第13話 負けられない戦いがそこにあるッ!


 翌朝、俺はヌー子と共に待ち合わせ場所の公園に向かっていた。

 夜中降り続いた雪のおかげで、大地一面、木々や建物の屋根に至るまで綺麗に白く染まっていた。

 陽の光を反射し、キラキラと輝く銀世界をヌー子は踊るように跳ね回っている。

 来た道に残る二人分のわだちを見て、 俺はスマホのカメラを起動させると、そんな何でもない光景を記録に残した。


 ──思い出は形に残しなさい。そして大切にしなさい、それはとても素敵な事だから。


 昔、母さんが言った言葉。今更、その言葉の意味がわかった気がする。


「ご主人。何してるにゃ?」


「写真を撮ってたんだ」


「なんか意味があるのかにゃ?」


「ああ、人の記憶ってのはどうしても色褪せてしまうものだから。いつでも思い出せるように、証を残すんだよ」


 ヌー子はキョトンと首を傾げた。

 ちょっと難しかったかな?

 それからヌー子は俺の腕にしがみつくと、大きく笑ってこう言った。


「それじゃあ、にゃあはご主人と一緒に撮りたいにゃ!」


「……ッ」


 俺はなんと愚か者か。

 大切な物は目の前にいるあるというのに、足跡なんか撮ってどうするんだ。どうやらまだ寝ぼけているらしい。

 俺はカメラを自撮りモードに切り替え、ヌー子とのツーショットを撮影した。

 ヌー子にも後で現像して渡してあげよう。


「お熱い事で、お二人さん」


「わっ! 葉月っ」


 急に後ろから声をかけられた俺は、驚いて雪の上に尻餅をついた。

 

 カシャッ。

 葉月の持っていたスマホからシャッター音がなる。

 

「あははっ! 智ださーい!」


「急に脅かすからだろっ」


 葉月は急いで立ち上がろうとする俺の手を引きよせると、顔を近づけてスマホを構えた。


 カシャッ。


「斗茂とのツーショット、ゲーット」


 写真には、虚をつかれた俺の間抜け顔と、葉月のカメラ目線の笑顔が並んでいた。

 すげー恥ずかしい。


「取り直しを要求する!」


「だーめっ。いいじゃない。かわいいわよ」


「女子の言う可愛いほど信用できないものはないんだぜ。真に受けると痛い目に遭うかもしれないんだぜ。そういう事で、今日は疑うべき女子の言動10選を紹介するぜ。それじゃあ、ゆっくりしていってね!」


 あまりに強く主張したい事だったので某饅頭解説動画みたいな口調になってしまった。

 

「私はこれがいいの。なんか智らしくて」


 葉月はスマホの画面に写っている写真に目を落とし、優しく笑った。どうやら本当に気に入ったらしい。

 むぅ、仕方ない。次までには咄嗟にキメ顔を作れるように修行を積んでおこう。


「ハヅキ! にゃあとも撮るにゃ!」


「う、うん……っ!」


 葉月はヌー子の言葉に心底嬉しそうに笑う。ヌー子に嫌われているとでも思っていたんだろうか。

 それから三人でも写真を撮って、俺たちは公園に向かった。


…………

……


 約束の公園(雪合戦会場)についた俺達だったが。まだ誰も来ていなかった。

 おかしいのは休日だと言うのに俺たち以外誰もいない事だ。それこそ、雪遊びしている子供達がいてもいいはずなのに。

 

「ねぇ智、もしかしてシトリン会長、忘れてたりしないわよね?」


「あはは……どうだろ……」


 それは無い、とも言い切れない。

 俺達が不安がっていると、見覚えのある集団が公園にゾロゾロと入ってきた。

 例によって、ネリア率いるネズミ集団だ。


「マジで来やがった……」


 正直、ネリア達が本当に来るとは思って無かった。

 どんな手を使ったのか知らないが、とりあえずシトリン会長すげぇ。


「また会ったわね」


 俺と目が合うと、ネリアは愉快そうに笑った。無駄に大物ぶりやがってからに。運動神経ない事バラすぞマジで。ついでにTバック履いてる事も。

 周りの幼女達も何故かしたり顔を浮かべている。

 いつも思うけどこいつらのこの自信どっからくるの?


