第4話 大勝利!


「今度はこっちから行かせてもらうにゃ」


 次の瞬間、ヌー子とアルゴの距離は一瞬にして詰まっていた。もはや残像すら見える速さだ。

 アルゴもかろうじて反応してはいるが、流れるような連打をいくつか被弾している。

 合間を縫って返してくるパンチも全て見切りながら一方的に責め立てるヌー子。


「あのアルゴが急所を守るのだけに精一杯だなんて……想像以上でチュ」


 眼鏡幼女も目を見開いて驚愕している。

 オーソドックスなボクシングスタイルのアルゴに対し、ヌー子の動きは言わば変幻自在。けれどどこか型にハマっているふうにも見え、例えるならカンフー映画で見るような拳法だ。ガードに徹するアルゴを、まるで木人を叩くが如くリズム良く殴打する。


「にゃ! にゃにゃ! にゃあ! こんなもんかにゃ〜?」


「うっ……! ぐぁ……っ、くっ……!」


「足元がお留守にゃ!」


 ヌー子は足を使ってアルゴの膝を崩すと、浮いた腕を取って綺麗に投げ飛ばした。

 ギャラリーの所まで吹っ飛ばされたアルゴは、立ち上がりはしたものの、あざだらけになってゼェゼェと息を切らしている。

 満身創痍のアルゴに対し、ヌー子はと言うと、余裕の表情。ザ・ドヤ顔である。


「くっ、くそがぁ……おぅっと」


 足がもつれて転びそうになるアルゴ。だいぶダメージが溜まっているのだろう。


「根性だけは認めてやるにゃ。でもここまでにゃ」


「う、うるせぇ……オレァまだやれる。負けられねんだ」


 何が彼をそこまで駆り立てるのか。誰から見ても実力差は明白だろう。本人が一番分かっていそうなものだが。


「アルゴっ……」


 心配そうにアルゴを見つめる眼鏡幼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 俺もつられて感傷に浸りかけたが、冷静になる。雰囲気に流されてはいけない。

 いや、なんでこっちが悪者みたいになってんの?


「もういいわ、アルゴ」


 ネリアが言った。慈しみを帯びた優しい瞳だ。


「姉御! 俺はまだやれます! こっから本気出してっ……!」


「あなたは十分やったわ。救護班! 手当てを!」


 白衣を着た数人の幼女達がアルゴに駆け寄った。


「もう十分見せて貰ったわよ。猫に立ち向かうあなたの勇姿。あなたは私の自慢の家族よ」


 ネリアの掛けた言葉に、アルゴは憑き物が落ちたような顔になった。その姿は満足げで、どこか寂しそうでもあり……。


「へっ……思い返せば、あの日拾われた時からずっと、オレはただ強さだけを追い求めてきた。何のためかも分からず必死にな。でも気付いたよ。オレはただ……みんなに認めて欲しかった。それだけだったんだ……」


 どこからか、手を叩く音が聞こえた。それは瞬く間にに広がって全ての幼女達が拍手でアルゴを讃えていた。因みに眼鏡幼女はというと、腕を組みながら悟ったように笑っていた。


パチパチパチパチパチパチっ

パチパチパチパチパチパチっ


 …………いや、何これ?


 なんか感動のフィナーレみたいになってるんだけど。

 

「おい、猫の嬢ちゃん」


 幼女達に支えられながら去っていくアルゴが、背を向けたまま言った。


「次は勝つ。待っとけ」


 顔は見えないが、穏やか系の表情をしてるに違いないと思った。

 ヌー子はニッと笑うと「楽しみにしてるにゃ」と返した。


「あの〜。いい話風の空気になってるとこ悪いんですけど、そろそろこの縄解いてもらっていいっすか?」


 全方位からの冷たい視線に身体中を刺された。


「はぁ、少しは空気読めでチュ」

「自分勝手にも程があるでチュ」

「こういう奴クラスに一人はいるでチュ」

「分かるでチュ。自分は面白いと思ってデカい声で喋ってる勘違い野郎でチュ」

「自分の都合で和を乱すなでチュ!」


 ひでぇ言われようである。理不尽すぎて泣きたくなってきた。

 あと俺はそんな痛い奴ではない。こう見えてクラスでは大人しい方なんだぜ(キリッ)

