第3話 ヌー子、見参!
「たかが猫の一匹っ! とっとと始末しなさい!」
ネリアに言われ、幼女達が増援へと向かっていった。
「やめろっ……うがっ! いってぇ」
精一杯もがいてみるが、縄が解ける筈もなく、俺は椅子ごと倒れてしまった。
ネリアは俺の事など意にも介さないかのように神妙な顔つきをしている。
「なぁ、どういう状況なんだ? お前達は一体──」
「──くる」
俺が言い終わるより先に、奥の方から一匹の黒猫が勢いよく飛び出した。
「ニャ〜〜オッ」
威嚇じみた鳴き声を放つと、勢いよくこちらへ向かって走ってくる。
ネリアは持っていた銃では当たらないと判断したのかその場に投げ捨て、腰からレイピアのような武器を取り出した。
「ニャクラメントに近づけるな!!」
ネリアが叫ぶと、幼女達が次々と猫へ向かっていく。
猫の首に赤い首輪がついてるのが見えた。
やっぱりヌー子だった!
俺を探しに来てくれたのだろうか。そう思うと胸が熱くなった。
「はっ、はえぇでチュ!」
しなやかな身のこなしで次々と幼女達を躱すヌー子の姿は、さながらキャット界のリオネルメッシだ。
「ここまでよっ」
もう少しで俺のところへ辿り着くと言うところで、レイピアを構えたネリアが立ち塞がった。
ヌー子と目が合う。
もういい、逃げてくれ、このままじゃお前まで……っ!
次の瞬間、あまりにぎこちない動作でネリアがレイピアを突き出した、ヌー子が当然のようにひらりと躱すと、バランスを崩したネリアは、ドテっとその場に転んでしまった。
「運動神経ゼロじゃん」
「う、うるさいわねっ!」
地面にぶつけた鼻を押さえながらよろよろと立ち上がるネリア。しかしその頃にはヌー子は俺の眼前まで辿り着いていた。
しかしすぐさま幼女達に囲まれてしまう。
ヌー子が来たとて逃げられ無いことには意味がない。絶対絶命。そう思ったが何やら様子がおかしい。幼女達は何か身構えているように見える。
「な、なんだ? ……んんっ!?」
ふいに、俺の唇に微かに触れる感触。
気付けば俺はヌー子とキスをしていた。
ってじゃれてる場合じゃないぞヌー子よ! 命の危機なんだぞ!
「んっ、ヌー子っ、今はそれどころじゃ!」
その瞬間、目の前が急に明るくなった。
あまりの輝きに思わず目を瞑る。光がおさまるにつれゆっくりと目を開くと、あら不思議! そこには裸の女の子が立っているではありませんか! って……は?
あまりに突拍子のない光景に、俺は幻覚を疑い、再度目を閉じて首をブンブンと振ってみるが、そこには紛う事なく、すっぽんぽんの女の子が仁王立ちしていた。勿論、椅子に縛り付けられたまま倒れている俺は、それを足元から見上げている訳で……。
「ちょっ!? いや誰!? てか見えてる見えてるっ! 全部見えちゃってるって!!」
俺がパニくっていると、少女は威風堂々とした様子で言った
「何を狼狽えているにゃ。まったく、情けないご主人だにゃ」
「……え、ご主人?」
今確かにそう言ったよな?
