第5話 オープニング


 ネリア達を追いかけ、俺達は階段を駆け上った。

 何故上へ逃げて行くのだろう?

 その答えは、屋上に出た所で明らかになった。


「なっ、なんだこれ!?」


 そこにあったのは見た事もない。巨大な鉄の塊。よく見るといくつか窓がついていて人が乗れるようになっているようだ。

 搭乗口と思われる場所から次々と幼女達が乗り込んでゆく。


「奴らの宇宙船だにゃ」


「宇宙船!? これ飛ぶのっ!?」


 確かにそう言われてみればテレビなんかでみたことあるUFOのイメージに似てなくも無い。こんなのまるでSFの世界じゃないか!


「ネリア様! いつでも出せるでチュ」


「今回は見逃してあげるわ。覚えときなさい!」


 幼女達が全員乗り込んだ後、ネリアがテンプレみたいな捨て台詞を吐き捨て乗り込むと、ドアが閉まり、本当に宇宙船が浮かび始めた。

 窓から眼鏡幼女とアルゴがこちらに手を振っているのが見えた。

 そしてそのまま月の方角へと飛んでいき、途中で見えなくなる。多分ステルス迷彩的な機能でもついてるのだろう。


「間に合わなかったにゃ! ご主人がもたもたしてるからにゃー! がぶっ」


 ヌー子に服に腕を噛まれた。冬服越しなのでそんなに痛くなかった。


「しかたないだろ。まさか宇宙船まであるなんて思わないよ」


 気付けば、何事も無かったかのようにあたりは静まり返っていたていた。夜の帳の中、空には今夜も綺麗な星が輝いており、まるでさっきまでの喧騒が嘘みたいだ。

 屋上から見える景色は、見覚えのあるものだった。どうやらそう遠くまでは来ていないらしい。町外れの廃倉庫といった所か。


 ぐぅ〜〜〜〜。


 静謐せいひつを破る間抜けな音。

 ヌー子が気恥ずかしそうに自分のお腹を押さえた。


「お腹すいたか?」


「当たり前だにゃ! ご飯買いに行ったっきり戻ってこないと思ってたらまさか誘拐されてるだにゃんて! びっくりしたにゃ!」


「でもどうして俺の居場所が分かったんだ?」


「猫には猫のコミュニティがあるんだにゃ。まったく、高架下の長老には頭が上がらないにゃ」


 よくわからないが、どうやら独自の情報網があるらしい。


「くしゅんっ!」


 続いてヌー子がくしゃみをし、体をぶるっと振るわせた。忘れていたが、ヌー子は大事な所こそ隠せているがほとんど裸の状態だ。そりゃ寒いに決まっている。

 俺は自分の上着を脱いで、ヌー子に羽織らせた。

 正直、色々混乱してるし、聞きたいことも山ほどあるが、まずはちゃんと伝えておこう。


「ありがとな、ヌー子。助けてくれて」


 するとヌー子は、ゆっくりと抱きついてきた。俺は胸の高さにある頭を優しく撫でる。

 艶やかな琥珀色の髪。その感触は猫の時と似ている気がした。


「心配かけるなにゃ」


 さっきまでの毅然とした態度はどこへやら、消えいるような声だった。


「ああ、ごめんな」


「もう、勝手にいなくなっちゃダメにゃ」


「ああ、約束するよ」


 きっと、本当に心配してくれたのだろう。

 ヌー子にとっても俺は、たった一人の家族なんだから。まさか女の子に変身するとは思わなかったけど……なんていうか、妹ができたような感覚だ。しかも可愛い。


「……罰としてツナ缶一年分よこすにゃ」


「わーり。そりゃ無理だ」


「──チっ」


 ん? いまなんか舌打ちが聞こえたような……。


「ご主人の事、大好きだにゃ☆」


「ありがとう」


「ツナ缶くれる気になったにゃ?」


「いーや。無理だわ」


「なんでにゃっ!?」


「そりゃまぁ、金銭的に」


「にゃーー! ご主人の甲斐性なし!」


「仕方ないだろ! 学生なんだし! 俺だって毎週シャトーブリアン食えるようなブルジョワになりてーよ!」


「ご主人ならなれるにゃ! 自分を信じて夢を追うにゃ! 安定思考なんてクソにゃ! 勝ち組になれない人生に意味なんて無いにゃ!」

 

 いきなりすごい極論きた!


