第16話 勉強会、か〜ら〜の〜?


 あの雪合戦から数日が経ち、今のところネリア達に襲われるといった事もなく、俺は平和な日常を送っていた。

 そんなある日、ヌー子が突然、文字の書き方を教えてほしいと言ってきた。

 どうやらヌー子は、ニャクラメントの力で言葉は話せるようになったが、文字の読み書きは苦手らしい。


「どうしたんだよ急に?」


「ご主人には関係ないにゃ」


「変なもんでも食ったか? 人間だってなんでも食べれるわけじゃないんだぞ」


「もーっうるっさいにゃー! いいから教えるにゃ!」


 どうやらあまり詮索してほしく無いらしい。

 それから俺は夜に小一時間、ヌー子に文字の勉強を教える事になった。さすがに喋れるだけあって飲み込みも早い。この調子ならすぐにマスターするだろう。

 …………なんて、まったりしてる場合では無い。

 俺はカレンダーを確認し、現実を受け入れる。早速葉月に電話をかけた。

 まるで俺から連絡が来るのを知っていたかのように即座に繋がった。

 俺は開口一番にこう言った。


 「勉強教えてくれぇぇええええ!!!!」


 ここ最近のゴタゴタのせいで、来週に迫る期末テストの事を完全に忘れていたのだ。


 …………

 ……


 「というわけで、この度は皆さんご集まりいただき、誠にありがとうございます」


 俺はワイングラスに注いだスパークリンググレープジュースa.k.aファ◯タを掲げながら、勉強会開催の音頭を取った。

 場所はうちのリビングだ。


「あんたねー。いつも赤点ギリギリなんだから日頃から勉強してないとダメっていつも言ってるじゃない」


「ごめんなさいママ」


「ママ言うなっ!」


「僕まで参加して良かったのかい? もちろんありがたいけど」


「ああ、当然だ。頼りにしてるぜ友よ」


 戦力は多いに越した事はない。喜一は学年順位に於いて葉月に負けず劣らず100位以内に入る学力を誇る。1学年に3000人以上いる水麗学園では相当上位である。

 

「いや、そうじゃなくて、星宮さん的にお邪魔かなって」


「え? 私?」


 葉月は一瞬キョトンとすると、みるみる顔を赤くして、焦り始める。


「なっ、何言い出すのよ! 私は別にそんなんじゃっ……! あんたがいなかったら二人きりになっちゃ……! あ、やっぱり帰って貰っていい?」


「急に冷静になられると怖いんだけど……」


「にゃあもいるにゃ」


 ヌー子がこたつの中から出てきた。

 

「わっ、びっくりした!」


「猫はこたつでなんとやらって奴だね」


 ヌー子はいつも通り文字の勉強だ。折角なのでひらがなドリル漬けにしてやるとしよう。

 わざわざ休日に集まったのだから、最大限の成果を上げなければと、内心気合いを入れ直す。頑張ろっと。

 勉強を開始して暫く、俺は圧倒的な集中力を発揮し、ゾーンに入りかけていた。脳内のブドウ糖がゴリゴリ削られていく感覚。目に見える全てが高速で処理され、今ならどんな知識でも吸収できる気がす──。


「にゃー! このシャーペンすぐ芯が折れてイライラするにゃ! やっぱ鉛筆に限るにゃ! シャーペンはニワカにゃ!」


 突如両腕を振り上げ発狂したヌー子にびっくりして、俺のゾーンはあっけなく解けてしまった。


「オイオイなんて事してくれんだ! 俺のゾーン返せ!」


「知らないにゃ〜」


「この野郎!」


「にゃ!? や、やめるにゃー!」


 俺はヌー子に掴み掛かると、脇腹を思いっきりくすぐってやった。


「ほんと仲いいねぇ」


「……一旦休憩にしましょっか」


 どっちにしろ、一度集中の糸が切れてしまったのは確かだ。

 喜一と葉月に呆れられつつ、切り替えがてら一息つく事にした。

 おやつに用意しておいたお菓子を食べながらまったりする。


「宮原くんっていつもどれくらい勉強してるの?」


 ラングドシャの包みを開けながら葉月が言った。


「授業中以外ではそんなに勉強ってしたことないなぁ」


 で、出た〜っ! 地頭いいです自慢! かっこつけやがって。言わないだけで本当は家でシコシコ勉強してんだろ! おとなしく白状しなさい!


