。

 いずれにせよ、今更後悔しても仕方ない。


「フハハハハハッ! さぁ、どうする?」


 野太い声で高笑いするヴァイスの姿は魔王そのものに見えた。

 このままじゃ全滅だ。

 折角ヌー子を取り戻したと言うのに、仲間を巻き込んで死ぬのか俺は。

 沸々と怒りが湧いてくる。

 なぜこんな事になった。昨日まで笑い合っていた仲間が今は満身創痍じゃないか。

 ──俺の、せいか?

 結局俺は周りの人間を不幸にしちまうのか? 母さんみたいに。また俺のせいで。

 

「違うよ」


 葉月の声がした。

 それは包み込むような優しく囁き。

 でもその内容は真逆だった。


「どうせアンタの事だから自分のせいでこうなったと思ってるでしょう?」


「……っ」


「みんな、自分の意思でここに来たの。みんながヌー子ちゃんの為に頑張ってる。それなのに自分一人で責任を背負おうなんて、むしろおこがましいわよ」


「……厳しいな、葉月は」


「当たり前じゃない。幼馴染だもの。だから、恨むべき相手を見誤らないで」


 葉月の言う通りだ。ここに集まった仲間は決して俺を恨むことは無い。誰のせいでこんな事になったのかなんて分かり切っている。

 悪いのは……。


「──お前だ」


 俺がヴァイスを睨みつけると、ヴァイスは警戒するように身構えた。


「なんだ、この気配は……」


「ご主人!」


 俺とヌー子の体からオーラが溢れ出てくる。

 これは……あの時と同じ……


「シンクロ……!」


 会長とイヴさんが驚いている。まさかここ一番で発現するとは思わなかったのだろう。

 体の奥底から力がみなぎってくる。

 どうやらヌー子も同じようだ。シンクロには増幅の効果もあるみたいだ。


「行くぞ! ヌー子!」


「ガッテンにゃ!」


 俺はヌー子とツーマンセルを組んでヴァイスに襲い掛かる。まるで自分の体とは思えない程の身体能力だ。


「息ぴったりですね」


 イヴさんが言うように、俺には不思議と目を見なくてもヌー子の次の動きが手に取るように分かった。これ以上なくヌー子と通じあっている。

 俺とヌー子の連続攻撃により、ヴァイスに反撃の隙を与えない。

 確実にダメージを与えている手応えがあった。

 このまま削っていけば……!


「こざかしい猫があああああ!!!!」


「くっ!」

「にゃんと!?」


 なんと言う覇気だ。

 攻撃が途切れた。好機と見てかヴァイスが地面を踏み締めた。

 決めにくるつもりか! そうはさせるか!

 俺とヌー子は対角線にヴァイスの周囲を駆け回り的を絞らせないようにする。


「すごい……あれがシンクロの力」


「なんか、羨ましいわね。あそこまで通じ合えるなんて」


「お嬢様……」


 おそらくこのシンクロ状態も長くは持たない。そろそろ決着をつけなければ、再び形勢は逆転してしまうだろう。

 俺はヴァイスの懐に入りこみ、ボディブローを放とうとする。


「さっきのお返しだ!」


「フッ、読めていたわ!」


 ヴァイスは両腕でガードを固めたが、狙い通りだ。


「なんてな、背中がガラ空きだぜ」

 

「しまっ──!」


 ヴァイスの背後には巨大なオーラを放つ拳を振りかぶったヌー子の姿。

 いけっ、ヌー子!


「スーパーハイパーアルティメットキャットスマーシュ!!!!」


 ヌー子の拳が、振り向いたヴァイスの顔面に直撃した。

 衝撃波と共に大地が割れ、辺りが眩い閃光で包まれる。


「やったか!?」


 やべっ、これ言っちゃダメなヤツ!

 だがこれだけの威力だ。ヴァイスと言えどただで済むはずが無い。

 

「はぁ、はぁ……あっ」


 シンクロが切れた。全身から力が抜け、その場に座り込む。

 これでダメなら終わりだ。頼む! くたばってくれ! 死なない程度に!

 

「うそ……でしょ……っ」


 視界を埋め尽くす砂煙が晴れた所にいたのは、息を切らしながらも二本の足で立つヴァイスの姿だった。

 

「まじかよ……詰んだわこれ」


 もはや打つ手が無い。ここまでか……っ。


「ゼェ……ゼェ……やってくれたなニャクラメント……だが、ここまでだっ」


 ヴァイスが座り込む俺に向かって拳を振り上げた。

 その時、ヌー子が両手を広げて俺とヴァイスの間に割り込んだ。

 もはやヌー子にだって戦う力は残っていないはずだ。

「だめだ、ヌー子……逃げろっ」


 せめてヌー子だけでも、この場から助かって欲しかった。

 俺を庇うように立ち塞がるヌー子を見て、ヴァイスは振り上げた拳を止めた。


「たいした度胸だ。何か言い残す事はあるか? 最後の言葉くらいは聞いてやる」


「安心するにゃ。ご主人の事は、にゃあが必ず守るにゃ」


 ヌー子の声音は、いつものハツラツとしたものでは無かった。まるでこの先のことを悟っているかのような達観した口調だ。

 ヌー子はおもむろに自分の首輪に手をかけた。


「っ! いけないっ!!」


 イヴさんが叫んだ。

 

「ご主人に家族にしてもらえて良かったにゃ。短い間だったけど、ご主人と喋れた日々はにゃあの宝物にゃ」


「お、おい、お前何言って……それじゃまるで──」


 それ以上は言葉に出来なかった。言葉にしたら本当になってしまう気がして。


「さよなら、ご主人」


 ヴァイスが拳を振り下ろそうとしたその時、ヌー子は首輪を外すと同時に俺に笑いかけた。


「終わりだ」


「終わるのはお前にゃ」


 ヴァイスの拳がヌー子へと振り下ろされる。

 俺は持てる力の全てを振り絞って叫んだ。


「ヌー子オオオ────!!!!」


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