第21話 危機、襲来!


「なっ、何!?」


 女湯に落下してきた俺たちに最初に反応したのは葉月だった。

 

「智!? えなんでっ!?」


「いやぁ……なんか凄い音したから心配になって気づいたら塀から飛び出してたわ。こんな世の中だし、変な奴とかも多いし」


 俺は用意していた言い訳をつらつらと述べ終わると、コンマ一秒の間に女の子達の裸体を目に焼き付けた。惜しむべきはみんなの裸がほとんど後ろ姿だった上、タオルを巻いていた事だろう。

 恐らくこの大男のせいだ。クソが。

 そんな事より状況確認。

 ムキムキ大男に対し、ヌー子とイヴが臨戦体制で身構えている。他のみんなも険しい表情を浮かべていた。


「どういう状況!?」


「パパ! 何しにきたのよ! いきなりお風呂覗きに来るなんて最低!」


 ネリアが怒気を込めて叫んだ。

 って、え? パパ?

 よく見ると、大男の頭にはネズミ星人の特徴である大きな耳がついていた。


「ヴァイス・ロウ・マースべイン。ネリア様のお父様でチュ」.


 いつも通り、気付けば横にいる眼鏡幼女が教えてくれた。

 しかしその声音には畏怖が宿っており、ネズミ星人にとっても招かれざる客なようだ。

 

「──黙れ」


「……ッ」


 そのヴァイスの一言と共に人睨みされたネリアは、怯えるように震えたていた。

 …………こえぇぇぇ!!!!

 圧倒的な威圧感に気圧されたのは俺だけではないだろう。あの猪突猛進気質のヌー子でさえ、飛び掛かるのを躊躇している。

 見る者をすくませる鋭い眼光、屈強な肉体、地獄の底から響くような声。そして全身から放たれる悪のオーラ。

 正直、今すぐこの場から逃げ出したい程恐ろしい。

 

「まったく。一向に地球侵略が進んでいないと思って来てみれば、こんな所で猫どもと一緒に何をしている?」


「そっ、それは……っ!」


 ネリアは返す言葉がないと言った風に唇を噛み締めた。


「少し、甘やかし過ぎたかも知れんな」


 ヴァイスはネリアへと歩み寄ると、右手を開いたまま振り上げた。ビンタが来ると察したであろうネリアがキュッと目を瞑る。


「イヴっ!」


 会長の合図と同時、背中を見せたヴァイスにイヴさんが襲いかかった。

 頸椎への手刀。しかしそれは虚しくも止められ、腕を掴まれてしまった。


「くっ……!」


 イヴさんは身体を体を回転させながら数発の蹴りを頭部にお見舞いするが、効いた様子は無い。

 化け物かアイツっ……!

 イブさんは流れるような動作で、自分の右腕を掴んでるヴァイスの腕にからみつき、関節を取って極めようとする。


「こざかしいな……」


 ヴァイスがイブさんごと振り上げた腕を地面に振り下ろす。

 イブさんは叩きつけられる直前に腕を離し、飛び跳ねるように会長のそばへ戻って来た。


「イヴ! 大丈夫!?」


 会長が心配そうに声をかける。イブさんは掴まれていた前腕をさすりながら調子を確かめていた。


「ええ。問題ありません。しかしお嬢様……アレはかなり手強そうです」


 ヴァイスが振り下ろした先の地面は大きく抉れ、ヒビが入っていた。


「そうみたいね……どうしたもんかしら」


「にゃあああ!!」


 その時、ヌー子が咆哮を上げ、大きく振りかぶった右手からオレンジ色のオーラが吹き出し、猫の手を形作った。

 あれは確か前にネズミ星人達を一気に吹き飛ばした大技。行け、ヌー子!


「スーパーアルティメットキャットスマーッシュ!!!!!!!」


 ヌー子が飛び上がり、ヴァイスへ一直線へ向かって行く。

 

「フン、面白い」


 ヴァイスはヌー子の渾身のパンチを避けるでも無く、片手一本で迎え打った。


「嘘だろ!?」


 ヌー子の拳がヴァイスの掌に打ち付けられる。凄まじい衝撃波が露天風呂中に広がった。


「にああああああ!!!!」


「ふむ。大したパワーだ。だが……」


 ヌー子の拳のオーラが消えて行くと、ヴァイスはそのまま拳を掴み、ヌー子をぶん投げた。

 こちらに飛んできたヌー子を、壁に激突しないよう全身で受け止める。


「ヌー子っ!」


「大丈夫にゃ……」


 今のでかなり力を使ったらしい。ヌー子は息を切らしながら立ち上がった。

 

