第19話 恋バナ-girls side-


「誰にって、え?」


 アルゴの言葉に、一瞬思考がフリーズする。


「いや、あんだけのべっぴんに囲まれてりゃ、当然意中の相手ぐらいいるんだろ? それとももう誰かと付き合ってんのか?」


「な、何言ってんすか。あいつらはそんなんじゃないっすから。やめてくださいよも〜」


「いつまでもそのままじゃいられないぜ。男ならどっかでバシッと決めなきゃなんねぇ」


「ちょっと勝手に話進めんな!」


 何この恋愛脳ゴリラ。ネズミだけど。

 仲良い男女が必ず恋愛に発展するとは限らないでしょうが。

 てかその『青いな……』みたいな達観した表情やめろゴリラネズミ。


「仮にお前にその気が無くても、あっちはわかんねぇぜ」


「ないない」


「あっ、お前! 姐御にだけは手出したら承知しねーからな!?」


「そんな訳ないでしょ……」


 やっぱ好きじゃん……。


 その時、仕切りの向こう側、女湯の方から微かに話し声が聞こえてきた。

 どうやら女性陣も入浴しに来たらしい。

 俺とアルゴは、目と目で通じ合い、黙って女湯から漏れ聞こえてくる会話に耳を澄ます事にした。


 …………

 ……


 ──girls side──


 葉月が露天風呂エリアに入ると、そこには、絶景の前で気持ちよさそうに湯船に浸かるシトリンがいた。

 

「会長。もう入ってたんですね」


「いえ、私もさっき来た所よ」


 葉月はシトリンの近くまで来て湯に浸かると、目の前の豊満に実る二つの果実に目が釘付けになった。

 いったいどうしたらあんなに大きくなるのだろう。


「いいなぁ……」


「?」


「あ、いえっ! 今日はありがとうございます。こんな良い温泉に連れてきてもらって」


「いいのよ。ニャクラメント関係の事に色々と巻き込んでしまったもの」


「イヴさんは来てないんですか?」


「いるわよ。ヌー子リンと一緒にサウナに行ってるわ」


「ぷ、なんですかヌー子リンって」


 葉月はなんだかおかしくなって笑ってしまった。シトリンから来てるのか、ゆう◯りんから来ているのかが気になる所だ。


「ガガーリンっぽくていいでしょ?」


「まさかの人類最初の宇宙飛行士!」


 因果関係をすっ飛ばした自由な発想に面くらいつつ、葉月は気になっていたことを聞いてみる事にした。


「会長。一つお聞きしたい事があるのですが」


「なにかしら? なんでも聞いて頂戴。森羅万象、全てに精通するこの私が答えてあげましょう! そして死海文書にもラグナロクにも書いてない世界の真実を、あなたに!」


「いや、そんな大規模な事じゃないです……智と事で」


「トムがどうかした?」


 最初から聞こうと決めていたことだ。

 そして今、シトリンと二人で話せる機会が来た。

 少しだけ、心臓が高鳴る。今更躊躇する訳にはいかない。

 葉月は一拍置いた後、はっきりとした声音で言った。

 

「会長は智の事、どう思ってるんですか?」


 ──言ってしまった。

 葉月は心のどこかで、焦っていた。

 これまで幼馴染という立場に甘え、智の横にいるのが当たり前と言うぬるま湯に浸かってきた。しかしそれは変わりつつある。というか変わった。

 今、智の周りには自分から見ても可愛いと思える美少女達が次々と集まっている。葉月にとって、これは由々しき事態である。

 このまま智の魅力を知る女の子が増えていったら、智は自分から離れていってしまうかもしれない。

 そんな焦燥感が、ここ最近の葉月の心を蝕んでいた。


 嫌……智は、私だけのものなんだからっ。

 ぽっと出の娘達に積年の想いを邪魔されてたまるものか!


 智と一緒に過ごした時間だけは誰にも負けない。その幼馴染としての矜持だけが、葉月を支えていた

 葉月にとって現状、目下最大の敵は五階堂シトリンだと考えていた。日本人でありながら日本人離れした美貌を持ち、抜群のスタイルで男を魅了する。お金持ちのお嬢様キャラっていうのも強力だ。強引でバカっぽいのも、男の子には刺さるってどこかで聞いた事がある。智も例外とは限らない。

