第7話 ガンギマってる
それから急いで支度をして家を飛び出した俺は、なんとか遅刻する事なく無事に登校することができた。
ヌー子には留守番を任せており、間違っても勝手に外出しないようにと念を押しておいた。それでも素直に大人しくしているかは分からないが……。まぁ、その時はその時だ。
「やぁ智、今日はまた一段と辛気臭い顔してるね」
教室で真っ先に話しかけて来たのは、クラス一の美少女、ではなく美少年。宮原喜一だ。
中性的な顔立ちと華奢な体のせいで、よく女と間違えられている。たまに俺も間違える。
「これでも見て元気だしなよ」
喜一はカバンから露出全開のチャイナ服を着て、あざといポーズをとる猫耳美少女のフィギュアを取り出した。
「昨日、ゲームセンターで取ったんだ。智が喜ぶと思って」
「いや、そんな気分じゃないんだよね。あと俺のイメージどうなってんの?」
「ふーん、そっか。残念残念♪」
残念どころかむしろ満足そうなのはどういう感情?
ピーンポーンパーンポーン。
校内放送の合図が流れた。
『一年二組の鳴海智さん。一度しか言わないからよく聞け。今日の放課後、第一生徒会室に来てください。繰り返します──」
え、俺?
一度しか言わないはずなのに繰り返してくれた冷たいのか優しいのか分からない口の悪い放送部員さんの呼び出しに、俺は内心不安を感じていた。こう言うのって大概良い事じゃないよね。しかも第一生徒会室って確か……。
「あのシトリン会長から呼び出しって……今度は何をやらかしたんだい?」
「俺がいつもやらかしてるみたいな言い方やめい。本当に心当たりゼロなんだが……」
シトリン会長。もとい五階堂シトリンとは、生徒総数約1万人以上を誇るこの巨大な水麗学園で、その圧倒的な権力と財力によって学園の頂点に君臨する、いわば王のような存在だ。
この学園には生徒会が2つあり、実質生徒会らしい活動をしているのは第二生徒会。そしてシトリン会長が鎮座する第一生徒会は、ほぼシトリン会長一人で成り立っており、その実態は一般生徒には開示されていない。とりあえずとてつもなく偉いって事だけは間違いないだろう。
「不安なら僕も付き添おうか?」
喜一が気を使ってそんな事を言ってくれた。
なんだかんだ優しい奴である。
「ありがとう。でも大丈夫。一人でいくよ」
「そう? ならいいけど」
それからすぐHRが始まり、いつものように寝たり起きたりを繰り返してながら授業をこなし、お昼休みの時間。
パンっ! と教室のドアが開かれ入ってきたのは、朝方ぶりの再会である幼馴染。俺のベッドでよからぬ事をしていた説がある星宮葉月さんである。忙しそうにポニーテールを揺らし、心なしか肩を怒らせながら俺の方へ歩いてくると、机にお弁当箱を置いた。
「はいこれ! 朝、渡せなかったからっ」
葉月は毎日俺の為に弁当を作ってきてくれる。俺は別にいいと言っているのだが、本人は俺の世話係だからという理由で、その使命感から職務を全うしたいらしい。もはや鳴海家の柱。
葉月はまだ今朝の事が忘れられないのか、どこか照れ臭そうにしている。
この人普段はもっと凛としているんですよ。いや本当に。
「朝のあれ、ちゃんと説明してもらうからっ」
そう言うと、葉月は俺の席の向かいの椅子を合わせて座り込んだ。
「ん? なんの話だい?」
近くにいた喜一も面白そうな臭いを嗅ぎつけたと言った様子で隣に座る。
この三人で昼飯を食べるのはいつもの事なのだが、今回はどちらかといえば取り調べをされている気分だ。
俺はとりあえず、要所要所を端折りつつも、ヌー子が女の子になった事を打ち明けた。
「……」
「……」
「なんだよその反応は」
俺の言い出した突拍子のない話に、二人は口をポカンとあけて固まっていた。そりゃそうか。いきなりこんな事いい出したら頭がおかしくなったと思うだろう。
「言っておくが本当だぞ? ネズミ星人から俺を守るために女の子になったんだ」
葉月と喜一が、可哀想な目で俺を見ていた。
「何だよ」
「智……クスリだけには手を出しちゃだめだって、あれほど言ったじゃないか!」
案の定とんでもない誤解を産んでしまっていた。
「違うよ! マジなんだって。葉月! 信じてくれ!」
「星宮さん、もう手遅れかもしれないよ。完全にキマッちゃってる……くそ」
「キマッてないから! 俺の目を見てくれ!」
「見てらんないよ……」
俺は暗い顔をした葉月に顔を近づけ、渾身のキラキラ眼で瞳を見つめた。
「な? 全然普通だろ? 危ないクスリなんてキメてないから! ほら!」
葉月は暫く目を合わせたまま黙り込むと、やがて深刻そうな表情で呟いた。
「……ガンギマリ」
「ええっ!?」
「やっぱキメてるーーー!!!!」
それから必死に説明して半信半疑にまでもって行くことができた俺は、なんとか無事に放課後を迎えることができた。
なんかどっと疲れたな。
「そういや生徒会に呼ばれてたんだったね。じゃあ、僕は先に帰るよ」
「おう」
そう言って喜一が教室を出て行くのを見送り、俺も第一生徒会室へと向かうのだった。
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