第10話 黒T


「は?」


 急に返答に困る質問をしてくる葉月に戸惑ってしまう。


「いやっ、男の子ってどういのが好きなのかなって気になっただけだからっ!」


「そんな事気になってどうすんだよ」


「別にどうもしないわよっ。キモっ」


 えぇ……。

 もう女の子は分からん。

 ここは気の利いた事でも言ってお茶を濁すとしますか。


「水色の縞々……とか?」


 煽るように言うと、葉月は顔を真っ赤にしてポカポカと叩いてきた。


「忘れろおおお!!!!」


「はいはいもう忘れた忘れた」


 嘘。もちろん脳の量子力学フォルダに名前を付けて大切保存してある。

 俺たちのそんな様子を、他のお客さんが微笑ましそうな顔で見ていた。


「若いわねぇ。私なんてもうベージュしか履いてないわよ〜」

「あたしもよォ。シミも目立たないし。女はパンツが白いうちが華ね」


 オエっ。おばさんのパンツ事情なんて聞きたくなかった。どうやら全ての道はベージュに繋がっているらしい。神よ、どうかこの残酷な世界を救いたまえ。アーメン。

 

 俺はヌー子の下着選びを葉月に任せる事にした。店を出ると、正面の通路の奥から、一人の少女がこちらへ歩いてくるのが見え、俺は咄嗟に近くの物陰に身を隠した。


「やっぱり……なんでこんなところに……?」


 俺が遠くから視力2.0(自称)の目ん玉で捉えた少女は、間違いなくネリアだった。俺を拉致った時のように白を基調とした小綺麗な服を着ており、帽子をかぶっているのは耳を隠しているからだろう。見た所どうやら一人のようだ。

 ネリアはそのまま葉月とヌー子がいる下着店に入って行く。

 マズイ! このままではヌー子と鉢合わせてしまう! 流石にこんな所で騒ぎを起こす訳には……。

 俺は急いでスマホで葉月にメッセージを送り、試着室に隠れるように指示した。

 すると、メッセージに気づいた葉月が俺の方を向き、不思議そうに首を傾げた。

 頼むから言うとおりにしてくれ!

 俺が表情で訴えると、葉月はヌー子を連れて試着室へ入って行った。


 俺はネリアに気づかれないように監視を続けた。ネリアは店内を見て周りながら、下着を吟味している。

 様子を見るに、俺たちを探しに来た訳ではないらしい。

 普通に買い物してきただけ……なのか?


 やがて、レース模様のあしらわれた黒のティーバックを手に取り、そのままレジへと持って行った。

 ……ふーん。えっちじゃん。

 ネリアはネズミ星人とはいえ外見はかなり美人である。中身はだいぶ抜けていた気がするが、一見するとクールなお姉さんなのだ。そんな女の子が黒Tなんて……っ! けしからん! ワシは絶対許さんぞ! 

 危ない危ない。脳内ハレンチ許さないおじさんがいなかったら理性を持っていかれていた可能性大だったぜ。

 買い物が済むと、何事もなく店を後にするネリア。

 その背中が遠ざかり一安心していると。

 

「ん?」


 突然肩を叩かれたかと思うと、そこには警備員の格好をした巨躯の男が立っていた。


「少年、ちょっと話いいかい?」


「あ、ハイ」


 これあれだ、変質者と間違えられたやーつ。


…………

……


「──お騒がせしてすんませんでした」


「もう怪しい事すんなよ。彼女を悲ませたくなかったらな。アデゥー」


 様子を見に来てくれた葉月のフォローによって無事解放された俺。

 無駄にキザな警備員さんの言葉に満更でも無さそうに頬を赤らめる葉月と、買ってやったアイスを美味しそうに食べるヌー子の三人で、モール内のベンチに腰を下ろした。


「で、何がどうして警備員に捕まってた訳?」


 俺は事の詳細を葉月に説明する。

 

「それ、結構危なかったんじゃないの? 万が一鉢合わせてになってたら……」


「大丈夫にゃ。その時はにゃあがぶっ飛ばして一件落着にゃ」


 そういう問題じゃないんだけどな。

 ネズミ星人がまさかこんな普通に出歩いているとは思わなかった。思えば普通にテレビの取材に捕まってたな確か。


「案外普段は普通に生活しているのかもしれないな」


「──かもしれないじゃなくて、その通りでチュ」


「……ッッ!?!!?!??!!!!」


 気付けは目の前に、見覚えのある幼女が立っていた。

 たしかこいつは……。

 ヌー子が跳び上がり、幼女を威嚇し始めた。


「まーまー落ち着くでチュ。今日は危害を加えるつもりはないでチュ」


 幼女はヌー子をなだめるように手の平をを掲げ、眼鏡越しの瞳で俺を見越した。

 というかその眼鏡……!


「お前、あの時の眼鏡幼女か!」


 ヌー子とアルゴが戦ってたときに横にいた奴だ。


「でチュ。ちなみにわたち達も所構わず騒ぎを起こすつもりは無いでチュ。こう見えて節度をわきまえて活動してるんでチュ」


「節度わきまえて人さらうなよ」


「仕事とプライベートは分けてるって意味でチュ。働く時は働く。休む時は休む。大切なのはメリハリでチュ」


「おぉう。幼女のくせに一端イッパシの社会人みたいな事言うじゃねーか」


「ちょっと智。この子ってまさか……」


「ああ、あれだよ。ネズミ星人の下っ端の小鼠」


「……(ごくり)」


 葉月は何やら目を輝かせながら眼鏡幼女に近づいて行くと、いきなり抱きついて頬擦りし始めた。


「やだ〜超かわいいんですけど〜! なにこれほっぺやわらか〜いっ! ハァ……ハァッ! かわいすぎてお持ち帰りしたい!」


「……苦しいでチュ。 やめるでチュ」


 眼鏡幼女はズレた眼鏡を直しながら葉月を押し返そうと抵抗するが、一向に離れる気配はない。眼鏡幼女はめんどくさそうに口を歪めながら、なんとかしろと言わんばかりにジト目で俺を見つめてくる。


「はぁ……葉月、嫌がってるみたいだからその辺にしとけって」


「えー! だって可愛いんだもん! 見て髪もサラサラ! キューティクルパンパンだよ!」


 そういえば葉月は昔から可愛いものをみるとすぐ夢中で抱きしめる癖があったな。

 俺は葉月を半ば強引に引き離すと、眼鏡幼女は乱れた服を直し、話を続けた。


「とにかく、一般人を巻き込むのはこちらも不本意でチュゆえ、心配しなくても大丈夫でチュ」


「信じられないにゃ!」


「わたち達と違って頭の悪い猫には分からないでチュ」


「なにゃーー!?」


「それじゃ、またな、でチュ」


 ヌー子を煽った眼鏡幼女は、そのまま素早く走り去った。

 追いかけようとしたヌー子が見失った位なので、相当逃げ足が早いのだろう。

 つか、結局なにしにきたんだよ……。


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