第24話 理解ってる女


 ────バンッ!!


「作戦会議を始めますっ!!」


 黒いマジックででっかく『ヌー子奪還作戦☆』と書いてあるボードを叩きながら啖呵を切る会長はいつも通り元気いっぱいだ。

 明朗快活シトリンお嬢様の復活である。昨日の夜はぐったりしてたからな。

 俺、葉月、喜一、会長、イヴさんは、放課後にすぐ、第一生徒会室に集まっていた。


「百パー罠よね」


 葉月の言う通り。そうでなければ人質をとる意味がないのだ。


「ああ、だから、俺一人で行こうと思う」


 これは、決めていた事だ。

 危険だと分かっていて、みんなを連れて行く訳にはいかない。それこそ万が一の事があった時に打つ手がなくなってしまう。

 被害は最小限の方がいい。


「馬鹿言わないで! 危険過ぎるわ!」


「ヌー子は俺の家族だ。みんなを巻き込むわけには行かない」


「でもそんなの……シトリン会長っ!!」


 会長は淡々と言った。


「私は、行かない方が良いでしょうね」


「そんな! 仲間じゃないんですか!? イヴさんはついてきてくれますよね?」


「お嬢様を守るのが私の使命。お嬢様から離れる訳にはいきません」


「……っ!」


 頼みの綱である二人の反応にショックをうけている様子の葉月。

 彼女らは決して冷たいのでは無い。至極冷静に事態を受け止め決断しているだけだ。

 

「私はついていくから」


「だめだ。何かあったらどうする。無駄死にする気か」


 戦えない以上、足手まといになる可能性の方が高い。

 葉月は下を向いて黙り込んだ。


「俺一人なら、ヌー子を助けて逃げ帰ってくる事が出来るかもしれない。雪合戦の時のシンクロもある。使えるかわかんないけど」


「嫌! 私も行くからっ」


「くるな」


「嫌」


「くるな」


「嫌」


「くるな!」


「嫌!」


「来い」


「いy……行く!」


 くそ。つられなかったか。

 まぁ、どっちにしろ引き下がらないだろうけど、葉月は昔からこうと決めたら曲げないタイプだからな。


「まったく。聞き分けの無いイエローモンキーだ」


「あんたもイエローモンキーでしょうが!」


「みんなイエローモンキーだよ。それより僕にいい考えがあるんだけど」


 ここに来て始めて喜一が口を開いた。

 葉月も一旦椅子に座り、みんな喜一の言葉に耳を傾ける。


「──なるほど、面白いじゃない」


 喜一の作戦を聞き終え、会長がニヤリと笑う。

 確かに、悪くない。だが、うまくいく保証はどこにもないのも事実。危険である事に変わりは無い。


「会長だって、智を一人で行かせるつもりはないのでしょう?」


「当たり前じゃない。そんな薄情じゃないわよ」


 会長は自身満々の笑みを浮かべたまま俺を見据えた。キュン。

 ステレオタイプのトキメキに心を打たれ、改めて五階堂シトリンという女の頼もしさを実感した。


「トムの体に爆弾を巻きつけて送り込もうだなんて考えるはず無いじゃない」


 おいおいこの人俺のこと人間爆弾にしようとしてたんだけど。薄情どころか卑劣の極みじゃねーか。

 

「宮原くんの案、勝機はありそうね。ついてきて。見せたいものがあるの」


 会長は壁際の本棚の前に立つと、そこに収納されているうちの二冊を五センチ程度引き抜き、引き出しの鍵穴にポケットから取り出した鍵を入れて捻った。

 すると、本棚がゆっくりと横にスライドし始め、その奥に隠し部屋のような空間が現れた。


「すげぇ! なにこれどうなってんの!? かっけえええ!!」


「何はしゃいでんのよ……」


 ブチアガル俺に葉月が引き気味の視線を向けてくる。


「かああっ! こんなんロマンの塊だろ!」


「まぁ、確かに凄いとは思うけど……」


「男の子はいくつになってもこういうギミックが好きなんですよ。かわいいじゃありませんか」


 やけに理解あるイヴさん。流石である。それに比べてウチの幼馴染ときたら。


「ふーん。まったく、子供なんだから」


 は? 何ちょっと見下しとんねん。

 自分が理解できない価値観を卑下する奴が一番幼稚なんだぞ。そういうワクワクを捨ててつまらない大人になる位なら、俺は一生ガキでいい(キリ)