「その程度では俺には勝てん。猫と言ってもこんなものか。ニャクラメントも大した脅威ではないな。ふはははははっ」


「パパ、やめて!」


「なぜだ? ここでニャクラメント共を殺せば、地球侵略に近づくではないか」


「そうかもしれないけどっ、地球は私に任せるって言ったじゃない! なのにこんな横槍やめてよっ!」


「それがいつまで経っても進展しないから見にきたのではないか。お前は今まで何をしていた?」


「え、そ、それは……」


「まさか、敵と遊んでたなんて言わないよな?」


「遊んでなんかないわ! ちゃんと活動してるわよ……一応」


 歯切れの悪いネリアに疑惑の目を向けるヴァイス。

 俺はネリアとの雪合戦や、バイクで走り回っていたネリアの姿を思い出す。そういえば会長も、ネズミ星人達がはなみやお祭りをしていたと言っていた。

……だいぶ遊んでるな。

 こりゃお父さんも心配するワケだわ。

 でも、それだけではなかった。ネリアはネリアなりに俺たちを狙って活動していたのも事実だ。


「──ヴァイス様」


 その時、ヴァイスの前にもう一人のムキムキが歩み出た。


「アルゴか。久しぶりだな」


「……僭越せんえつながら、ネリア様はヴァイス様が思ってらっしゃるよりも、立派に活動されております。地球侵略には至らずとも、確実に、良き成長を遂げていると存じます」


「ほう」


 よく見ると、アルゴは拳を握りしめ、恐怖と戦っていた。

 他の小鼠やネリアも、不安そうにその様子を見つめている。

 恐らくあの男に意見するなど、ネズミ星人にとっても相当な事なのだろう。


「アルゴよ……お前、誰に物を言っているか分かっているのか?」


 ヴァイスはアルゴの眼前まで歩み寄ると、拳を振り上げた。

 しかしアルゴはヴァイスから目を離す事なく言った。


「はい」


 その瞬間、ヴァイスの拳がアルゴの顔面に向かって振り下ろされる。


「アルゴッ!!」


 ネリアの声がこだまする。

 アルゴは避ける素振りを見せない。覚悟は決めているようだ。伝えたい事を伝えるべく身を捧げた男のなんと潔き末路だろうか。

 しかし、その拳はアルゴのにぶち当たる直前で止まった。風圧だけが吹き荒れる。


「ヴァ、イス……様……?」


 一番驚いていたのはアルゴだった。

 呆気に取らられるアルゴに、ヴァイスは拳を下ろして言った。


「ふん、貴様、少しはマシになったな」


「……っ」


 アルゴの覚悟をくんでくれた、という解釈で良いのだろうか。

 このまま引いてくれる流れになってくれればありがたいのだが。


「アルゴ。お前の言いたいことは分かった。とりあえずネリアの事はいい。だが、それとこれとは別だ」


 ヴァイスはアルゴ手でのけると、俺達の方を向いた。緩みかけていた空気が一瞬で凍りつく。

 やっぱり簡単には見逃してくれませんかそうですか。


「目の前の獲物を、みすみす逃す愚か者はいまい」


「……どうやら、戦うしかないようね」

 

 途端、会長の全身が黄色いオーラを放ち始めた。

 あれは、俺がヌー子とシンクロした時の現象に似ているが、どこか様子が違う。 

 会長がイヴさんに手をかざすと、今度はイヴさんから、会長以上のオーラが溢れでた。


「──行きます」


 瞬間、イヴさんが消えた。

 いや、正確には消えたように見えるほど高速で移動したのだ。俺が気づいた時には既にヴァイスの懐へと入り込んでいた。


「ぬっ!」


 ヴァイスは一瞬意表をつかれたような表情をするも、即座にイヴさんに向かって拳を突き出した。

 しかしイブさんは凄まじい緩急で加速し、ヴァイスの背中に回り込むと、左肩に向かって踵落としを叩き込んだ。

 ヴァイスは顔を顰めながら片膝をつく。


「なっ……! ヴァイス様に膝をつかせたっ……!?」


 アルゴとネリアも信じられないものを見たように驚愕している。

 明らかにさっきまでとはパワーもスピードも段違いだ。まるでスーパーサ◯ヤ人、もしくはル◯ィのギアセ◯ンドみたいだ!

 こんな状況だけど胸熱な少年誌展開になんかオラワクワクすっぞ! 


「ニャクラメントの力か。本当に厄介な存在だ」


 落ち着いて構えるイヴさんの顔にはさっきよりも余裕があるように見えた。


「にゃあもまだまだいけるにゃ! 次は全力でいくにゃ!」


 まるでさっきのは全力じゃ無かったかのようにのたまう鳴海さん家のヌー子さん。

 本当に? と言いたい所だが、折角イヴさんがいい流れを作ってくれたのだ。野暮な事は言うまい。ノリと勢いは大事だってジャ◯プで学んだからね。

 イヴさんが俺にアイコンタクトを送った。

 ドキっ! じゃなくて。ヌー子の事は心配するなって言いたいんだろう。

 イヴさんはヌー子に自分の援護に回るように指示をだした。

 本当に面倒見のいいできた猫である。


「イヴ! とっととあんな奴やっちゃいなさい!」


 会長の言葉にイヴさんは頷き、ヴァイスを見据える。


「それでは、第二ラウンドと行きましょう」




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