第12話 プリンの恨みは恐ろしい
その日の夜、俺は順調に降り続く雪を自宅から眺めながら、葉月に電話かけた。もちろん、シトリン会長によって明日急遽開催される事になった雪合戦の件に関してだ。
「──つまり、お前も参加してくれないかって話」
『ツッコミ所が多すぎるわよ。そもそもシトリン会長ってあのシトリン会長でしょ? てゆーかいつのまに仲良くなったのよ』
電話越しの葉月の声が僅かに暗くなった気がした。
「俺もびっくりしたよ。まさかシトリン会長が同じニャクラメントだったなんてな。癖はあるけどいい人だったよ。癖はあるけど」
「ふーん、別にいいけど……。そもそもそれ私も参加していいわけ?」
「ああ、許可は貰ってる。信用できる人ならいいって」
「信用してくれてるんだ」
「当たり前だろ? 何年の付き合いだと思ってんだ。お前の事も信用出来なかったら、俺は全てを疑いながら生きなきゃいけなくなる」
「……ふ、ふ〜んっ、まぁ、ありがと」
「お、おう」
葉月のしおらしい反応に、なんだかこっちまで気恥ずかしくなる。
「あと喜一も誘うつもり。あいつも俺の事情知ってるし」
ついでにヌー子の事も信じて貰えるだろう。
喜一は俺が唯一気兼ねなく話せる女風男友達でもある。それにいざって時はなんだかんだ頼りになる奴だ。
「……それって私と喜一くんの信用度が同じって事?」
やべっ。ミスった。黙ってれば良かった。
「そういう意味じゃないよ。君が1番さハニー」
「あー軽い軽い。智にはそういうの似合わないから」
「ひでぇな」
もう言われ慣れてるけど。
そこで一度会話が途切れ、お互いに無言になる。
気まずさはない。相手との付き合いが長いと、会話中の沈黙なんて何ともおもわなくなるものだ。しんしんと降る雪でも眺めていれば、きっとどちらかが自然と口を開く。いつもの事だ。
「……智。無理してない?」
やれやれ、幼馴染ってのはなんでこうお節介な事を言いたがるのか。なまじ過去を知られているのも考えものだな。
「杞憂だよ。俺はいつもどおりラブアンドピースに生きてるよ」
「ド◯チェアンドガッ◯ーナ?」
「耳鼻科行ってこい」
電話の奥で葉月が微笑むのがわかった。
「私ね。実はヌー子ちゃんには感謝してるんだ。今の智がいるのは、ヌー子ちゃんのおかげだから」
リビングにいるヌー子に視線を向けると、ヌー子はソファの上で何故かけん玉をやっていた。
「にゃ! にゃ〜! 何で刺さらないにゃ!? イライラするにゃッ!」
ヌー子よ。それはもっとそっと扱うもんだ。宙に浮かせた球をフェンシングみたいに突き刺さすもんじゃない。
「ファ◯クにゃ!」
またどこでそんな言葉覚えたんだか。
ヌー子はけん玉をぶん投げると、ソファに飛び込んでテレビを見始めた。
俺はそんなヌー子に呆れながらも、葉月の言葉の意味を汲み取っていた。
ヌー子と出会う前の俺……色々やさぐれてたからな。葉月からしたらさぞ危なっかしく見えただろう。
中学時代母親を無くし、マザコンだった俺はそれはもう塞ぎ込んだ。そんな俺をずっと気にかけて構ってきたのが葉月だったのだ。
何もかも嫌になっていた俺は、葉月にさえぶっきらぼうな態度をとって遠ざけた。父親も海外仕事で滅多に帰ってこない放任状態なのもあり、俺は見事にグレた。
現実逃避とストレス発散がしたくて、瞬間的な娯楽に走った。
人間ってのは人生が上手くいかないほど、楽な方に格好つけたくなる生き物だ。学校をサボってゲーセンで格ゲーしたり。熱くなって突っかかって来た奴とリアル格ゲーに発展したり。はたまた地元の不良達と喧嘩した事をきっかけに変なチームに誘われ、隣町の不良達と抗争したりもした。
今思えば、我ながら似合わない事をしていたなと。
怪我の絶えなくなった俺を、葉月はいつも心配してくれていた。
暫くして、俺はたまたま雨宿りに寄った路地で、一匹の黒猫を見つけた。
ヌー子をうちに迎えてからというもの、俺の生活は変わった。俺に何かあったらヌー子はどうなるのだろう。そんな事を考えていると、いつの間にかこれ以上馬鹿な事をする気はなくなっていた。
それから真面目に学校にも行き始め、葉月の助けもあって、今まで遅れを取り戻すように猛勉強し、結果的に葉月と同じ、そこそこの偏差値を誇る水麗学園に入学する事ができた。補欠合格だったけど。
掻い摘んでの自分語りはこの位にして、話を戻そう。大切なのは未来なのだ。レッツアフューチャーってね。
「俺も、ヌー子には感謝してるよ。あいつがいなかったら、今もロクデナシのままだったかもしれないしな」
『今よりも、じゃなくて?』
「手厳しいな」
誰よりも俺を知っている葉月に言われると、なかなか否定しづらい。
『感謝はちゃんと本人に伝えときなさい。言葉にしておかなきゃ、いつか後悔する事になるかも知れないんだから』
「……そうだな」
その言葉はまるで、自分に言いきかせているようにも聞こえた。
母さんは葉月の事もすげぇ可愛がってたからなぁ。もしかして、葉月がやたら俺の世話を焼きたがるのって……。
「……義理堅いヤツ」
「なによ急に」
「別に。それじゃ、明日十時に公園でな」
「ちょっと、まだ行くって言ってないんだけど」
「こないのか?」
「……いく」
ポツリと言った葉月の返事に安堵し、俺はお休みと言って通話を終えた。
スマホをポケットにしまい振り返ると、ヌー子が不機嫌そうにこちらを見ていた。
「ご主人電話長いにゃ! もうお腹減って死にそうにゃ! あとちょっとで動物愛護団体に訴える所だったにゃ!」
「悪かったよ。今作るから待ってろって」
そんな不満気なヌー子を見て、不思議と笑みが溢れた。葉月のせいで、柄にもなく感傷に浸ってしまった。
「何ほくそ笑んでるにゃ!? ご主人ちょっとキモいにゃ……」
ふふ、エモーショナルモードの今なら何を言われても許せる気がするぜ。自分の寛大さが怖い。
「あれ?」
晩御飯を作ろうと冷蔵庫を開けると、確かに入っいた筈の三日月堂の高級プリンがない。帰りに買って食後の楽しみにしていたのに。
まさかと思いヌー子の方を見ると、口元にカラメルの跡のようなものが付着している。
「お、おまっ!? まさksNはKEAも
¥%○!?!?
声にならない叫びをあげる俺。
「にゃあは無罪にゃ。プリンなんて知らないにゃ」
自白したようなものである。
俺から溢れ出る尋常ならざる怒気を感じ取ったのか、ヌー子はジリジリとあとずさる。
「ち、違うにゃ! お腹が空いててつい不可抗力にゃ!」
「違くねーじゃねーかああああああ!!!」
「にゃあああああっ許してにゃああああああああ!!!!!」
こうして俺の寛大な筈の心は、遍くプリンの恨みによって埋め尽くされたのだった。
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