第8話 天真爛漫☆お嬢様!


 俺は水麗学園の敷地の最奥に聳える時計塔の前まで来たところで一度息を整える。

 荘厳な雰囲気と、洋風チックな洒落たデザイン性を併せ持つこの時計塔は、なんでも学園が創立する前から存在する歴史ある建造物らしい。

 そしてこの高い高い時計塔の最上階にあるのが、第一生徒会室だ。

 中に入ってすぐの所にエレベーターがあった。

 まさかこれも第一生徒会室を作るために設置されたものだったりし……ないよな?

 普段来たことのない場所なので勝手が分からないが、流石に最上階まで階段で行くのも骨が折れそうなので、ありがたく使わせてもらう事にした。


 最上階に着いた所でドアがあいた。最初に目に入ったのは天井から垂れ下がる豪奢ごうしゃなシャンデリア。床には金の刺繍が施された真紅の絨毯が敷かれており、その上に貴族がお茶会でもしてそうな丸テーブルと椅子、さらには高級そうなソファまで置かれていて、家具の全てが上品な調和をもたらしている。まさにVIPルームって感じだ。あまりに絢爛けんらんな空間を前に一瞬気圧されそうになるも、とりあえずエレベーターを降りて進んでみる。


「あら、お客さんかしら?」


 するとそこにいたのは、お嬢様と言う言葉に相応しい、煌びやかな美少女。腰まで伸びる長い金糸の髪はキューティクル満載と言ったように外から差し込む光を反射し、先の方は流れるようにウェーブがかっている。

 くりっとしたエメラルドグリーンの瞳にかかる長い睫毛は、我の強さを表すかのように少しだけ吊り気味に見えた。

 そして何よりおっぱいがでかい! 

 俺は持ち前のポーカーフェイスを発動させ、無関心が如く振る舞う。にしてもでっっっっっか!

 

「えっと、そのー。鳴海智なるみともって言うんですけどぉ」


「ああ! あなたがトムね! 知ってると思うけど私は五階堂シトリン。よろしくねっ」


「あ、いや、ともです。とも。トムじゃなくて」


「ボブ?」


「ともです」


「なんでもいいわ。それよりいきなり呼び出して悪かったわねブライアン」


「もう原型すら残ってない!」


「キラキラネームの世界へ、ようこそっ!」


「嫌だ! 多様性重視の世の中でも、まだそこまで尖りたくない!」


 そう言った途端、シトリン会長がしょぼんと顔を伏せた。

 しまった! 実は名前の事結構気にしてたパターンか! くっ、俺とした事がっ!

 配慮に欠けた発言、謹んでお詫び申そう。


「すいません! そういうつもりはなくて、その、俺はシトリンって素敵な名前だと思いますよ? マジで」


「……ほんとに?」


「ええもちろんですとも! シトリン最高! シトリン万歳!」


 そう言いながら大袈裟に両腕を上げていると、シトリン会長はふふっと鼻を鳴らし、再び堂々と胸を張った。そのせいでおっぱいが強調され視線が引っ張られそうになるが必死に堪える。


「実は結構気に入ってるのよ。才色兼備かつ有徳の士たる私にふさわしい名前だと思わない? ああっ、ありがとうママ!」


「はぁ……さいですか」


 どうやら俺はからかわれていただけらしい。それにしてもさっきから振り回されっぱなしだ。なんでこう俺の周りにはマイペースな奴しかいないんだろう。

 まさか類は友をよ……考えるのはよそう。


「さて、自己紹介も済んだ所で本題に入るとしましょう。今日来てもらったのは他でもない、ニャクラメントの事についてよ」


「なっ!?」


 会長から放たれた予想外すぎる言葉に、俺は見事に面食らう。

 何故会長がニャクラメントの事を知っているんだ。


「その様子だともう分かっているみたいね。なら話は早いわ。──イヴ」


「はい、お嬢様」


 急に背後から聞こえた声に驚いてして思わず振り返ると、そこにはスーツ姿で胸部の膨らみがなければ性別の見分けがつかなそうな程中性的な外見をした女性が立っていた。


「いつからそこにっ!?」


「最初からです」


 その時、彼女の濡鴉の髪の上に、ちいさな猫耳のような物がついているのに気付いた。


「あのもしかしてあなた……猫だったりします?」


「はい。ご明察の通り、私の名前はイブ。シトリンお嬢様の飼い猫でございます」


 凛とした姿勢で丁寧な挨拶をしたイヴさんは、慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。まるで執事のような立ち振る舞いだ。


