第17話 パラリラパラリラ☆


「それにしても会長、なぜいきなり温泉なんですか? それも私たちまで一緒に」


 葉月が遠慮気味に言った。

 このブルジョワ空間に萎縮しているようだ。

 それに比べて喜一はいつも通り澄ました笑みを浮かべている。

 ちなみにヌー子は、俺の膝枕で二度寝中だ。


「この前やった雪合戦の打ち上げをしてなかったと思ってね。最初からみんな連れて行くつもりだったからむしろ手間が省けたわ」


 どうやら一気に全員集まったのは偶然だったらしい。流石お嬢様、持ってらっしゃる。

 

「でもいいね。温泉なんて久しぶりだよ」


 喜一は相変わらずどこか楽しそうだ。

 俺もこういう余裕ある雰囲気の喋り方してみようかな。

 よし、俺は生まれ変わる。


「ふふ、ボクもさ。たまにはこういう息抜きも必要だよね」


 みんなが一斉に怪訝そうな顔で俺を見た。

 

「ん? 何かな? ボクの顔に何かついてるかい?」


「……そういえば、会長はいつから自分がニャクラメントだって気付いたんですか?」


 葉月は露骨に俺をスルーして会長に質問をした。


「もう5年以上前ね」


「へぇ〜。ずっと一人でネズミ星人と戦ってきたなんて凄いです」


「一人じゃないわ、イヴもいるし。普段は家から出て来ないけど、もう一匹いるのよ」


「いいなぁ、僕も猫飼いたくなってきたよ」


「うちはマンションがペット禁止だから無理なんだよね」

 

 …………。

 俺をスルーして普通に会話が続いてゆく。

 うん、これはキャラ変に成功したと言う事だろう。

 おはよう! 新しい自分!


「ふふ、でも最初ヌー子を拾った時は大変だったよ。動物を飼った事がないから分からない事が多くてね」


 もうこのスカした表情にもなれたぜ。

 しかし、その先も俺が話すたびに、まるで俺の発言が無かったかのように会話が進行していた。

 つまり、完全に無視されついる。

 なんて奴らだ……いいだろう。それなら認めさせるのみ。引かず媚びず顧みずの精神を見せてやる。


「ふふ、それにしても今日は星が綺麗だね」


 俺はそう言って窓から外を眺めた。

 気付けば辺りは自然に囲まれており、ほとんど車通りもない山道にさしかかっていた。

 すると、そんな景観に似つかわしくない騒音が遠くから近づいてきた。


 パラリラパラリラパラリラパラリラ


「なにあれ、暴走族?」


「みたいだね」


 葉月達も窓の外に目を向けた。

 ブンブンとエンジンを唸らせるバイクの群れが、すぐそばまで迫っていた。

 さらに俺たちが乗るリムジンを取り囲むように陣形を作った。


「ふふ、また変なのに絡まれそうだね」


 この程度でキャラがブレる俺では無い。

 

「イヴさん!」


 不安がる葉月。イヴさんは眉を顰めて運転に集中している。

 会長だけが、一人だけ落ち着いた様子で紅茶をすすっていた。

 こういうのはとにかくやり過ごすしか無い。

 リムジンに並走する族の一人が窓をノックしてきた。開けろと言う事だろうが、素直に従うのは危険すぎる。


「開けてやりなさい」


 会長が言った。


「えっ! いいんですか!? 何してくるかわかりませんよ!?」


「そうだね。最近の若者は何するか分からないからね」


 喜一がゴリゴリの偏見を口にする。

 まぁ、たしかにこいつらがそうじゃ無いって補償はないけど。

 

「平気よ。多分ね」


「多分って……」


 葉月は完全に怯えて頭を伏せていた。

 

「ふふ、まぁ、なるようになるさ」


 俺はそれっぽい事を言いながら、窓の開閉ボタンを押した。

 ウィーンと窓が引き下がると、バイクに乗っている奴もヘルメットのフロントシールドをあげた。

 あれ? この目元、確か……。

 そいつは車の中を見渡して言った。


「やっぱりあなた達ね! 五階堂シトリン!」


「あら、ごきげんよう、ネリマ」


「ネリ《ア》よっ! 東京の地名と一緒にしないでっていつも言ってるじゃ無い!」


 暴走族の正体はネズミ星人だった。

 よく見ると、他のバイクに乗っているのは小鼠達の様だ。

 

「ふふ、君たちが暴走族だったなんてね。なんでこんな所にいるんだい?」

 

「何そのキモい喋り方? 似合わない事しない方がいいわよ?」


「……」


「あらら、言われちゃったね智」


「う、うるせー!! 暴走族やってるネズミに言われたくねぇんだよ!!」


 俺は感情に従って叫び散らした。


「やっぱ智はそうじゃ無いとね!」


 喜一の言葉にみんなが頷いた。

 くそが。やはり俺に意識高い系台詞回しは向いて無かったみたいだ。潔くキャラ変は諦めるとしよう。

 さようなら新しい自分。おかえりいつもの俺。

 

「それで? なんでお前らがこんなとこいんだよ?」


「この辺はよく走りにくるのよ。そしたら珍しくリムジンが通ったから気になってよく見たら、ナンバーが4106シトリンで確信したわ」


 どうやら偶然ネリア達が走ってる所に居合わせてしまったらしい。

 

「カーチェイスでもやろうってか? 勘弁してくれ」


「違うわよ。そんな危ない事しないわ。道交法は大事よ」


なんでこいつらたまに真人間みたいなこと言うの? 侵略しに来てるくせに。

 なんか普段素行の悪い不良が、合掌コンクールの時だけ熱血感ぶって声出してない隠キャを叱るみたいな。強面で冷たい奴が猫可愛がってると良いやつに見える風潮みたいな。

 そういうの嫌いだわー。


「ところでアンタ達こそ、何処行くつもりよ?」


 それは俺も気になる。

 温泉と言う事は分かるが馬鹿正直に教えていいのだろうか。


「温泉よ」


 隠す気は無かったようだ。

 いずれにせよ、後をついてこられたらバレてしまう事だ。

 

「温……泉……」


「天然かけ流しよ。疲労回復美容効果あり。日頃の疲れも吹き飛ぶわ。あー楽しみだわー。早く着かないカナーっ」


 うわーあからさまな自慢! これは腹立つ。

 実際ネリアは眉を顰めて唇をハの字につぐんでいる。内心羨ましがっているのが透けて見えた。


「……さいょ」


 ネリア何か言った。

 嫉妬に猛るプライドを抑え込んんでいるような絶妙な声音はどんな名女優にも真似できない位に、嗜虐心しぎゃくしんくすぐる。


「私たちも……っ、連れて行きなさいよ!」

 

 いやいや、何を言い出すかと思えば……。

 わざわざ適と温泉に行く馬鹿が何処にいるんだよ。冗談はそのアホみたいな耳だけにしとけ。


「仕方ないわね。いいでしょう。特別よ?」


「ですよね、連れて行くわけ……えぇっ!?」


「昔から一度言い出したら聞かないもの。それに、これは雪合戦の打ち上げ。彼女達にも参加する権利はあるわ」


 ガッツポーズのネリアと、優雅に紅茶を啜る会長。

 君ら、やっぱ仲良いだろ?

 そして俺たちを乗せたリムジンは、後続にバイクの群れを引き連れたまま、目的地へと走り続けた。

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