 何より一番アドバンテージなのは……。


「どうって? 同じニャクラメントとして、協力し合えたらと思ってるわ」


 これである。

 ニャクラメント。智とシトリンを繋ぐ葉月には無い共通点。

 事実、智とシトリンが近しい関係になったのもニャクラメントがきっかけなのだ。

 しかし葉月が聞きたいのはそんな事では無い。葉月は今一度、覚悟を決める事にした。


「私が言いたいのは、異性として……男としてどう思ってるかと言うことですっ!」


 どりゃあ! と言わんばかりの葉月の勢いに目を丸くするシトリン。

 ぎゅっと目をつぶって顔を赤くする葉月。

 これでは自分が智を好きだと言っているような物だ。そう思い、益々顔が熱くなった。

 シトリンはしばらく考えてるような仕草をした後合点がいったように手を叩いた。


「あっ! もしかしてあなた、トムの事が好きなのね?」


「〜〜ッ!」


 シトリンのあまりに直球な返答に、葉月はボフンと頭から湯気を出した。


「安心して。トムは私にとって大事な仲間。それ以上でも以下でもないわ」


「ち、違うんですっ、ちょっと気になっただけで、別に好きとかじゃっ……!」


「あら、そうなの?」


「も、もちろんじゃないですか〜っ。はは、はははははハハノシキュウニカエリタイ……」


「星宮様、今更隠した所で無意味かと」


「イヴさん!?」


 いつのまにか、葉月達の浸かる湯船のそばに、イヴとヌー子が立っていた。


「気付いてないのご主人くらいだにゃ」


「ヌー子ちゃんまで!!」


 ヌー子は湯船に入ると、葉月に向かって勢いよく温泉のお湯をかけた。


「きゃっ、何するの!?」


「ご主人は渡さないにゃ! シャー!!」


 尖った八重歯と爪を見せ葉月を威嚇するヌー子。イブはシトリンの横まで行くと、寄り添うようにゆっくりとお湯に浸かった。

 

「星宮さんも大変ですね」


「……うん」


 落ち着きのあるイヴさんの声で、葉月は自分まで冷静になれた気がした。

 智はこういうタイプが好きなんだろうか、と思った所である事に気付く。


「意外と、大きい……」


 イヴは葉月の視線が自分の胸に向いているのを察して、恥ずかしそうに軽く腕で隠すそ素振りをした。


「そんなに見ないで下さい。星宮さんだって十分あるではありませんか」


「いやいやお二人に比べたらカスみたいなもんです」


「そんな死んだ魚みたいな目で仰らないで下さい。まだまだ成長期ですし」


 葉月が目を逸らした先にあったのはヌー子の胸。

 まぁ、この子よりは……フっ。


「今すごい失礼な事言われた気がするにゃ。ぶっ飛ばしていいかにゃ?」


「気のせいよ。そんな訳ないじゃない」


「ならいいにゃ」


「でも元気でたわ。ありがとう」


「やっぱ殴っていいかにゃ!?」


「ヌー子さん。温泉では大人しくしなきゃダメですよ」


 イヴになだめられながらも、ヌー子は不満そうに葉月を睨んでいた。


その時、露天風呂の扉がガラガラと開き、入ってきたのはネリアだった。

 スレンダーな体にタオルを巻きつけ、シトリンやイヴ程では無いにしろ、そのモデル顔負けのスタイルに葉月の目は釘付けになった。

 ぐぬぬ。なんだかんだでこの人も油断できないのよね……。

 葉月は心の中で警戒心を強める。

 今のところ敵同士であり、智も嫌っているようではあるが、そういう関係からまさかの……なんてパターンもある。

 最初は恨みあってた二人が物語の中で惹かれ合い……定番っちゃ定番だ。

 何が起こるかなんて分からないのだ。既についこの前智の命を狙っていた相手とこうして一緒にお風呂に入っているのだから。冷静に考えて異常事態である。

 ネリアは葉月達がいるのを確認すると、フンと言って別の湯に浸かった。


「ほんと、素直じゃないわね。本当は一緒に入りたいくせに。私たちと仲良くおっぱい相撲したい癖に」


 シトリンはわざと違う湯にいるネリアに聞こえるような声量で言った。

 

「そんな訳ないでしょ! 何よおっぱい相撲って!」


「おっぱい相撲……それは古より伝わる伝統格闘技……」


「イヴさんもこういう冗談のっかるんですね」


 葉月は意外そうにイブに言う。


「あら、冗談ではないわよ? 実際五階堂家の女は皆おっぱい相撲をたしなんでいるわ。あなたもやってみる?」


「遠慮しときます」


 なんだか下品そうだと思った葉月は、丁重に断った。

 しかしここで、葉月にとって朗報。


「おっぱい相撲には豊乳効果があるとされ、五階堂家が皆巨乳なのも、それが関係しているようです」


「やります(真顔)」


「しかし葉月様、先程モノローグで下品とおっしゃ──」


「──やりますッ!(迫真)」


 葉月の真っ直ぐな瞳に気圧されるイヴ。

 そしてシトリンが待ってましたと言わんばかりに、その豊満なバストを揺らしながら立ち上がった。


「決まりね。それじゃ、最強のおっぱいを決めるとしますか──イヴ、準備を」


「御意」


 こうして、山奥の秘湯にて、謎のおっぱい相撲対決が始まろうとしていた。

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