 因みにかくいう俺も、下位カーストの男子が学食でカードゲームして遊んでるのを見ると若干見下しそうになる。俺もまだまだだな……。


「地下行きのエレベーターよ。みんな入って」


 会長に言われるがまま本棚の奥へ入っていく。全員入ったのを確認すると、柵が閉まり、エレベーターが下降を始めた。

 映画とかアニメでしか見た事ない設備に、俺は高揚を隠せない。

 隣では喜一がいつもどおり涼しい顔をしていた。

 こいつ、男の癖に全然アガってねぇ。本当は女なんじゃないだろうか、と有り得ない疑いをかけてみる。

 

「なんだい? 僕の顔が気になって仕方ないのかい? 智が望むなら唇くらいいつだって──」


「ちげぇよ! ほんと平常運転だなお前は!」


 せめてそこは「僕の顔に何かついてるかい?」くらいでいいだろ。相変わらずこの手の冗談好きだな。

 やがてエレベーターが最下層、つまりはB1階に到着する。

 真っ暗であたりが見えなかったが、すぐに天井の間接照明がともった。


「これは……」


 俺は五階堂シトリンという人間をまだ侮っていたようだ。


「ようこそ、我が秘密基地へ」


 そこは、さっきまでいた第一生徒会みたいな絢爛豪華な空間では無い。無骨な鉄製のテーブルに無造作に散らばっている丸椅子。

壁際に並ぶラックには、さまざまな形をした武器や防具が掛けられている。

 まさに秘密基地。いかにも特殊部隊やスパイチームなんかが作戦会議してそうな雰囲気だ。

 

「俺、会長ほどロマンを理解わかってる女見たことないです……!」


「ふふ、当然よ。私を誰だと思っているの?」


「会長ぉぅっ!」


「トムッ!」


 俺と会長はお互いの右手をグッと握り合う。

 女の子の手って結構小さいんだな。爪長いしツヤツヤでなんて綺麗なんだろう。勢いで手を繋いでしまった事を意識して少し恥ずかしくなってきた。


「はいはい、デレデレしない」


 俺が手を離そうとするより早く、葉月が間に割って入り、両手で引き離された。


「別にデレデレなんてしてねーよ!」


「どうかしら」


 そっぽを向く葉月。


「何怒ってんだよ」


「はぁ!? 別に怒って無いし!」


 怒ってるじゃん……。


「まぁまぁ。トム様も男の子ですから。ある程度猿なのは仕方ないです」


 イヴさんが葉月をなだめてくれた。

 よく聞くとフォローしているようで結構酷いこと言ってね?


「それより今は作戦会議ですよ。──お嬢様?」


 会長の方を見ると、俺と握手した手を見つめたままボーっとしていた。その表情はどこかうっとりしているようにも見える。


「……え? あっ! ごごめんなさい! そうねっ、シロナガスクジラよね!」


「いや、誰も最強の海洋生物議論なんてしてないですよ」


 呆れるイヴさんをよそに、会長は気を取り直すように言った。


「ここにあるのは全て、対ネズミ星人用に五階堂の技術の粋を駆使して開発した決戦兵器よ。ようやく日の目を浴びる時が来たわねっ」


 ずらっと並ぶ武器や防具の中に、鞭や猿轡さるぐつわ、赤い蝋燭ろうそくなど、あまり実戦的ではないものまで混じっているが気にしないでおこう。

 会長はテーブルの上にネズミ星人たちのアジト周辺が記された地図を広げた。


「確認だけど今回の作戦、誰一人犠牲にするつもりはないわ。その上で、勝ちに行くわよ」


 会長の声音に覇気が増した気がした。

 それから暫く作戦内容と段取りを詰めた所で、今日はお開きとなった。最終調整は明日行う予定だ。

 勝機はある。だが相手はヴァイス、油断は禁物だ。そう簡単にはいかないだろう。

 よくてフィフティフィフティと言ったところか。

 上等だ。やってやる。

 もう何も、奪われてたまるものか。

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