53.詐欺師
鉱山を出ると、ガエルが調査隊を労っているところだった。
「やあ五体満足で良かった! 皆、よくやってくれた! これで私の鉱山再開計画も守られたというわけだ!」
対する村人たちの反応は薄かった。
「どうした? 調査隊、金の見込量について報告してくれたまえ」
そこへ調査隊の一人が言った。
「悪いがもう付き合ってられないよ。命がいくつあっても足りないからね」
「何ぃ? なんて弱気なんだ! たった一度危ない目に遭ったからって、目の前にある莫大な富をみすみす逃すというのか? 大体、落盤なんて鉱山労働には付き物だろう!」
「……潮時だな」
誰かが呟く。すると、村人たちはロープを手にガエルへ迫った。
「え? 何だ? 何をしている?」
「大人しくしてくれ。傷つけるつもりはない」
「どういうことだ! おい! とめろ!」
命じられたはずの執事は首を横に振った。
ガエルはハッとしてクレリアに目を向けてきた。小さく首を横に振る。
そうこうしている内に腕と胴体を一絡げに縛り上げられたガエルは、撤収する村人たちに村へ引っ張られていった。
「我慢の限界が来たってことか」
ラザはそれで納得したようだが、クレリアはなんとなく、本当は何が起きているのか分かった気がした。だが、どうしても信じられない。
「早く戻ろう」
二人を急かして村人たちの後を追った。
村人たちは屋敷の玄関ホールに集まっていた。大きな上り階段にガエルを追い詰め、周囲を取り囲んでいる。
「土だらけの靴で絨毯を踏むんじゃない!」
ガエルは必死に威厳を振りまこうとしているが、もはや誰も聞く耳を持っていなかった。そこから、執事の初老男性が進み出た。
「ここはあんたの家じゃないだろう? 知らない誰かさん」
「……え?」
「ガエル・ゴルディングはもう死んでいる。ゴルディング家の四人は、三十年前に焼け跡から見つかっているからね。赤ん坊の骨もそこにあった。だからあんたは、本物のガエルじゃない」
ガエルを騙っていた男はぽかんと口を開けた。驚愕したのはクレリアたちもだった。
「あなたたちは最初から真実を知っていた、と? その上でこの男にガエル・ゴルディングを演じさせていた……?」
エリーアスの言葉に村人たちは頷いた。
「でも何でそんなことしたんだ? こいつを村で好き勝手させて、何が得なんだ?」
「もちろん難しかったよ。だが……」
執事は男を指差したラザに共感しながらも、先を続ける。
「この男は金持ちだったし、カネを稼ぐのが上手い。その恩恵を受けられるなら、演技に付き合ってやるくらいのことは、安い努力だったのさ」
とはいえ彼は嘘でもガエルの執事として働いていたはずだった。舞台の規模の大きさにクレリアたちは唖然とする。
他の村人も口を開く。
「この約三十年間、村はどんどん衰退していたの。そこに『ガエル』が現れて、しかも大金を持っていたのよ。利用しない手はなかったわ」
「だがそろそろ限界だ。その男は我々の話を聞かずにあの鉱山を開け、あまつさえ村人の命を危険にさらした。『ガエル』の役は降りてもらわないといけない」
「ちょ……ちょっと待ってくれっ!」
偽ガエルが階段を降りて、皆の前に膝を突いた。
「オレにも良いところはあったでしょう? 例えば冬のための倉庫とか、道の整備とか! 皆の家に水道を引いたし、税金の一部を肩代わりしてるじゃないですか!」
「…………」
「確かに偽物ですが、他の誰に『ガエル』が務まるというのです? オレは村に必要でしょう!?」
必死の形相は本心からのものだった。少なくともクレリアはその理由を察することができる。詐欺師だった偽ガエルには敵が多いから、村から出たくないのだ。
だが村人たちは、それを知ってか知らずか、残酷にも首を横に振った。
「まああんたも間違ってはいないよ。確かに貢献は大きかった。暮らしが便利になったし、冬の食べ物が増えたし、皆が希望を持てるようになった。それは事実だ」
「だったら……!」
「いや。この村に王様は要らない」
村人たちは男を取り囲んだ。皆の頭の上に男が着ていた服が舞う。
「おいおいおいっ! ここまですることないだろ!」
「あんたの持ってる物は全部、今日から村の物になるんだ。悪く思うなよ」
「横暴だーっ!」
「何も出て行けとは言わない。村に家を建ててもいいし、新しい『ガエル』に仕えてもいいぞ」
クレリアたちの後ろから青年がやってきた。包囲網が割れて彼を迎え入れる。肌着姿の元・偽ガエルの前で、その青年は『ガエル』の豪奢なコートを拾って袖を通すと、クレリアたちへ振り返った。
「旅人の皆さん、騒ぎに巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。引き続きこの屋敷でゆっくりお休みください」
新・偽ガエルが就任すると、村人たちは屋敷からぞろぞろと出ていった。目を白黒させる元・偽ガエルの男は玄関ホールに取り残される。そこへ執事だった男性が言った。
「屋敷にいるつもりですか? だったら床掃除でもしてください」
「……おかしいよこの村ぁ! うわあぁぁぁぁッ!」
男は叫びながら屋敷から逃げていった。
執事は肩をすくめ、新しい偽ガエルとともに階段を上がっていった。
三人はこわごわと顔を見合わせる。
「なぁ、今日……皆で寝ないか?」
異論は出なかった。
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