55.いつか思い出になるだろう

 昨夜のように森の小道を抜けて廃鉱へ向かった。もう誰もおらず、坑道の入口には板がまばらに打ち付けられてあり、『立入禁止』と張り紙されていた。


「ホントに廃鉱だな」


 クレリアは板の隙間から中を覗いてみた。すると、奥の方がランタンでぼんやりと光っている。昨日置き忘れられたものだろうか、と思っていると、曲がり角のところで何かが動いた気がした。


「今、何かいたような……」


 それを聞いて二人も同じように中を覗くが、その頃にはランタンの火が揺らいでいるだけだ。


「影じゃなくて?」

「違うと思う。あの曲がり角の縁のところだった」

「動物じゃないでしょうか? 昨日は雪でしたから」

「それにしては大きかったような……」


 すると、奥から様々なものがひっくり返ったような大きな物音と、ぎゃっという人の声がした。


「なーんだ人間か。じゃなくて」

「今の声、聞いたことあるような」

「奴ではないでしょうか?」


 三人が思い浮かべた顔は一致していることだろう。

 クレリアは奥へと呼びかけた。


「偽物ガエルさん、大丈夫ですか?」


 葛藤があったのか、偽ガエルだった男はたっぷり時間をおいてから曲がり角から顔を出した。


「どうしてここにいるんですか?」

「……一晩しのいだのさ。オレから服もカネも名誉も奪った連中の世話にはなれないからな」

「ここは危ないですよ。また落盤するかもしれないし……」


 不意にミンミがクレリアの長いスカートの裾を口で引っ張った。坑道の中へ行きたがっている。


「どうしたの?」

「くぅん」


 青い瞳がクレリアと偽ガエルの方とを交互に見ている。


「あ、もしかして、怪我?」


 偽ガエルは何も言わなかったが図星のようで、もじもじと落ち着かさそうにしている。


「さっきの凄い音、さてはすっ転んだな?」

「人が来たから身を隠そうとして失敗したのだろう。情けない」

「くっ……それが弱者に言う事か!」

「偽ガエルさん、こっちに来てください。手当するので」


 促された偽ガエルは入り口までやって来て、打ち付けられた板と地面の間からショートブーツを履いた足を差し出してきた。丈の足りていないズボンから出ているふくらはぎに切り傷がある。クレリアはそこへ手をかざし、秘術で傷を塞いだ。


「終わりました」

「ん? どういうこと……」


 痕も残っていない患部を見下ろした偽ガエルはぎょっとした。それからクレリアをまじまじと見る。


「あんた秘術師……?」

「はい。お代は要りません」

「へぇ、そ、そう。ありがとね。じゃあ、もうオレは行くよ」


 急にしどろもどろになると、板と地面の間から足を先にして器用に滑り出た。立ち上がったところをエリーアスが肩に手をかけた。


「待て。質問がある」

「いや、オレは急用があるからこれで……」

「適当を言うな。私たちはただ、お前がここで何かを見つけなかったか聞きたいだけだ」

「何か見つけたか、だって? 馬鹿言いなさんな。金の一粒でもと目を皿のようにして探し回ったのに、何にもありゃしない! 三十年前はざくざく黄金が採れてたって話はもはや眉唾物だ。村の連中じゃあないが、ここは呪われてるのかもな!」


 エリーアスに目配せされ、クレリアが尋ねる。


「黒い石はありませんでしたか?」

「石? たくさんあるよ。石好きとは地味なご趣味だね……」

「貴様、もしかして――」


 偽ガエルは俊敏な身のこなしで三人から距離を取ると、おどけて両手を挙げて見せた。


「いやいや、存じてなんかおりませんよ。だって知ってるつもりで接したら罪になるんでしょ? とんでもない法律だよ全く。あー、気づかない方が幸せだったなー」

「……つまりクレリアが聖女だって気付いたってことか?」

「あっ! 警吏さーんこの人です! デカい武器も持ってるし危険人物でーす!」

「うるさいなこいつ。狭い部屋の恨み」


 ラザは斧の柄を両手で握る。冗談半分、本気半分といった剣呑さだ。偽ガエルは一足飛びに森の中へ逃げていった。


「じゃあな! もう二度と会いたくねーよ!」

「こっちの台詞だ!」


 三人は疲労感を覚えて息をついた。


「金は本当に無くなったんですね。黒い石は分かりませんが……」

「もう行こうぜ」

「をん」


 今日も靴を履かされたミンミが同意した。

 一行は小道を戻って村を出た。昨晩薄く降り積もった雪は村人が除雪したらしく、道はぬかるみもせず綺麗だった。


「結局、ここにも探しているものはありませんでした。むしろ探しものから遠かった気がします」

「そうと分かったことも収穫でしょう。とはいえ、ここを離れられて正直ホッとしていますが」


 クレリアは村で起こった色々なことを思い起こした。濃密な体験だったと思う。


「でもメシはうまかったな」

「そうだね」

「意見が一致したな」


 ミンミも尻尾を振り、賛成を示しているようだ。屋敷でたっぷり寛げたからか、今日は機嫌がいい。

 そうやって一つでも良かったことを数えておけば、良い印象が記憶に伝播して、いつか全てが笑い話になるかもしれない。

 その『いつか』に向かうつもりで、クレリアは歩いた。

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金の糸 ~追放聖女は旅をする~ 川霧莉帆 @kawagiri_nsk

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