第23話 ブンッ、チッ、カッ♪
あれから温泉を上がった俺たちは、みんなで食事をしながら今後の事を話そうとしたが、シトリン会長もイヴさんもかなり疲労が溜まっているようで、具体的な話し合いは明日に持ち越しとなった。
やはりニャクラメントの力を使うのは、相当負荷がかかるらしい。
俺はヌー子がいなくなり一人となった部屋に戻ると、そのまま布団の上に寝転がった。
スマホでSNSアプリ(トィウィッター)を開き、タイムラインを追っていく。流れていくコンテンツが何故か全てくだらなく思えた。
……ヌー子。無事でいてくれよ……。
俺の頭の中は、その思いでいっぱいだった。
「ん?」
ふと、気になる投稿を見つけた。
アカウント名『ムキムキ男爵』
『今日娘を叱ったら逆ギレされた……全部猫のせいだ』
なんとなく気になってムキムキ男爵のページに飛び、過去の投稿を遡る。どうやら昨日アカウントを作ったばかりのようだ。
最初の投稿は『トゥウィッター始めました』だった。
それからは筋骨隆々の肉体の自撮り写真が幾つか載せられていて、全国のトレーニー達にリトゥウィートされていた。フォロワーも始めたばかりにしてはかなり多い方だ。
確かに凄い肉体だがこの身体……なんかヴァイスに似てるような……いやまさかな。
すると、ムキムキ男爵の新しいトゥウィートが投稿された。
『さて、ギターの練習でもするか! うーん、Fコードムズイ〜誰かコツ教えて(泣)』
やっぱり気のせいだろう。アイツがギターなんてやってるわけが……。
『娘にうるさいと怒られた。まだ今日の事を根に持ってるらしい』
俺はリトゥライ(返信コメ)を送ってみる事にした。
『何があったんですか? それとFコードは手の角度を意識するといいですよ』
それっぽい助言も添えて置いた。ギター弾けないから知らんけど。
すぐに返事が来た。
『いや〜、久しぶりに会いに行った娘が使命を忘れて温泉旅行に行ってましてね。それダメだぞって事で強めに叱ったんですよ。あっ、F鳴りました! ありがとうございます♪』
『ちなみに使命と言うのは?』
『そこは内緒です。まぁ世界征服みたいなものです(笑)』
…………。
「──こいつヴァイスじゃんっ!!!!!」
SNSやってたのかよ! 全然キャラちげぇし! あとF鳴って良かったな!
驚きのあまり寝ていた身体を起こすと、ドアからノックの音が聞こえた。
開けると、そこには館内着姿の葉月がいた。
葉月は胸の前で指をモジモジと動かしながら、上目遣いで言った。
「いや、どうしてるかなって思って」
ヌー子の事で心配してくれたのだろうか。
わざわざそんな事を言う為に部屋まで来た訳ではあるまい。
「暇してたよ。まだ寝るには早いからな。入るか?」
「うんっ」
心なしか嬉しそうな葉月を招き入れた俺は、部屋に備えられていたポットでお湯を沸かし、二人分の茶を入れた。
「やっぱり、心配だよね」
葉月が窓の外を眺めながら言った。街よりも星が綺麗に見える。月明かりってこんなに明るかったっけな。
「ああ。でも多分大丈夫だと思う」
ヴァイスのトゥウィート的に、そんな気がした。
「意外と落ち着いてるわね、もっと落ち込んでるか焦り散らかしてると思ってたのに」
「なんで面白くなさそうなんだよ」
「励ましがいがないもの。せっかく膝枕でもしてあげようと思ったのに」
「チクショウッ!! 俺のせいでヌー子がっ……! あああああっ! 最悪だ……っ、俺はもうダメだぁ……」
俳優さながらの演技で落ち込んでみせる。主演男優賞はもらったぜ。
「もう遅いわよ」
俺の渾身の演技が刺さらんとは。葉月には感受性が足りんな。残念な子である。
「……仕方ない、会長に頼んでみるか」
「それはダメっ!」
がしゃんとテーブルが揺れ、湯呑みの中でお茶が跳ねた。
「あぶねー。こぼしたら火傷するぞ」
「あんたが変なことゆーからでしょ!」
口を尖らせぶーたれる葉月。先に膝枕言い出したのはお前だろ。と、心の中で言い返しておく。
「昔はよく、流れ星を待って二人で夜空を眺めてたっけ」
「急にエモい事言うじゃん」
『時間だけが流れて星なんか流れないの』と続けていたら君にはポエトリーラップの才能があると言えよう。
「まぁ別にそんな事、どうでもいいんだけどさ」
「葉月、ラッパー目指さないか? 不可思議ワンダーガールって名前で」
「遠慮しとく」
ぴしゃりと言われた。
「あの頃、楽しかったよねぇ。夏美さんもいてさ」
夏美とは母の名前だ。
葉月の視線を追うように、夜空を見上げる。
あの星のどこかから、今も俺たちを見守っていてくれているだろうか。
「俺は今だって楽しいぜ?」
母さんはいなくても、色々な友達ができて、色々な出来事があって、むしろ騒がしすぎて困る位だ。
けれどその全てが宝物だと思っている。それが今、脅かされている。
もう何も、失いたく無いのに。
「……ヌー子は必ず取り戻す」
「そうね。私も、できることが有れば協力する」
「頼りにしてるよ」
とは言ったが、葉月まで危険な目に遭わせるわけには行かない。こいつは俺にとって一番大切な……大切な……なんだ?
適当な言葉が見つからなかったが、とにかく守らなければならない存在だ。
「そろそろもどるね」
葉月は小さなあくびをすると、椅子から立ち上がった。
「その前に一ついいか?」
俺は葉月を呼び止めると、自分の口に手を当て、ブンッチッカッ、ブンッチッカッっ、と繰り返しビートを鳴らした。
昔練習してすぐ辞めたボイパである。唯一これだけはできる。
「YO! お前のフリースタイル聞かせてくれYO! カモンッ!」
ブンッチッカッ、ブンッチッカッ!
ブンッチッカッ、ブンッチッカッ!
「だからラッパーやらないって」
「イェー! カマッセーー!!
ブンッチッカッ、ブンッチッカッ!
「……ほんと元気ね。おやすみー」
ブンッチッカッ、ブンッチッカッ!
葉月は溜息をつきながら部屋を出て行った。
再び一人になった部屋に俺のボイパがこだまする。なんかちょっと楽しくなってきたぞ?
また始めてみようかな……なんてな。
こうして波乱の一日は幕を下ろすのだった。
ブンッチッカッ、ブンッチッカッ────
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