第25話 下見


 その日の夜、俺はイヴさんと共に、ネズミ星人達のアジトへ偵察に来ていた。

 町外れ、森の中をくり抜いたところに巨大な建造物が聳え立っている。一見すると工業施設のようだが、周囲には警備の小鼠達が彷徨うろついており、監視塔のライトが不規則に辺りを照らしている。

 これだけの施設が一般人に見つからないのは、認識阻害フィールドとかいうご都合主義バリアを張っているかららしい(イヴ談)

 

「これがネズミ星人のアジトか」


「はい、昔より警備が強化されてますね。ヴァイスがいる影響でしょう」


 今のところ、草陰に潜む俺達に気付く様子はない。それにしても流石イヴさんだ。気配の消し方が尋常ではない。すぐ横にいる俺さえも気を抜くの消えたような錯覚に陥る。

 戦闘より隠密行動の方が得意なのかも知れない。


「どうですか? 難しそうですか?」


「いえ、この程度なら掻い潜れるでしょう。問題ありません」


 俺達の作戦にとって一番肝になる部分を背負うのがイヴさんだ。

 当日、俺達が正面から気を引いている間に、裏から忍び込みヌー子を見つけ出す。

 このプランAのための下見が今回の偵察の目的である。


「少しここで待っていて下さい」


 そう言うと、イヴさんは音を立てる事なく近くの木に飛び移り、そのまま気づかれる事なくアジトの裏口に近づいていく。

 さすがは猫である。トムク◯ーズもびっくりの身のこなしだ。

 何やらドアノブをいじっているイヴさん。

 警備の小鼠が近づいてきたのを察して身を隠すと、素早く戻ってきた。


「ひやひやしましたよ……なにしてたんですか?」


 イヴさんは指で摘んだ針金を見せてきた。


「鍵穴を確認してきました。問題なく解錠出来たので良かったです」


 どうやら当日のための準備をしていたらしい。確かにいざ侵入しようとしたら鍵が開かないとかなったら話にならないもんな。ぶっ壊して目立つ訳にも行かないし。


「そろそろもどりましょうか」


「そうですね、っと! うあっ」


 立ちあがろうとした時、ずっとかがんでいたせいで足が痺れてもつれ、転んでしまった。


「いつつっ、てあれ?」


 気付けば俺はイヴさんに覆い被さるように倒れており、右手には大地とは思えない柔らかな感触があった。

 ぷにっ。


「ん……っ」


 イヴさんの口から僅かに声が漏れる。

 まさか、この感触は……!

 ぷにぷにっ。


「トム様っ、そこはっ……んあっ……っ!」


 俺のワンパクな右手は、紛う事なきイヴさんの豊かな双丘の片方を鷲掴みにしていた。

 

「……っ!! すっ、すいませんっ! つい、わざとじゃっ──んんっ」


 急いで離れようと体を起こそうとした時、イヴさんに手で口を塞がれ、もう片方の腕で抱き寄せられる。

 それと同時に足でも俺の腰をロックし、俺の体は完全にイヴさんと密着して身動きが取れなくなった。

 イブさんが俺の耳元で「しーーっ」と囁いた直後、監視塔の灯りがこちらを照らした。

 草むらの影にいたおかげで、見つからずに済んだようだ。

 助かった……。

 ほっとした瞬間、イヴさんの甘い匂いが鼻口をくすぐった。


「……危うく見つかるところでした」


「すいません。俺のせいで」


「お気になさらず」


 俺の口を塞いでいたイヴさんの手が離され、とりあえず小声で謝っておいた。

 ふと、イヴさんと目が合う。

 鼻が触れそうな距離、互いの吐息と密着する体の感触を感じて心臓のビートが倍になった。

 今ならファウストの気持ちがわかる気がする。時よ止まれ! お前は美しい!

 気付けば、さらに顔の距離が近づいていた。それはもう唇が触れてしまいそうなほどに。

 

「イヴさん……?」


「すみません。苦しかったですか?」


「いえ、おかげで助かったので、ありがとうございました」


 イヴさんの束縛から解放された俺は、見張りを気にしながらゆっくりと体を起こした。

 離れる前に、俺に巻き付けたイブさんの両手足の力が強まった気がした。


「では、見つからないうちに帰りましょう」


 いつもと変わらず凛然と振る舞うイヴさんの横顔は、夜の暗さでよく見えないけれど、少し火照っているような気がした。


 …………

 ……


 イヴさんと別れた俺は、冷たい夜風に体を震わせながら帰路を歩く。

 家の近くまで来たところで、玄関前の道路で人影が塀にもたれて座っているのが見えた。

 誰だ……?

 警戒しつつ、正体を確認できる所まで近づいてみる。

 俺に気付いて立ち上がった人物、それは──


「こんばんは、鳴海智」


「なんでお前がここにいるんだ、ネリア」


 白いコートに身を包み、雪のように白の髪を肩口で遊ばせる少女は神妙な顔で告げた。


「ま、とりあえず入りましょ」


「いや俺ん家なんですけどっ!?」


「遠慮しなくていいのよ?」


「だから俺ん家だっつの! てか何しに来たんだよっ」


 こいつらは一応俺を狙っている悪の組織なのだ、油断はできない。

 俺は身構えながら様子を伺う事にした。


「べつにとって食おうってんじゃないわ。ちょっと話したい事があるだけ」


「話したい事……まさか、こくは──」


「違うわ」


 食い気味に否定された。

 敵同士の禁断の恋が始まるなんて事は無さそうだ。

 まぁ、どうせここまできたのならウチに入れても同じ事だだろう。

 そう思い俺は、ネリアを家に招き入れた。

 ネリアはウチに入ると、まるで我が家のようにコートをハンガーかけ、セーター姿でソファに腰掛けくつろぎはじめた。

 被っていたニット帽を取ると、隠していた鼠耳がぴょこっと立ち上がるように現れた。

 

「〜〜っ」


 ネリアはソファの上で大きく伸びをした。

 セーターの生地がネリアのボディラインを際立たせている。

 均整のとれたスレンダーなシルエットと、立体的に膨らむ二つの双丘が非常に扇状的で、咄嗟に目を逸らしてしまった。


「今日のごはん何?」


「カレーにするつもり、っておい」


 ネリアの頭にチョップを落とす。

 むっとこちらを睨むネリア。

 その強気な表情には、何故かいじめたくなるような不思議な魅力があった。

 うーん。ルックスだけは一級品なんだけどな……。


「いいじゃない。ついでに作ってくれても。話はそれからよ」


 なんでこんなに偉そうなんだ。

 沸々ふつふつと心の中でよこしまな感情が煮えたぎるのを感じた。

 ……なんというか、分からせたくなるな。

 変なへきに目覚めそうだ。

 結局、俺は言われるがままにネリアと食事を摂りながら話を聞く事になった。

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