第2話 好きだ(大嘘)


「う……こ、ここは……? たしか変な幼女達に襲われて……」


 真っ暗な視界の中で目を覚ます。身動きが取れない。

 感触から察するに、どうやら頭に袋を被せられ、椅子に縛りつけられているようだ。

 新手の誘拐にあった気分だ。てか多分あってる。ヤバイ。普通にヤバイ。


「目を覚ましたようね?」


 俺を攫った幼女達と違う。もう少し大人びた声がした。


「……っ! 誰だっ! 俺をどうするつもりだ!」


「外してやりなさい」


「チュ」


 すると、俺に被せられていた目隠しの袋が取られた。

 おそらくはどこかの倉庫……もしくはこいつらのアジトといったところか。灯りがついている分、外よりは明るく、彼女達の姿がはっきり見える。

目の前には大勢の幼女達と、怪しげな瞳をした少女が一人。

 なんとなくだが、彼女がリーダーだろうと思った。

 毛先にうねりのあるショートヘアは白銀に艶めき、真っ白な肌は触れては溶けてしまいそうな儚さを湛えている。素直に美しいと思った。

 だが、頭にこれまた大きな耳がついているではないか。

 なんなの? みんなディ〇ニー帰りなの? 


「ここが夢の国だとは思わないのかしら?」


「あれ、声に出てた?」


「顔に出てたわ」


「ハハッ! ポーカーフェイスには自信あったんだけどなっ!」


 テンション高めの裏声で言ってみた。


「ふふ、でもそうかもね。あなた、こんな状況なのに怯えを見せないもの。大したものだわ」


「そりゃどうも。で、こんないたいけな高校生を拉致ってどうするつもりですかね?」


「殺すわ」


 即答。


「……マジで?」


「マジ」


「ちょっと無情すぎません? 普通ほら、誘拐とかって身代金要求したり、人質にして交渉材料とか──」


「殺すわ」


「……こんないたいけな高校生を拉致ってどうするつもりですかね?」


「聞き直しても現実は変わらないわよ。殺すわ」


 どうやら冗談で言ってる訳では無さそうだ。顔にマジと書いてある。


「理由とか、聞いてもいっすか?」


「知る必要はないわ」


 うそだろ……。俺こんな訳も分からないまま死ぬの? 童貞なのに?

 冗談じゃない……考えろっ……何か無いか……この状況を打開する方法……!

 思考の車輪をフル回転させ、必死に名案を練る。

 だめだっ、思いつかない!


「せめて、君の名前を教えてくれないか?」


「……ネリアよ」


「ネリア、好きだ」


「は?」


 あっけに取られたように固まるネリア。

 苦し紛れに告白してみたがこっからどうしたものか……。

 考えてる時間はない。


「一目惚れさ。なんつーか、運命感じちゃったんだよね。その綺麗な髪も、柔らかそうな肌も、気の強そうな赤色の瞳も、全てが愛おしいよ」


 もはや自分が何を言っているのか分からなくなってきた。

 仕方ないのでとりま憂いを帯びた感じて微笑んでみる。


「……」


 まだだっ、言葉を紡げ! 攻め続けるんだっ! 


「最後に伝えたかったんだ。もし来世でまた巡り合えたら、今度はこんな形じゃなくて、もっとロマンチックな恋をしたい、君と」


 俺は想像に浸るように天を見上げつつ、ネリアの様子を伺う。

 ネリアはもじもじと髪の毛先をいじりながら恥ずかしそうに顔を背けていた。


「な、なによ急にっ! そんなの……し、信じられないわよっ」


 ……あれ? なんかいけそうじゃね?


「本当だよ。信じて貰えないかも知れないけど、僕は君のことがどうしようも無く好きなんだ! 愛してる!」


 役に入り込みすぎて一人称が《僕》になってしまった。少しやりすぎたかもしれない。


「……っ! わ、私だって! 別に嫌いな訳じゃないし、その、どっちかって言うと……タイプっていうか……って私何言って!?」


 ネリアは顔を赤くしておろおろしはじめた。

 効いてる効いてる! いけるよコレ! 