「ってことは、会長もニャクラメントなんですか?」


「そのとおり。少なくともあなたよりはこの世界に精通しているつもりよ」


「っことは、ネズミ星人の事も?」


「もちろん。昨日あなた達を襲った連中、あれも前々からマークしていたもの。それにしても、ネズミ星人に告白したのには笑ったわ」


「え!? 見てたんですか?」


 おいおい、折角忘れかけてた黒歴史を思い出させないでくれよ。死にたくなっちゃうだろ。


「イヴがね。私は報告を聞いただけ。ずいぶん盛り上がってたみたいじゃない?」


「そんな、『お祭りどうだった?』みたいに聞かれても……ほんと大変だったんですから……って見てたんなら助けてくださいよ!」


「鳴海様の愛猫の出番を奪ってはいけないと思いまして」


「余計な気遣いしてんじゃねーぞコラ!」

 ──と、いつもの俺なら怒鳴り散らかしてやる所だが、イヴさんの凛々しい御尊顔がクスっと自重気味に微笑むのを見た途端、全てが許せてしまい──


「いらん気遣いすな笑」


 と、嫌われる事を恐れて強く言えないだけの下位カースト民のような媚びた感じで穏やかなツッコミを入れるのだった。

 というかこんな美人相手じゃ怒れないです。さっきは『俺、女にも強く行けっから! マジ男女平等だから!』的なスタンスで、女子の目気にして無いアッピルしてすいませんでした。俺だってカッコつけたい年頃なんですよ一応。


「ま、あなたもニャクラメントとして猫を覚醒させた訳だし、これからは同じ仲間として、協力できる事は助け合いましょう。ネズミ星人達も何をしてくるか分からないのだから」


「シトリン会長も襲われたりした事あるんですか?」


「あるわよ。でも問題なし! あいつら弱いもの。それにうちには二人も優秀なボディガードがいるからね」


 二人? イヴさんの他にも飼っている猫がいるのだろうか。


「因みにこの第一生徒会室は私がこの街で起こるニャクラメントやネズミ星人に関する情報の整理、事象への対応を主な目的として作ったものなの。だから困った事があればいつでも来てね。あ、これナイショよ?」


「ナ、ナンダッテー!?」


「なんでちょっと棒読みなのよ」


「いやー。なんか納得って言うか……。それに、ちょっと心強いです。仲間がいるってわかって。会長と知り合えて良かったです! 何かあったときは頼らせていただきますね!」


 心のどこかで感じていた不安が少しだけ和らいだような気がして、自然と笑みが溢れた。こういうときに必要なのは仲間なんだと実感する。友との感傷ではなく、誰かと立場を共有することで、人は真に孤独から解放されるのだ。


「……っ」


 会長は、何故か俺の顔を見たまま固まっていた。心なしかさっきまでより、頬の赤みが増している気がする。


「会長?」


「……っ! えっ? あ! なんでもないわ! 気にしないでっ!」


 一体何を焦ってるんだろうか。

 それよりも、留守番中のヌー子の事が気になり、そろそろおいとましようと思った。


「今日はこの辺で帰りますね。ヌー子が心配なんで」


 色々な意味で。


「そっ、そうっ? 分かったわ。コホンっ。イヴ、下まで送ってあげてちょうだい」


「了解しました。それでは、鳴海様」


 そうして俺は、イヴさんと共に第一生徒会室を後にした。

 エレベーターの中では、イヴさんの良い匂いが鼻口をくすぐり、なんだかとても幸せな気持ちになった。

 

「ありがとうございました」


 エレベーターが1階に着き降りた所で、俺はイヴさんに別れの挨拶をした。


 「いえ、こちらこそありがとうございました」


「はは、なんでイヴさんがお礼を言うんですか笑」


 またもやイヴさんに下位カーストスマイル向ける俺。


「鳴海様。一つお願いがあるのですが」


 急にかしこまるイヴさん。その蒼き瞳はが僅かに揺れる。


「気が向いた時でいいので、これからも時々、来てもらえないでしょうか?」


「用がなくてもいいんですか?」


「はい。きっとお嬢様も喜ぶと思いますので」


「そうですかね?」


 イヴさんは小さく微笑んだ。


「はい。あんなに楽しそうなお嬢様、久しぶりに見ましたから。それにああ見えて寂しがり屋なのですよ?」


「そうは見えませんけど」


「でなければ猫を二匹も飼いませんよ」


「……そうかも、しれませんね」


 五階堂シトリンという少女は、この学園にいるどの生徒とも違う、特別な存在だ。それは対等な人間がいないという事でもあり、心置きなく話せる友達がいなくても不思議じゃ無い。


「わかりました。また来ますよ。こんな美人な猫耳執事さんにも誘われたら断れません」


「お上手ですね」


「まぁね」


 そう言って俺は、イヴさんと別れ出口へ向かう。


「──あ、それともう一つ」


 時計塔を出かけた所で、背後からイヴさんの声がした。まだ何か言い残した事でもあるのだろうか。


「お嬢様に最後に見せたあの笑顔、あれは百点でした」


 俺はそう言って笑ったイヴさんの笑顔に、心の中で千点をつけながら時計塔を後にした。



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