よく見ると、少女の腰の辺りから尻尾の様なものが揺れている。顔に目をやると、我の強そうな目つきに、得意げに歪む口元。
何より気になるのは、頭に乗っている猫耳だ。
なぜだろう、知らない少女の姿をしているのに、こんなにも親近感が沸くのは。
いや、もう分かってる。それは彼女が──。
「お前、ヌー子か?」
「当たり前だにゃ」
「一体何がどうなって──」
「詳しい話はあとにゃ。まずはこいつらを片付けるにゃ」
ヌー子は深く腰を落とし、いかにも臨戦体制といった様子だ。
「ちっ、覚醒したか……っ」
ネリアは見るからに焦った様相だ。
その時、どこに潜んでいたのか、筋骨隆々の男がポキポキと指を鳴らしながら現れた。
「姉御、ここはオレにやらせてください。こんな猫一匹、捻り潰してやりますよ」
「頼んだわ」
急に現れた只者ではないオーラを放つ男は、不敵な笑みを浮かべながらヌー子の前に歩み出た。
マッチョでスキンヘッドの強面に、頭の鼠耳があまりにもミスマッチである。
「よォ、子猫ちゃん。俺の名はアルゴ。いっちょタイマンと洒落込もうや」
「面白いにゃ」
ヌー子も受けて立つとばかりに体勢を整え直し、アルゴと名乗る男と向き合う。
気がつくと、二人を囲う様に幼女達の輪が広がっていた。俺も邪魔にならないところまで引っ張られる。その際椅子を起こして貰えた。
「おらよ。それでも着てな。一応女だろ」
そう言ってアルゴは大きめの布を取り出してヌー子へ投げ渡した。意外と紳士である。
「別に気にしないにゃ」
「オレが気にすんだよ。多分そこのご主人とやらも同じだと思うぜ」
ヌー子はチラッと俺の方を見ると、仕方ないと言った様子で布を広げ、体に巻き始める。
「さぁ張ったでチュ張ったでチュ!」
ヌー子が胸や腰に布を巻き付けている間、幼女達は幼女達でトトカルチョを始めて盛り上がっていた。
とりあえず俺に出来るのはヌー子を応援することだけだ。こちとらヌー子に命かけてるようなものだ
「それじゃあ……始めッ! でチュ」
そしてゴングの音と同時に決闘が開始された。
数秒見合った後、先に動いたのはアルゴだった。ボクシングの構えをとりながらヌー子との距離を詰めに行く。
「シッ、シッシッ! おらぁっ!」
見かけに合わずコンパクトな打撃。素人の俺にでも分かるほど洗練されたコンビネーションだ。だがそれを、ヌー子は紙一重で躱しつつ、大きくステップバックして再度距離をとる。まさに猫の様な俊敏さだ。
すると、俺の隣りにいた幼女が、かけていた眼鏡をクイッと持ち上げながら呟き始めた。
「なかなかやりまチュね。あのヌー子とやら、一見トリッキーで大袈裟なモーションに見えるが全ての関節と筋肉が連動していているでチュ。この勝負……分からないでチュよ」
「……いや君何?」
「失礼。わたちはアルゴに闘い方を教えた者でチュ。元々彼はスラムで喧嘩に明け暮れていた所をネリア様が拾ってきて……。思い返せばあの時のアルゴは────」
なんか語り始めてしまったが正直それどころではないので戦闘中の二人に集中する事にした。
がんばれ、ヌー子! 俺達の運命はお前にかかってるんだ!
「ふぅ、流石にすばしっこいな。だが逃げてばっかじゃ勝てないゼ?」
闘いはアルゴがフェイントを交えながらバリエーション豊かな攻撃を繰り出し、それをヌー子がいなし続けるという展開が続いていた。
攻撃を見切っている様に見えるが、今のところ防戦一方とも言える。
だがヌー子は一度大きく溜息をつくと、呆れたような口調でアルゴに言った。
「……そんなもんかにゃ?」
「何?」
「拍子抜けだにゃ。この程度でにゃあに勝とうだにぁんて、思い上がりも
あからさまな挑発だが、不思議とハッタリと言う感じがしない。
アルゴも頭にきたらしく、先程よりさらにギアを上げてヌー子に襲いかかる。
フェイントを入れて懐へ──。
「死ねええっ!!」
「──お前がにゃ」
重い衝撃音と共に大きく後ろへ倒れたのはアルゴだった。
ギャラリー達にもどよめきが走る。
「一体何がっ!?」
「アルゴがパンチを打った瞬間、カウンターでヌー子がアッパーを入れたんでチュ。目にも止まらぬ神速一閃……あの体勢からは信じられないタイミングの反撃でチュ!」
やけに解説が板についている先程の眼鏡幼女のコメントのおかげで大体分かった。
しかしまだ終わった訳では無い様だ。アルゴは頬をさすりながら立ち上がると、再び拳を上げて構えた。
「今のはどちらかと言うと意表をつかれた事によるフラッシュダウンでチュ。それでもアルゴを倒すほどの威力には驚きでチュが……。本番はここからでチュよ!」
「頑張れヌー子ぉぉおおうぅぉおおおおおあああ!!!!」
眼鏡幼女の解説を聞いてなんだかテンションが上がってきた俺は、気づけばギャラリー達と同じようにヌー子に声援を送っていた。
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