第6話 おさななじむ

 

 ピッピピピッ、ピピピピピッピッピピピッ。


「……うるせぇ」 


 独特のリズムを刻むけたたましいアラームで目を覚ました俺は、半分微睡の中で昨日の出来事を思い出す。ネズミ星人に誘拐されて、ヌー子が女の子になって戦って、俺はニャクラメントで……。

 ははっ、そんなバカな。夢に決まってる。そうに違いない。

 

「ん?」


 布団の中でもぞもぞと何かがうごめいた。そして生暖かい何かに絡みつかれているような感触。

 嫌な予感がして恐る恐る布団を持ち上げてみると、そこには裸の女の子が俺を抱き枕代わりにして寝ていた。すやすやと寝息を立てて実に気持ち良さそうだ。

 ふふ、もう少し寝かせておいてやるか……じゃなくて!


「ヌッ、ヌー子!?」


 やっぱり夢じゃなかった!

 俺の大声に反応して、ヌー子は目を擦りながら薄く瞼を開けた。

 

「んにゃあぁ。寒いにゃぁ」


「おまっ! なんで裸なんだよ服着ろ服っ」


 目のやり場に困った俺はとりあえずヌー子に布団を被せた。そのまま布団にくるまると、再び俺に抱きついてくる。

 健全な青少年である俺には刺激がつよすぎる。いつもなら二度寝している所だがもはやそれどころではない。


「ヌー子! ちょっと一旦離れてっ!」


「いやにゃ。それよりさっきから固いのがあたって邪魔くさいにゃ〜。なんにゃこれ急に現れたにゃ」


「!」


 ヌー子が言っているのは九分九厘俺の股間にそびえ立つバベルの事だろう。もちろん朝の生理現象であり、決してヌー子の裸に反応した訳ではない。はず。


「いらないにゃ」


 そう言ってヌー子は無造作に俺のバベルを鷲掴んだ。

 刹那──本能的な恐怖が押し寄せ脳から緊急警報が鳴った。時間がゆっくりと動き出したかのように世界はスロー。しかし、対処するすべも無し。視界がぼやけ、俺は初めて知った。人はこんな一瞬で泣く事が出来るのだと。


「やめッ──」


 ヌー子そのまま、俺のバベルを躊躇ちゅうちょ無くへし折った。


「NOOOOOオオオォォッッ!!!!!!」


 …………

 ……


 「ご主人悪かったにゃ。あれが大事な物だって知らなかったんだにゃ」


 危うく肉棒骨折しかけた俺の息子は、なんとか一命を取り留め、今は安静にしている。

 ということで俺とヌー子リビングで朝食を食べていた。トーストと目玉焼き。今のヌー子は人間と同じ物が食べれるらしいので、食事もこれからは一緒のを摂る事になるだろう。

 ヌー子には俺のスウェットを来てもらっているが、早急に衣服などの生活用品を揃えなくてはならないだろう。

 そんな事を考えながらテレビで朝のニュース番組を見ていると、


『えー、こちら、UFOの目撃証言があった現場に来ております! この辺では今までも何度か目撃情報があり、真偽は定かではありませんがUFOらしき浮遊物を捉えた写真も出回っているようです! それでは、早速現地の人に話を聞いてみたいと思います!』


 なんとなく見覚えがある場所だった。

 ……てゆーか昨日の場所の近くじゃないかこれ。

 画面が切り替わり顔にモザイクのかかった女が映し出される。


『このへんでUFOが出ると言う噂はご存知ですか? 昨晩も、あちらの倉庫から何かが飛び立つのを見たと言う証言があるのですが』


『はぁ!? UFOなんてあるわけないじゃない!! 誰が言っるのかしら! 迷惑な話ね!』


「ブフオオオオッ!」


 俺は飲んでいた牛乳を勢いよく吹き出してしまった。なぜならこのインタビューを受けて無駄にブチギレている女性は、モザイクがかかってるものの、ほぼ間違いなく昨日俺を誘拐したネズミ星人、ネリアだからだ。


『あの〜、失礼ですが、何かご存じなんですか?』


 不自然さ満点の過剰反応を怪しんだのか、リポーターが問い詰め始めた。


『べ、別に何も隠してなんかないわよ! 勘違いしないでよね!』


『は、はぁ』


 ステレオタイプのツンデレみたいな誤魔化し方をするネリアに、リポーターが呆れたように相槌を打っていた。


「ご主人……」


画面に目を奪われていた俺は、ヌー子の声に振り返る。


「あ」


さっき俺の吹き出した牛乳に塗れたヌー子が、ジト目で俺を睨んでいた。


「もーー! 何すんだにゃ! ベタベタして気持ち悪いにゃ!!」


 そうい言いながら、ヌー子は頬や腕についた牛乳をペロペロと舐めとっている。その姿がなんだかすごい卑猥に見え、思わずごくりと喉を鳴らした。

 って何考えてんだ俺っ!


「わ、わるい! 今拭く物持って来るから!」


 俺が急いでタオルを持って来ると、ヌー子は既に服を脱ぎ始めていた。

 

「ちょっ!? お前またっ!」


 俺は胸元まで上がっていた服を押さえ、なんとか裸になるのを阻止する。


「脱がせろにゃー! 濡れてて気持ち悪いにゃ!」


 必死に服を脱ごうとするヌー子とそれを必死で止める俺。

 せめてお風呂場にでも連れてって着替えを渡せればっ……!

