第27話 お泊まりネリアちゃん2


「……んん」


 ベッドの中で何かが蠢く感触で目が覚める。

 何事かと思いつつ寝返りを打つと、わずかに開いた視界にネリアの顔がいっぱいに広がった。


「うわああああああっ!!」

 

 驚きのあまり飛び起きて急いで部屋の明かりをつける。

 パジャマ姿のネリアは眠そうに目を擦りながらゆっくりと上体を起こした。


「なにようるさいわねぇ……って! なんでアンタがいるのよ!」


「こっちのセリフだ!」


 あれから風呂を済ませた俺たちは、ポーカーで遊んだ(俺全勝)後、早々に寝る事にした。

 ネリアには隣の空き部屋を貸し、そこで寝ていたはずなのだが、なぜか俺の部屋のベッドに潜り込んできた。

 反応からして大方、トイレにでも行った拍子に寝ぼけて部屋を間違えたのだろう。


「最っ低ー! 寝ている女を襲うなんて、罰金2万円よ」


 そう言って掌を上に向け差し出してくる。

 てかやっす。

 

「よく見ろここは俺の部屋だ。お前が俺に二万払えや」


「上告します」


「誰にだよ……」


 俺は一旦落ちついて冷静に言った。


「いいからさっさとじぶんの部屋に──」


 俺の言葉は、窓の外から発せられた閃光と、その数秒遅れで鳴り響く轟音によって遮られた。

 窓の外を見ると、大降りの雨が降っていた。どうやら俺が眠っている間に天候が荒れていたらしい。

 まぁ、そんな事はどうでもいい。

 ってあれ?

 

「お前……」


 ネリアはベッドの上で毛布にくるまりながらガタガタと震えていた。


「あっ、へそ……っ! ……ほっ、セーフ」


 ネリアは自分のヘソを確かめ安心していた。


「あんたも確認しておいた方がいいわよ? ワンチャン消えてるかもしれないから」


「いや大丈夫だ」


 ネリアは雷に臍とられるとマジで信じているようだ。もはや天然記念物に指定したい。


「それより早く寝るわよ」


「じゃあ部屋戻れよ」


「え? 一緒に寝て欲しい? 仕方ないわねっ。今回だけ特別よっ」


「お前カミナリこわ──」


「いまーーわたしのーーねがーーい事がーー」


「やっぱこわ──」


「こーすーもーすー」


 意地でも認めたくないらしい。

 ネリアが合唱曲で誤魔化している最中、一際大きな雷鳴が響き渡った。


「キャーーーッ!!!!」


 毛布ごと俺の腰に抱きついてくるネリア、よく見ると目尻に涙が溜まっている。

 

「閻魔マジコロスっ! いつか絶対殺す……!」


 雷への恐怖を閻魔様への憎悪に変換させ自尊心を保っているネリア。

 本気で怖がっているみたいだし、仕方ないか。


「ほら、じゃあもう寝るぞ」


 俺は電気を消して、ベッドに横になる。

 それを見たネリアは、気難しい顔をしながら俺の隣に横になり、布団を被せた。

 

「どうしてもって言うから仕方無くよ。変なところ触んないでよねっ」


「はいはいわかったよ」


 俺はネリアに背を向け、瞼をとじる。

 それからしばらくの間、雷が鳴るたびにネリアの体がびくつくのが分かった。

 すると、ネリアが俺の背中に抱きつくように腕を回してきた。

 ……お前から触ってきてんじゃねぇかよ。


「大丈夫だ、安心しろ」


 俺がそう呟くと、ネリアは俺の背中に抱きついたまま、小さく「ありがと」と言った。

 俺はそれを聞こえないふりをして眠りにつく。

 気付けば、ネリアの震えも止まっていた。


 …………

 ……


 朝起きると、そこにネリアの姿は無かった。リビングに行くと、食パンが一枚皿に乗っかっており、そこに添えられた手紙に、『パパのことよろしくp.s.昨晩のカレーはまぁまぁだった』とだけ書いてあった。


「素直じゃねー奴」


 俺は一人で食卓に座り朝食を取った。

 …………。

 静かだ。まるで人類が俺一人になったのかと思うほどに。ヌー子が来るまではこれが普通だったと言うのに、慣れというのは怖いものだ。人間はすぐに当たり前を見失ってしまう。

 言いしれぬ喪失感を紛らわす為にテレビをつける。ニュース番組の天気予報が流れていた。

 昨日の雷雨の反動か、今日の天気は快晴である。

 それからいつものように葉月が迎えに来て、学校へ行き、授業をこなし、放課後みんなで集まって明日への準備を整えた。

 いよいよ明日は約束の日だ。

 ヌー子、もう少し待っててくれよ。必ず助けてやるからな……。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る