「にぁあは、ご主人には誰よりも幸せになって欲しいんだにゃ……!」


「ヌー子……」


 と、今度は俺のお腹が大きくなった。再び沈黙。

 俺達は顔を見合わせると、なんだかおかしくなってゲラゲラと笑った。

 ああ、こんなに笑うのはいつぶりだろう。


「さぁて帰るか。俺も腹減った。ツナ缶、三個までなら買ってやるよ」


「まっ、今回はそれで手を打ってやるにゃ」


 ヌー子はフンと鼻を鳴らしながらも、その口元は若干緩んで見えた。


 それから俺たちは帰路へつき、途中コンビニに寄って、無事帰宅する事ができた。


…………

……


「ネズミ星人?」


 晩御飯を食べ終え、早速今日の事について話しはじめた。


「んにゃ。ネズミ星からやってきたネズミ星人。地球侵略を企ててるにゃ」


 わーお。クライシス! まるで小学校の作文に書きがちな将来の夢みたいですね。はい、僕は書きました。あの頃は何でもできる気がするからね。仕方ないね。

 にわかには信じがたい話だが、今日の出来事を思い返すと、割と素直に飲み込めた。


「で、そんな奴らがなんで俺を? 世界征服したいならもっと偉い奴狙えばいいじゃん。大統領とか」


「ぷっ、大統領を狙った所で世界征服なんてできないにゃ(笑)」


「ちょっとマジレスやめて? 俺がばかみたいだから」


「まずこの星には奴らにとって天敵がいるにゃ。それが、にゃあ達、つまりは猫にゃ」


 ネズミの天敵が猫って事は分かるんだけど、では何故俺が狙われたんだろう。ところがその疑問は、すぐに解消された。


「奴らはその猫に超常的な力を与えるニャクラメントを狙ってるんだにゃ」


「つまり俺がそのニャクラメントってやつなのか」


「そーだにゃ。ニャクラメントは契約した猫を粘膜接触によって覚醒させるにゃ」


「契約?」


「これにゃ」


ヌー子は自身の付けている赤い首輪を摘んで言った。


「首輪と、そして名前をつける事で契約成立にゃ」


「なるほど、つまりネズミ星人達は、先に猫を強くする存在であるニャクラメントを排除しようとしてるって事か」


「ニャクラメントはとても稀な存在にゃ。なんで奴らがご主人がニャクラメントなのを知っていたかまでは分からないにゃ」


 まさか俺がそんな選ばれし者だったなんて。このままでは間違いなくまた狙われてしまうだろう。

 

「安心するにゃ。ご主人はにゃあが護るにゃ。正直負ける気がしないにゃ。いつきても返り討ちにゃ!」


 そう言って拳を突き出すヌー子の顔には圧倒的自信の色がにじんでいた。

 とりあえず一通り事情を理解した俺は、ずっと気になっていた事を聞いてみる。


「それで、お前いつ猫に戻るの?」


「ん? もどらにゃいが?」


「え」


 沈黙。

 予想外の回答に絶句する俺をよそにヌー子は話を続けた。


「もどる方法がにぁい事もにゃいが、今教えても面白くないにゃ」


「って事は俺、これからその姿のお前と一緒に生活するって事?」


「何か問題にゃ? 別に今までと一緒だにゃ」


「全然ちがーーう!!」


 深夜にも関わらず叫んでしまった。

 だってそれって、女の子とひとつ屋根の下で暮らすって事じゃん! いや猫だけど!

体は女の子じゃん! あ、でも耳と尻尾生えてるから猫か? いやぱっと見女の子だからちが、ってあああぁぁ、頭おかしくなりそう!

 戸惑いを隠せない俺をみるヌー子はどこか愉快そうだった。一体何が面白いのやら。


「改めてよろしくにゃ、ご主人っ!」


 こうして、俺とヌー子の新生活が始まった。

 



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