第29話 vsヴァイス

 

 四階で俺たちを待ち受けていたのは、意外……でもない人物だった。


「アルゴ……」


「待ちくたびれたぜぇ」


 さて、どうしたものか。この筋肉モリモリマッチョマンの変態を倒さなければ先に進めないみたいだ。

 こちらにもそれなりの装備があるとは言え、アルゴは強敵だ、小鼠相手とは訳が違う。


「ここを通りたきゃ俺を倒していきな……と言いたい所だが」


 アルゴはフっと笑うと、俺たちを見据えて言った。


「全員の相手は流石に分が悪い。そこの猫女以外は通っていいぜ」


アルゴはそこにいるはずのないイヴさんを指差して言った。

 イヴさんは別行動で潜入しているので、今ここにいるのは、


 《イヴさんに変装》した喜一なのだ。


 俺は喜一と視線を合わせる。

 どうする。喜一にアルゴを足止めしてもらい先に行くか、だがそれだと喜一が危険だ。

 俺が迷っていると、喜一は朗らかに微笑んだ。

 その顔を見て俺は意を決する。


「みんな、行こう。イヴさんここは任せました」


 相手はアルゴだ。おそらくイヴさんの正体がバレるまで長くは持たないだろう。


「無理はするなよ」


 静かに頷く喜一。

 俺がアルゴの横を素通りしようとした時、アルゴが言った。


「……うまくやれよ」


「…………あぁ」


 誰よりもネリアの事を考えているアルゴの事だ。もしかしたら最初から俺の事は通すつもりだったのかもしれない。

 そうして、俺と会長、葉月の三人は階段を登って、ついにヴァイスが待つであろう最上階に向かうのだった。


 …………

 ……


「ほう、思ったより早かったな」


 案の定、最上階で俺たちを待ち受けていたヴァイスは、趣味の悪い厳かな椅子に腰かけ、不敵に笑った。


「ヌー子はどこだ?」


「安心しろ。俺を倒せたら返してやる」


「そうかよ」


 俺たちは一斉に身構えた。イヴさんがヌー子を見つけ出すまで時間を稼ぐしかない。

 ヴァイスが立ち上がる、ポキポキと指を鳴らし近づいてきた。

 凄まじい圧力に足がすくみそうになる。


「とりゃあ!」


 会長が何かを放った。

 それはヴァイスを通り越して地面に落下する。

 あれは……チーズ?


「さぁ! ヴァイスが気を取られてるうち集中放火よ!」


「いや会長! 全然気逸らせてませんよ! むっちゃこっち睨んでます!」


「ばかなっ!? イタリアから取り寄せた最高級チーズよ!?」


「そんなん通用するわけないじゃないですか! ナメすぎですよ!」


ヴァイスは呆れるように大きくため息をついた。


「まったく話にならんな。舐められたものだ」


 と言いつつ俺たちから離れて行くと、チーズを回収した。


「通用したっ!!」


「今よ!」


 会長がヴァイスに向けグレネード的な何かを投げつけたのを合図に、俺と葉月もサブマシンガン的な何かをヴァイスに向けてぶっ放す。

 会長の話では、全て対ネズミ星人用に弾の材質と威力が調整されているので死ぬ事は無いそうだ。

 だからきっとグロい事にはならないはず! 多分!

 会長の投げたグレネード的な何かが爆発し、硝煙と共に爆風が吹き荒れる。

 えっ? これほんとに死なない? 

 すまんネリア! 親父さんヤッちまったかもしれん!


「会長……これ大丈夫っすかね?」


「……ピュふゅーふーぴゅふー」


 口笛を吹いて(吹けてない)誤魔化すシトリン会長。っておい。


「──終わりか?」


 どうやら杞憂だったらしい。

 ヴァイスはまるで効いていないかの様に、首をポキポキ鳴らしていた。

 化け物かコイツ……。


「さて、今度はこちらから行かせてもらうぞ」


 次の瞬間、目にも止まらぬ速度で距離を詰めてきたヴァイスに、懐に入られる。

 しまった……!

 来るであろう衝撃に備え体に力を入れる。


「カハっ……!!」


「智!」

「トム!」


 俺は脇腹を殴られた勢いでそのまま壁際まで吹っ飛ばされた。


「ふむ、殴られる直前に自分からうしろに飛んで威力を緩和したか。いい判断だ」


 それでも服の中に着込んだ五階堂特製の防具が無ければかなりヤバかってぞ。

 倒れている俺の元に葉月が駆け寄ってくる。

 よそ見しているヴァイスに向けてシトリン会長が銃を向けた。さっきのテーザー銃だ。

 しかし引き金を引くよりも早く、ヴァイスに叩き飛ばされてしまう。そのまま会長の手首を掴み持ちあげた。


「会長っ……!」


 ヴァイスに捕まれ宙ぶらりんの会長を助けるべく立ちあがろうとするが、足に力が入らない。

 くそっ、さっきのダメージが効いてやがる。


「先にお前から始末してやろう」


 ヴァイスが拳を振り上げる。

 まずいっ……!

 俺は震える足に鞭を打って駆け寄ろうとするが──ダメだ、間に合わない……!

 その時、どこかから聞き慣れた声がした。


「スーパーアルティメットキャットスマーーシュ!!!!」


「ヌー子!!」


 ヴァイスは咄嗟に会長の手首を離し、バックステップでヌー子の攻撃を躱した。

 気付けばイヴさんがシトリン会長を抱きかかえていた。


「「イヴさん!」」


 最悪の未来を免れ、葉月の顔がぱぁっと明るくなった。

 どうやら、間に合ったらしい。


「すみませんお嬢様。遅くなりました」


「いいえ! ナイスタイミングよ! ツナ缶モノの働きだわ!」


「ありがとうございます」


 イヴさんは主人を地面に下ろすと、ヌー子と共にヴァイスと向き合った。


「よくもにゃあを閉じ込めてくれたにゃ! 今度こそぶっ飛ばしてやるにゃ」


「と言ってもヌー子さま、結構満喫してらっしゃるように見えましたが」


「えそうなの?」


「はい。監禁部屋のような所を見つけて入って見たら、寝転んでお菓子を食べながらPS5で FPSをプレイしていました」


 めっちゃ楽しんでるじゃんっ! いいな俺もPS5欲しい!


「こまけぇ事はいいんだにゃ!」


 まぁヌー子の言う通り、確かに今はヴァイスをなんとかしなければ。

 とにかく無事で良かった。


「忌々しい猫どもが。まとめて相手してやる」


 会長が増幅を使ってイヴさんをパワーアップ。これならこの前の温泉と同じ、互角以上に持ち込めるかも知れない。


 しかし、そんな希望的観測はヴァイスによって見事に打ち砕かれる事となった。

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