 と、心の中で反論。幼女相手にムキになったら負けだと思ってる(キリッ)


「それはできないわ」


 ネリアはキッパリと言った。


「そんな! ヌー子が勝ったら解放してくれるって約束じゃ!?」


「いやそんな約束してないでしょ」


「それは……暗黙の了解ってヤツですよ」


「とにかく! アルゴが負けたとは言えまだ終わってないわ。数はこっちの方が圧倒的なんだから」


 ぐ、確かにそうだ。あっちにはネリア率いる無数の幼女達。さっきみたいなのもまだいるかもしれない。それに対してこっちで動けるのはヌー子だけ。


「ご主人、安心するにゃ」


 ヌー子は堂々と腕を組んで言い放った。


「雑魚がいくら群れた所でモーマンタイにゃ。一匹残らず駆逐してやるにゃ」


 凄い自信である。

 でもさっきの戦いぶりを見るに、決して強がりでは無いのだろう。

 いづれにせよ、今はヌー子に任せるしかない。

 

「行くわよ! 小鼠達!!」


「「チューー!!!!」」


 小鼠達が四方八方からヌー子へ飛びかかり、大乱闘が始まった。

 ヌー子は派手に動き回りながら幼女達を跳ね飛ばしていく。

 しかし流石に相手が多すぎる。次第にヌー子の動きが鈍っていき、幼女軍団に取り囲まれた所で、ヌー子は右拳を大袈裟なくらい振りかぶった。

 すると、拳からオレンジ色の光が溢れ、ヌー子の手を包み込んだ。その光はボワッと炎のように舞い上がったかと思うと、次の瞬間には大きな猫の手のような形を為していた。

 ヌー子はそのまま全身を使って溜めの姿勢をつくった。


「ハイパーアルティメットキャットスマーーーーッシュ!!!!!!」


 ヌー子が突っ込んで行った先の幼女達が一斉に宙へと舞った。

 とてつもない威力だ。今のは必殺技的なものだろうか、それとも格ゲーで言うBスマ程度のものなのか、後で聞いてみよう。

 とにかく凄いぞヌー子!

 

「まっ、こんなもんだにゃ」


「くっ……!」


 流石に今のは精神的にも効いたようだ。ネリアは一層険しい表情になり、幼女達もヌー子に近づけず足踏みしている。

 戦意喪失してもおかしくない状況。それだけヌー子の力は圧倒的なのだ。愛猫ながら俺はなんだか誇らしくなった。


「ネ、ネリア様っ……!」


 幼女の一人がネリアにの指示を煽る。

ネリアはしばらくヌー子を睨んだのち、不本意そうに目を閉じた。


「……一旦引くわ」

 

 ネリアの英断を受け、速やかに撤退モードに入る幼女達。

 それを追いかけようとするヌー子を呼び止める。


「ヌー子! 先にちょっとこの縄解いてくれ!」


「む〜〜っ! わかったにゃ!」


 ヌー子によって椅子から解放された俺は、久しぶりの自由と、命が助かった実感に言い知れぬ感動を覚えていた。神様ありがとう! アーメン!


「急いで奴らを追うにゃ!」


「いや、いいよ。もう助かったし。かえろうぜー」


 正直、今日はもう疲れた。早く帰って眠りたい。てかありえない事が多すぎて今が夢なんじゃ無いかと疑ってる位だ。


「何言ってるにゃ! ほっといたら奴らまたご主人を狙うかもしれないにゃ!」


 俺の両肩を揺らしながら説得してくる。

 うーん……確かに一理ある。

 あいつらが何者なのか、目的も何も分かっていない状況なのだ。だったら……。


「分かった。この際行くトコまで行ってやる」

 

 言った途端、ヌー子は無邪気な笑みと共に、俺の手を引いて走り出した。

 まぁ、何とかなるだろう。

 繋いだ手を見て、不思議とそう思った。

 







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