54.呪いの石
一行はクレリアの広い部屋で夜をしのいだ。朝一番に村を出ていくつもりだったが、新任ガエルがどうしてもと言うので朝食だけ付き合うことになった。
その席でガエルはエリーアスのバレッタを差し出してきた。
「これはお返しします。その代わりに、この村で起きたことを他所では秘密にしておいてくれませんか?」
「……分かりました」
エリーアスは短く答えた。実際、こんな奇っ怪なことを人に話すつもりも、話せる自信もなかった。
だが驚くべきことはまだあった。
玄関ホールに出た一行は、ユニコーンが運び込まれる場面に遭遇したのだ。
「そんな……!?」
「をん!」
ミンミが耳を寝かせ気味にして吠える。思わずクレリアも声を上げるが、一行を見送りについて来たガエルは、感嘆の意味だと思ったらしい。
「あの剥製、前任者が買ったらしいんです。よく分かりませんが、奇跡か幸運を象徴しているとか」
「あいつのペットになる予定だったのか……」
ラザは虚しく呟いた。
ユニコーンの剥製は翼を広げながら走っている姿を模した躍動感のあるポーズを取らされており、玄関ホールに設置された台座へ運ばれていく。一行は作業を見届けずに屋敷を出た。
清々しく晴れた朝だ。村を出る道へ向かう途中、診療所と看板の出ている建物に差し掛かる。
そこで老婆が看護師へ詰め寄っていた。
「――決してお医者様の見立てが間違ってるんじゃありません。でもあれは聖堂でしか治せないんですよ。私には分かるんです」
心配になるほど必死な様子なのでクレリアは思わず足を止めた。聖堂、という単語に引っかかったこともある。
「話を聞いてみますか?」
「いいですか?」
「私は構いません。一緒に行きますよ」
「すぐ済むならいいよ」
クレリアは承諾した二人を連れて診療所へ近づいた。
「あの、どうかしましたか? 誰か怪我したんですか?」
「呪いですよ」
看護師に先んじて老婆が囁いた。
「呪い?」
「昨日、廃鉱に調査隊っていう方々が落盤で閉じ込められたでしょう? あれは呪いの石のせいに違いありません。近づいたから祟られたんです。調査隊の方々が昨日から熱を出して寝込んでいるというのも、きっとその石の仕業なんですよ。だから聖堂で見てもらうべきなんです」
「秘術が必要ってことですか?」
「きっとそうです。普通の病気ではないはずですから」
老婆の様子はしっかりしていて、思い込みで言っているようには見えなかった。ただ、看護師は困った顔だ。
「体が冷えて出た、ただの熱ですよ。もう先生が診察してしまったんですから、聖堂へは行けません」
そう説得されても、老婆はまだ何かを恐れているようだった。
クレリアは老婆の話から昨日のことを思い出していた。ミンミの様子が変だったことや、重たい岩や土の塊が勝手に崩れたことを。
あの廃鉱には何かがあると感じる。
「おばあさん、その石って何ですか? 鉱山にあるんですか?」
「ええ……」
老婆は少し口ごもった。
「お嬢さん方は旅の方ですね。他所の人に知られるのは恥ずかしいことですが……もう三十年前の出来事はご存知でしょうね」
「ゴルディング家が火事になったりしたことですよね」
「待望のお子が生まれて間もなく、次々と不幸が起こった末に屋敷が燃え、ご家族全員が亡くなられました……。私はその頃に屋敷で働いていた者の一人です」
老婆は診療所から離れてから続ける。
「ガエル様がお生まれになった直後でした。屋敷に行商人がやってきて、幸運をもたらすと謳って、遠くで採掘されたという石を売りました。真っ黒でつるつるした大きな石です。御夫婦はそれをガエル様の誕生記念として、玄関に飾りました。それからなのです、不幸が起き始めたのは」
「それが呪い、ってことですか?」
「火事まで起こるなんて、偶然にしては出来すぎています。もちろん火事の原因は調査されて、火元は玄関ホールだと判りました。ですが当時そこには燃えるような物はなかったのです。でも私は直感で、あの石だと思いました」
そこから老婆は声を落とした。
「だから私は黒い石をどこかへやってしまうことにしました。それで夜中、屋敷の灰から石を拾い、金鉱山の奥の土に埋めました。あの時の坑道の景色をまだ覚えています。壁に埋まっている岩肌に金が模様を作っていました。ですが、次の日の朝、出かけたはずの鉱夫たちが村へ戻ってきて――」
「金が消えてたんですね」
老婆は深く頷いた。
「これを呪いと呼ばずになんと言いましょうか。自然現象として説明がつくものとは思えないのです」
「そうですね……お話、ありがとうございました」
「人に話したのはこれが初めてです。こちらこそ聞いてくれてありがとう」
少し気持ちが軽くなったのか、老婆は微笑みを見せると帰っていった。
「さすがに不気味だな。呪いかぁ」
「クレリア様……昨日落盤したばかりの廃鉱に今から行くわけがないですよね?」
「えーと」
先回りされたクレリアは少々怯んだが、引き下がりはしなかった。
「でも本当なら私が役に立てることかもしれないんです。調査隊の人たちに秘術を使うのはもう難しいから、せめて廃鉱の様子を見に行かせてください」
「……中に入ってはいけませんよ。いいですか?」
「はい」
足元にミンミが体を擦り寄せてくる。エリーアスの目はそちらにも向いた。
「ミンミも行かせません。私が捕まえておきます」
「くぅん……」
「大変だなー、親は」
かなり鋭い視線がラザへ飛んだ。
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