第18話 恋バナ


「ついたわ」


 1時間ほど車に揺られたどり着いたのは、山奥にそびえる古風な温泉宿だった。

 建物自体はそれなりに大きいが、豪奢な印象はなく、周囲の自然と溶け込むような木造建築。会長のゴージャスなイメージと違い、思いのほか意表を突かれた。


「なんか、会長の事だからもっと豪華リゾート的な所に連れてこられるのかと思ってましたよ」


「風情を重んじなきゃね。私、理解わかってる女だから」


「でもここ、温泉宿なんですよね? 他にお客さんとかいたら……」


「大丈夫よ。今日は貸し切りだから」


「さいですか」


 もう何も聞くまい。

 俺がそう思ったとき、おぶっていたヌー子が目を覚ました。


「んん〜。もうついにゃ? にゃにゃ!? なんでネズミ共がいるにゃ!?」


「まぁ、色々あってな。今は一時休戦だ」


「ここの露天風呂は格別よ。さぁ、早く入りましょう」


 会長の顔パスで受付を通過した俺たちは、一人一部屋カードキーを貰った。因みに俺とヌー子だけは同じ部屋だ。

 部屋に荷物を置き、着物風の館内着に着替えると、旅館に来たと実感する。ヌー子の耳と尻尾も不思議と馴染んで見えた。

 客室のレイアウトだけでも、和の魅力を存分に味わう事ができた。


「ご主人、これ食っていいかにゃ?」

 

 ヌー子はテーブルに置かれている和菓子を手に取っていた。

 旅館の部屋にあるお菓子ってなんかいいよね。旅の醍醐味だ。旅じゃないけど。

 

「俺の分は残しとけよ」


 一息ついた俺たちは、早速入浴場に向かうことにした。


 …………

 ……


「すげぇ……」


 湯気の立ち込める露天風呂は、まさに秘湯と呼ぶにふさわしい開放感であった。

 自然を意識できる石畳と湯船を囲む植物。

 浸かりながら見える景色は絶景で、都会の明かりと満点の星々が煌めいていた。

 控えめに言って最高である。後で星5付けておこっと。


「あれが残業に燃ゆる、社畜の光」


「うわっ、いたのかよ!」


 いきなり横に現れたのは喜一だった。水も滴るいい男というか、湿った髪のせいで色気も四割り増しだ。

 てかなんでこいつタオルで胸隠してるの?

 そんな俺の疑問などよそに、喜一は遠い目で景色を眺めている。


「いずれは僕達もあの光の一部になるんだよね。それとも星の光の方かな。どっちもか」


「こんな所まできて夢も希望もない事言うなよ。どうせなら夢語ろうぜ」


「君のお嫁さんになりたい」


「来世に期待してくれ」


「ひどいなぁ」

 

 さらっとあしらいながらも、見た目だけなら胸にタオル巻いた美少女に少しクラッと来てしまったのは内緒だ。

 

「──お? 先客か?」


 俺たちのいる露天風呂にガラガラとスリガラスのドアを開けて入って来たのは、ガタイのいい強面に鼠耳のついた男、アルゴだった。

 げっ、やっぱこいつも来てたのか。


「へへ、まぁそんな構えんなって。とって食ったりしねぇよ」


 アルゴはそのまま俺の隣まできて、気持ちよさそうに息を吐きながら腰を落とした。

 近くで見ると凄い筋肉だ。日頃の修練の賜物だろう。正直、ちょっと憧れた。


「なんだ兄ちゃん。ガリガリじゃねーか。そんなんじゃ、大切なもん守れねーぜ」


「アンタが太すぎんだよ……」


 むしろどちらかと言えば俺は筋肉質な方だ。でも確かに、もう少し鍛えた方がいいかもしれない。

 決めた、明日から筋トレ始めよ。

 人生で10回目くらいの誓いを立てた俺は、一つ気になっている事を聞いて見る事にした。


「アンタって、ネリアの事好きなの?」


「…………」


「?」


「ふぅ……小僧、よく聞け。俺と姐御の関係は好きとか嫌いとかみてぇなぺらい言葉で括れるほど浅いもんじゃねぇんだよ」


 アルゴはどこか思い耽るように天井を見上げた。

 野暮な事を聞いたかも知れない。俺みたいなガキには分からない領分に踏み入ってしまった気がする。なんだか申し訳ない気さえする程、アルゴの声と顔が哀愁を漂わせていた。

 

「姐御を支えんのが、俺の生き甲斐なのさ」


「そうですか。なんかすいません。勘違いしてました」


「気にすんな。お前にもいつか分かる時がくる」


 ネリアとアルゴには、俺には推し量れない絆、積み上げてきた信頼がある。

 恋愛とか友情とか、言葉で簡単には表せない関係、

 俺だってかけがえの無いないものを持っている。アルゴを見て、俺もそういう人たちに誠実でいようと思った。


「だから、べ、別にすっ、すすす好きとかっ、そんなんじゃ無いんだからなっ!」


「…………」


 ああ、多分ネリアの事好きだなこいつ。

 そう思ってると、隣からツンツンと肩をつつかれた。


「僕には聞かないのかい? 一応僕にも好きな人いるんだけどな」


「どうせ俺とか言うつもりだろ?」


 喜一は悪戯いたずらに笑うと、湯船の中で手を合わせ、ぴゅっと湯を飛ばしてきた。


「おい、プールじゃないんだぞ」


「思い上がってる智は嫌いだな。僕が取られちゃってもいいのかい?」


「なんだよそれ。まさか本当に好きな人がいるのか?」


「いたら、どうする?」


 喜一は口元まで、お湯に浸かると、上目遣いで試すような視線をむけてくる。

 からかっているつもりだろうが無駄だ。この喜一という男は、自分の容姿が美少女然としている事を自覚している。故にそれを利用して、俺を誘惑する事で楽しんでいるのだ。始めこそ俺も動揺したが、流石にもう慣れた。


「どうもしねーよ。むしろ応援する。友達だからな」


「友達……ま、そうだよね。その時は頼らせて貰うよ。ちょっとのぼせちゃった。先に上がるよ」


 喜一は、どこか寂しさを伺わせながら湯船を上がろうとする。


「なんか怒ってる?」


「別に? なんで僕が怒るんだい? 君は何か怒らせるような事を言った自覚があるのかい?」


「いや、ないっす」


「それなら気にしない事だよ」


 うーん。と言ってもなんかいつもと違うんだよなぁ。そんなにっこり笑われると逆に怪しいわ。

 

「…………ばか」


 露天風呂エリアから出て行く直前、喜一が何か呟いた気がしたが、その声は良く聞こえなかった…………事にしておこう。やっぱり怒ってたみたい。ナンデェ?

 ま、さっきの感じじゃヘタに触れても逆効果かも知れないし、そっとしておこう。

 喜一が出ていき、アルゴと二人きりになる。

 適当に好きな芸人の話でも振るか〜。

 意外な事に俺は、人といて何も話していない時の、気まずさを感じる空気が嫌いなのだ。

 そう思って話しかけようとした時、先に口を開いたのはアルゴだった。それは俺が振ろうとしていた話題とは関係ない、さっきの話の続きだった。


「お前は、誰にするつもりなんだ?」


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