 くっ、猫の躾より大変な気がする!


 ──ピーンポーン。


 その時、家のインターホンが鳴り響いた。

 しまった! もうこんな時間かっ!

 この時間に訪ねて来る人物は決まっている。

 星宮葉月。同じ高校に通う幼馴染だ。

 再び二度目のインターホンがなった。


「智ーっ?」


 外から聞こえてきた柔らかな響きのある声は、やはり葉月のものだ。

 まずい、このままでは……っ!


「智? 早く学校行かないと遅刻するよ? あとさっき女の子の声みたいなの聞こえたんだけど」


「わ、わりー葉月! ちょっとたてこんでて! 先行っててくれ!」


 俺は玄関越しにも聞こえるように大声で言った。

 もし葉月にこんな所見られて変な誤解でもされたら面倒だ。申し訳ないがここは嘘でもやり過ごすしかない。


「にゃーー! どこ触ってるにゃ!」


 葉月に気を取られているうちに、俺は誤ってヌー子の尻尾を掴んでしまった。

 

「やっぱり女の声っ!? ねぇ智何してるの!?」


 玄関のドアノブがガチャガチャと動き始めた!


「智開けて!! 何を隠してるの?? 開けて!!」


 ガタガタガタガタガタガガタガタッ。

 ドアノブが更に激しく上下しはじめる。

 てか怖ぇーよ! 


「ドアノブクラッシュ! クラッシュ! クラッシュ!」


「やめてっ!? 人ん家のドアノブ壊そうとしないで!? てか合鍵持ってるだろっ!」


 自分で言って思い出した。葉月は海外出張中のウチの父親に圧倒的な信頼を置かれている為、一人暮らし状態の俺の世話係としてこの家の合鍵まで託されているのだ。


「あそうだった。えっと、たしかここに入れて……あったあった」


 くそ! 完全に万事急ス!

 俺は無理やりヌー子を抱き上げようとしたが、足がもつれて玄関の前に倒れこんでしまった。


「いってててて」


 目を開けると、ヌー子が仰向けの俺に覆いか被さって倒れていた。

 状況悪化! 状況悪化! メーデー! 至急応援求ム! 

 神様に心の中で助けを乞うが、実らず。

 ヌー子が俺に跨ったまま状態を起こすと同時、カチャリと鍵の開く音が聞こえた。

 ──詰んだ……。

 ゆっくりとドアが開く。

 いつもの茶髪、いつものポニテ。いつも通り端正な顔立ちの幼馴染が現れる。

 そして彼女の目の前には、床に横たわる俺と、そこにまたがる半裸の猫耳少女。


「……」


「……や、やぁ。今日もいい天気だね。学校サボってピクニックでも行こうかな、なんて……はは」


「…………」


 ぼとっ。


 葉月は持っていたカバンを地面に落とし、時が止まったかのように呆然と立ち尽くした。

 というか目が怖い! 光が消え失せちゃってるよ! 朝日と生足はこんなにも眩しいのに! 目薬と間違えて泥水さしちゃったのかな?

 濁り切った瞳をした葉月が放った言葉は、「へ、変態!」とか「最低! 信じらをない」的な可愛い代物では無かった。


「────殺す」


 やべー、めっちゃキレてらっしゃるー。


「おっ、おちつけ葉月! これには訳がっ……!」


「む、この女知ってるにゃ。たまにご主人の部屋で枕に顔を埋めてなんかはぁはぁ言ってる変な奴にゃ」


 その瞬間、葉月の体がビクッと震えた。

 さらにみるみる顔が赤くなっていき、目がぐるぐると泳ぎ始めた。


「なっ、何を言ってるのかなー? 人違いだと思うよ? きっと妖怪とかじゃ無いかな? 妖怪、枕モダエ。うん。絶対そうっ!」


 どんな妖怪だよ。


「いや間違いないにゃ。お前にゃ」


「ちょっと智っ! この子なんなの!? なんでそんな事知って……って違っ! わたし奏人の部屋でいやらしい事なんてして無いんだからね!」


「いやらしい事……?」


「……ッ!!」


 真っ赤な顔で反り返りながら頭をかかえる葉月。


「わああああああっ!! やっぱり死ねーー!!!!」


 葉月はヤケクソになって俺の事をボコスカと殴り始めた。

 痛っ、痛って! フェイント入れてくるのやめて! 縦拳でガードすり抜けてこないで! 


「そう言えばご主人も、よく右手をひたすら動かしながらはぁはぁしてる時あるにゃ。あれ何やってんだにゃ?」


 ──え?


 空気が凍った。いや、凍ったのは俺の心か。

 無垢とは恐ろしい。時に意図せず人の尊厳を破壊してしまうのだから。悪気が無いだけに尚更タチが悪い。

 まさか、俺まで刺されるとはな。参ったゼ……。遠い目をする俺。


「……っ! もっ、もう知らないっ!」


 葉月はこの悲惨な空気に耐えられなくなったのか、そのままカバンを拾うと、陸上選手ばりの初速で走り去ってしまった。

 ……葉月にはあとでちゃんと説明しておこう。信じて貰えるかは分からないが。

 不思議そうに首を捻るヌー子。

 朝っぱらから繰り広げられたこの凄絶せいぜつな一幕に、先が思いやられた俺は、大きくため息をついたのだった。


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