第15話 シンクロ


「私のスノーマチルダがああああ!!」


 ギャン泣きしながら戦車に駆け寄る会長。アルゴの方はどうやら気を失っているようだ。


「にゃはは! 思い知ったかにゃ!」


 そう言いながら、ヌー子が威風堂々と歩いてくる。やはりアルゴを吹っ飛ばしたのはヌー子らしい。


 状況を確認しよう。会長自慢の戦車は壊れてしまったが、猫さんチームには俺、会長、ヌー子の三人が残っている。それに対してネズミさんチームはネリアと喜一の二人。勝勢と言っていい。

 ってあれ? 喜一はどこ行った?

 さっきまでネリアの横にいた筈なのだが……。

 あたりを見回すと、ヌー子の背後にある木の影から雪玉が飛んで来た。


「ヌー子っ……!」


「にゃ? 」


 それはあっけなくヌー子の背中にぶつかり崩れ落ちた。

 呆気に取られるヌー子。


「ヌー子さん。被弾により退場です」


「オーマイニャーー!!」


「ふふ、油断禁物だよ。これで勝負は分からなくなったね」


 雪玉が飛んで来た木陰から不敵な笑みを浮かべた喜一が出てきた。俺たちがアルゴと砲台に注意を取られているうちに移動したのだろう。

 なんてしたたかな奴だ。完全にしてやられた。最大戦力のヌー子を失った今、戦況は2対2の互角……いや、やや不利か。

 


「シトえもーん! なんか他に秘密道具みたいなの出してよ!」


「人を猫型ロボットみたいに呼ばないで!」


 どうやらもう品切れらしく、こっからは正面切って戦うしか無いようだ。俺たちは鉄屑と化した戦車を中心に戦闘を開始した。

 俺と会長で両サイドを警戒しながら回り込んでいく。


「上よっ!」


 会長の声に反応し上を見ると、戦車の上に喜一がいた。

 まずい、基本戦いは高台が有利、人間は上からの攻撃ほど無防備になるのだ。


「う"ぉら"っ!」


 会長が野太い掛け声と共に雪玉を投げるが当たらない。てか意外と肩強いなこの人。

 

「えい」


 会長の強肩振りに気を取られている場合では無い。喜一は無数の雪玉俺達に向かって振りまいた。


「なっ……」


 雪玉の雨。上方の利を最大限に活かした面での攻撃。

 避けきれないっ……ここまでかっ……。

 俺は敗北を悟り目を閉じた。


「トムっ!」


 強い衝撃と共に俺は地面に押し倒され、目を開けると、目の前に会長のたわわな果実があった。

 どうやら俺は会長に押し倒されたらしい。


「会長……!?」


「あとは任せたわ」


「お嬢様。被弾により脱落です」


 会長は身を挺して雪玉の雨から俺を庇ってくれたのだ。

 自分の情けなさが嫌になる。思えば、俺はみんなに守られてばかりじゃないか。みっともねぇ。

 そう思うと、なぜか瞼が熱くなった。


「智ー! 頑張って!」


「ご主人! まだ終わってないにゃ!」


 葉月とヌー子の声援が聞こえた。こんな俺に期待してくれている。申し訳なさで胸がいっぱいになった。


「これで終わりだよ」


 喜一が横たわったままの俺に向けて振りかぶった。

 終わり? このまま何も出来ずに? 拉致されヌー子に助けられた時だって、俺は何もしていなかった。母さんが死んだ時だってそうだ。葉月が勉強を見てくれなかったらこの学園にだって入れなかっただろう。

 なのに、このまま終わっていいのか?

 俺はまだ何一つ……。

 何一つ──返せていないのにっ……!


「とらあっ!!」


 俺は勢いよく上体を捻り、雪玉を避けながら宙へと跳ね、体を一回転させて着地した。

 自分でも信じられない身のこなしだった。不思議な感覚だ。体の奥からエネルギーが湧き出てくるようで、とにかく体が軽い。


「あれは……間違い無い。シンクロです」


「にゃにゃ!? なんだか変な感じがするにゃ!」


 ヌー子の体からうっすらと黄色いオーラのようなものが滲んでいる。それは前にヌー子が必殺技のような物を使った時のに似ていた。気づけば俺の体からも同じオーラが出始めた。


「イヴさん、シンクロってなんですか?」


 葉月の質問に、イヴさんが答えた。


「ニャクラメントが猫に与えている力の一部を、一時的にニャクラメント自身にも共有する能力です。契約した猫ほどではありませんが、常人離れした身体能力を得る事ができます」


「へぇ、でもどうしていきなり?」


「わかりません。未だに発生条件には謎が多いですから。しかし猫との間にある強い絆と、強い意志が必要な事は確かです」


 よく分からないが、とにかく今の俺ならこの状況をひっくり返せるって事だろっ!

 俺は勢いよく飛び上がると、喜一のいる戦車の上に降り立ち、速やかに背後を取って喜一に雪玉をぶつけた。


「あちゃー。やられちゃった」


 喜一は参ったと両手を上げて戦車から降りていく。

 これで残りはネリアだけ。すぐにカタをつけてやる。

 そう思ったがなかなか見つからない。どこかに隠れたか?

 俺は戦車を飛び降り、今度は公園中の物陰を探し回るが見つからない。

 どこにいる……?

 再び戦車の方を見ると、戦車の下で何かが蠢くのが見えた。


「そこか!」


 俺に気づかれのを悟ってか、ネリアは戦車の下から這い出ると、裏側へと回って行った。

 一応、ネリアは雪鉄砲を持っている。

不意の一撃に気をつけながら回り込んで行くと、ついにネリアの背中を捉えた。

 ネリアも俺に気づいて銃を向けるが遅い、俺は至近距離まで近付き、雪鉄砲を掴み取りに行く。体にさえ触れなければ失格にはならないハズだ。


「これで終わりだっ!!」


 その瞬間、身体中の力が一気に抜け、飛びかかった勢いのまま、バランスを崩してしまう。


「きゃあっ!」


 ネリアを押し倒すように倒れかかった俺は、左手に何か柔らかい感触を感じた。

 服越しにも分かる確かな膨らみと弾力。これは……。


「いやあああああああ!!!!」


 パチンッ!


 ネリアに思いっきりひっぱたかれた俺は、左頬に焼けるような痛みを感じながら、慌ててネリアの上から離れた。


「両者、相手への暴力行為により失格! よってこの勝負、ドローとします」


「ちょっ!? なんでよ、先に触ってきたのはこの男よ!? しかもっ、わわわたしのっ、むねをををを!」


 イヴさんの宣言に納得いかない様子のネリアが抗議するが。イヴさんは表情を変えずに坦々と告げた。


「ですか、不可抗力でもあり攻撃行為ではありませんでした。ネリア様も、ビンタは明確な攻撃行為ですが、条件反射的に仕方なかったとも言えるでしょう。故に、お互い様という事で」


「なっ……」


 うーん。妥当。

 正直、もう体に力が入らないのでありがたいと思った。このまま仕切り直しても勝機は薄いだろう。

 どうやらシンクロってのは大幅に体力を消耗するらしい。代償ってやつか。


「いい試合だったわ」


「……ふん。ま、今回は仕方ないわね。けど、次はないわよ」


 会長とネリアが力強く握手を交わすと、ネズミ星人達は潔く帰って行った。

 てか君ら仲いいの?

 何にしても、俺は何とか生き残ることができた訳で、結果オーライ、的な?

 気の抜けた俺はその場に寝転びながら、雲間から覗く太陽に目を細め、安心に胸を撫で下ろすのだった。

 

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