「うそつけ! 実は勉強漬けなんだろ! そうなんだろ? そうだと言ってくれ!」


「なんで智が必死なのよ……。でもやっぱりすごいわね。私は毎日予習復讐してるから羨ましいわ」


「そんなことないよ。むしろ勉強を日課にできる方が凄いと思うけどね。とても真似できないよ」


 優等生同士の会話うぜぇ〜。そんな優等生に助けてもらわないと学園生活を謳歌できない俺情けね〜。とは思いつつ、勿論二人には感謝している。

 だけど涙がでちゃう、落ちこぼれだもんっ☆


「だからこうしてみんなで勉強会って言うのも初めてだからすごく楽しいよ」


 喜一が俺に微笑みかける。

 相変わらずの美形だ。男の俺でもドギマギしてしまいそうになる。

 

「んっ……智……」


 喜一の顔がそのままゆっくりと近づいてきたので、手を当てて押し返す。


「やーめーろっ。なんでキスする流れみたいになってんだ」


「ダメなのかい?」


「当たり前だろ。なんで男とキスせにゃならんのだ」


「僕は構わないけどね」


「俺は構う!」


 ってこのくだりいつもやってんな。

 そういえばさっきからヌー子が静かな事に気づいた。

 ヌー子の方を見ると、コタツから上半身を出したまま、大口を開けて寝てしまっていた。

 ……ま、このままにしておいてやるか。

 俺達はヌー子を寝かせたまま勉強を再開した。

 あっという間に時間が経ち、気がつくと外も暗くなっていた。日が沈むのも早くなったものだ。

 

 

「それじゃ、ちゃんと一人でも勉強するのよ?」


「ああ、この後もカンニングの手法についてよく調べるつもりだ」


「人は怠惰を求めて勤勉に行き着く生き物なんだよね」


「こら。……って宮原くんも納得しないっ」


 そうして二人は帰って行った。

 流石に日中の間ずっと勉強してたからか、それなりの疲労感に包まれていた。

 なんだか、久しぶりに温泉にでも浸かりたい気分だ。

 

 ガチャッ。


「そんなあなたに朗報です!!!!」


 先程葉月達が出て行ったばかりの玄関が再び勢いよく開き、そこに立っていたのはいつも通り元気ハツラツな我らがシトリン会長だった。


「えっ!? な、なんで会長がここに!?」


 よく見ると、その後ろには苦笑いを浮かべた葉月と喜一がいた。


「いまあなた、温泉にでも入りてえなぁ……って思ったでしょ?」


「なんで分かったんですか!」


 この人エスパーかよ。


「その願い……この五階堂シトリンが叶えましょう!」


「それってどういう──」


「なんにゃ〜。騒がしいにゃ〜、ってなんでバカキンパがいるにゃ?」


 こたつで寝ていたヌー子が目を擦りながらリビングから出てきた。


「バカとは失礼ね! いいから早く支度しなさい! ヌー子ちゃんも一緒にね!」


 俺は言われるがままに準備して外に出ると、そこには閑静な住宅街に似合わないリムジンがで停まっていた。

 すげぇ、リムジンとか初めて乗るわ。

 ちょっとワクワクしてしまった。

 車の中は広々した対面型シートになっており、俺、ヌー子、葉月、喜一、会長の5人が乗り込んでも全く圧迫感を感じなかった。


「イヴ、出してちょうだい」


「了解しました」


 運転席からイヴさんの声。てか猫なのに車も運転できるのかよ。


「ご安心を。ちゃんと免許も持っていますよ」


 イブさんはこちらに見える様に、免許証を指の間に挟んで提示した。

 なんで猫が免許証持ってんだよ……。


「会長、温泉ってどこに?」


 猫がいる以上、一般客と一緒という訳にも行かないだろう。


「ついてからの、お、た、の、し、み、♪」


「あ、そっすか」


 あざとい仕草をして勿体ぶってくる会長。

 どこまでもマイペースなお嬢様である。

 そうして俺達を乗せたリムジンは、どこかの温泉地に向かい走り出した。

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