「──まったく、聞いてられないでチュ」


 連中の中から幼女の一人が歩み出てきた。

 おいおい、いい所なんだから邪魔しないでくれよ。


「ネリア様。騙されちゃダメでチュ。助かりたくて嘘ついてるだけでチュ」


 俺の積み上げた希望をバッサリと切り捨てるような発言のせいで、ネリアはハッと我に帰ったように顔を上げた。


「そ、そうよね。ごめんなさい。私どうかしてたわ」


 ネリアが再び冷めきった瞳で俺を射抜いた。

 作戦失敗である。


「私をたぶらかそうなんて、なんて男かしら」


「ネリア様がチョロいだけでチュ」


 誰かがボソっと言った。


「ちょっと! 今失礼な事言ったのだれ!?」


 幼女達がみんな気まずそうに目を逸らす。


「コホンっ──まぁいいわ。それじゃああなた、最後に何か言い残す事はある?」


 そりゃいっぱいあるけども、こいつらに言ったってしょうがない。

 強いて言うなら……。


「できるだけ痛くないようにしてくれ」


「それならわたちに任せるでチュ」


 幼女達の中から、バタフライナイフを持った子が勢いよく飛び出した。


「ネリア様。こいつの始末はこのネズミ星1のナイフ使いであるわたちがするでチュ」


 いや痛く無い様にって言ったの聞いてた!? どう考えても激痛の未来しか見えないんですけど!? 

 ……てかネズミ星ってなんだ? 最後に気になること言わないでくれよ。


「フフ、覚悟するでチュ」


 そう言いながらバタフライナイフを片手でカチャカチャと振り回しながら近づいてくる。


「おい、子供がそんなもんもっちゃ危ないぞ」


「いてっ」


 ほらー、言わんこっちゃない。

 案の定、コントロールを間違えた幼女の手からナイフがこぼれ落ちた。よくみると手の甲から少し血が出ている。

 慌てて幼女達が駆け寄り手当をはじめた。


「大丈夫でチュか!」

「可哀想でチュ!」

「この男のせいでチュ!」

「こんなに可愛い子に怪我させるなんて血も涙もない卑劣漢でチュ」

「死んで償うでチュ」


 怒涛の責任転嫁に見舞われる俺。もはやツッコむ気力もない。


「もういいわ。私がやるから覚悟しなさい」


 俺の眼前に立つネリアの瞳からは、紛う事なき殺気の色が滲みでていた。

 助からない──と、本能で悟った。

 ネリアは懐から銃らしき物を取り出すと、俺の額に突き付けた。

 走馬灯がぐるぐると脳裏を駆け巡る。

 人生これからだったんだけどなぁ〜。

 最後に過ぎったのはヌー子との出会いのシーンだった。雨の日の路地裏。独りぼっちと独りぼっちが、家族になった日──。


 ごめんヌー子。また一人にしちまうわ。


「──さようなら」


ネリアの指が銃の引き金にかかるのを見て、きゅっと目を閉じる。

 その時、遠くから幼女の声が響いた。


「大変でチュ!! 侵入者でチュ!!」


「なんですって!?」


 この場の全員がざわつき、ネリアも顔を顰めている。


「何者なの? その侵入者って言うのは?」


「猫でチュ! こっちに向かってきてるでチュ!」


 それを聞いた瞬間、ネリアは舌打ちをしながら俺に向けていた銃を下ろした。

 

「チッ、よりにもよってなんで猫が……っ」


 何が起きてるのか、なぜ彼女達は猫にそこまで大袈裟に反応するのか、分からない、分からないが、光明が差した気がした。そして何故か脳裏に浮かぶ一つの予感。

 もしかして、その猫って……。


 ──ヌー子……?


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