「智、あれがネリアって人?」


 葉月が小さい声で聞いてきた。


「ああ、俺を殺そうとした奴らのリーダー」


「そう」


 葉月の表情が険しくなり、体に力が入ったのを感じた。きっと俺の為に怒ってくれてるんだろう。


「あら、今日は彼女連れ? なかなかお似合いじゃない」


「いやこいつは彼女じゃ……っ」


「──智」


 俺の言葉は葉月によって遮られるた。

 そして力強い眼差しで俺を見据えてくる。


「ネリアさんって、きっといい人だよ」


「葉月さんっ!?」


「にゃあああ!! 今日こそはコテンパンにしてやるから覚悟するにゃ!!」


 ヌー子はやる気十分と言ったように、ネズミ星人達に向け思いっきり拳を突き出し意気込んだ。


「それはこっちのセリフでチュ! ケツの穴かっぽじってよく聞くでチュ!」

「それを言うなら耳の穴でチュ」

「間違えたでチュ。恥ずかしいでチュ」

「ドンマイっ! でチュ」


 ヌー子と幼女が威嚇し合っていたその時。


「やぁ。みんな来てるね。ってシトリン会長は?」


 到着した喜一を見てネリアが言った。


「あなた、二股してるの?」


「いや、こいつはこう見えて男だ」


「僕は宮原喜一って言います。智の友達やらせて貰ってます。よろしくお願いします」


「ふん。どっちでもいいわ」


 ネリアに自己紹介した喜一は、早速と言わんばかりにヌー子に注目した。


「なんにゃお前? ご主人の友達かにゃ?」


「始めましてだねヌー子ちゃん……君が猫ねぇ。俄には信じられないけど、星宮さんまで言うんだから、そうなんだろうね。その帽子、ちょっと取ってみて貰えるかい?」


 ヌー子はあっさり頭から帽子をとると、ピクピクと耳を動かして自分が猫である事をアピールした。

 喜一はしばらく唖然として黙り込むと、納得した顔で言った。


「智、昨日は悪かったね。僕とした事が君を疑うなんて。友人失格だよ。恋人にされても文句は言えない……」


「いやむしろこっちが文句言うわ。なんで恋人になるんだよ」


 そんなこんなしていると、どこからか強風が吹き始め、頭上に一機のヘリコプターが現れた。

 おいおいマジかよ……。


「──負けられない戦いがぁっ! そこにあるッ!!」


 高らかな声と共にヘリから身を乗り出したのは、案の定、シトリン会長とその従者であるイブさんだった。

 イブさんが会長を抱き上げヘリから飛び降りる。

 音も立てずに着地すると、会長をゆっくりと地面に下ろし、ヘリは何処かへと去っていった。


「皆さん、お待たせ致しました。お嬢様がどうしても最後に登場したいとおっしゃるので、遠目からタイミングを見計らっていたのです」


「イヴ。そんな一々事バラさなくていいのよ? コホンっ。──どうやら、役者は揃っているみたいね」


「おお、ネタバラシされたにも関わらず、ちょうど今到着した程を貫いた。これが一流のお嬢様の振る舞いって奴なんだね!」


 喜一が大変感心しているが多分違うぞ。

 

「五階堂シトリン! 約束の通り来てやったわよ。私たちが勝ったら鳴海智の命はいただくわ」


「えっ!? ちょっと聞いてないですよ会長!」


「何を焦っているの? 勝てばいいのよ勝てば!」


「いやリスクデカすぎますって。俺だけ命懸けじゃないですか!」


「代わりに私たちが勝てば二度と狙われないわ」


 どうやら本当に負けられない戦いが始まりそうだ。

 猫さんチームは俺、ヌー子、葉月、シトリン会長。

 ネズミさんチームは、ネリア、アルゴ 眼鏡幼女、喜一。

 あれ?


「なんでお前そっちいんだよ!?」


 喜一はしれっとネリアの隣に移動していた。


「人数調整です。ネズミさんチームだけ子供が多くなってしまうので。公平を期しました」


 イヴさんの説明に納得……するかああああああ!! こちとら命かかってんだぞ!? 幼女相手でも百ゼロで大人気なく勝ちにいきたいんじゃ!


「ごめんよ智。でも手は抜かないよ。勝負だからねっ」


「張り切ってんじゃねえ! てかイヴさんは出ないんですか?」


 正直一番頼りになりそうなのに。


「私は審判を務めさせて頂きます」


「そうっすか……」

 

 たしかに、このメンツでまともに審判が務まりそうなのはイヴさん位だ。ただでさえアブノーマルな戦いになりそうな気がするし。


「それでは、ルール説明を始めさせて頂きます──」

 

 こうして、俺の運命を賭けた戦いが幕を上げたのだった。



 

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